27話:奴隷戦士の闘技場《サングィスコロッセオ》

 奴隷オークションの進行役をぶん殴り、警備兵や金持ち達のボディーガードを吹き飛ばした。

 結果、『秘密結社:朝霧アサギリ』の先輩(自称):イヴァンが忌々し気にボクを睨む。


「これは後々面倒になるぞ……ッ」


 そう睨まれたところで、今更ボクの行動を無かった事には出来ない。

 仮にそれが出来たとしてもボクはもう一度同じ事をするだろうし、そもそもどの口が言っているのかって話だ。


「そう言うイヴァンだって、さっき警備兵を吹き飛ばしたじゃん。同罪だよ」


「馬鹿野郎、お前が暴れたから諦めたんだよ。後先考えねーのかテメェは?」


「考えた結果だよ。後の面倒よりも、目の前の悪を見逃さない方が大事だし。それに人身売買は禁止されてるんだから、こんなの黙って見過ごす方がおかしいでしょ」


「……チッ」


 怒りか、呆れか。

 恐らくはどちらも混ざった顔でボクを一瞥した後、イヴァンはステージ上からグルリと客席を見渡す。


「これだけの人間に見られたら、テメェの右腕を隠し通すのは無理だな」


「あ~、もしかしてマズいことした?」


「もしかしなくても、マズいと思えよ」

 起き上がる警備兵に再び蹴りを入れ、イヴァンが「ふぅ~」とため息を吐く。

「ま、テメェの心意気だけは買ってやる。どのみちこのオークションはぶっ壊すつもりだったからな」


「えぇ~? じゃあボクが怒られる理由無いじゃん」


「馬鹿野郎、右腕のバグは隠し通したかったんだよ。客席の反応もさっき見ただろ? テメェの右腕はそれだけ価値があるんだ。それを易々と見せびらかしやがって……」


「まぁまぁ、過ぎたこと怒ってもしょうがないよ。ドンマイ」


「マジでこいつ……ッ」


 イヴァンのこめかみに「ピキピキッ」と血管が浮かび上がったところで。

 先ほど吹き飛ばされた警備兵達が起き上がり、客席から追加でやってきたボディーガード達がステージ上のボク等を取り囲む。

 ダークエルフ族の少女が堪らず檻に戻る中、ナイフを構えかけたボクの左手をイヴァンがスッと下げる。


「せっかくの晴れ舞台だ。先輩の力を後輩に見せてやる」


 言うや否や、イヴァンの胸に“魂乃炎アトリビュート”が灯った。

 そのまま檻の鉄格子を撫でる様に数本触ると――どうだ?

 直線の鉄格子がグニャリと曲がり、一瞬にして“3つの鉄球”に早変わり。

 

 イヴァンが持ち上げるでもなく不思議と宙に浮いたその鉄球達が、ボク等を囲む輩に襲い掛かる!!


「うあ!?」

「あぐッ!?」

「ぎゃァァアア!?」


 始まったのは鉄球の暴力。

 止まることなく動き続ける3つの鉄球が次から次へと輩を襲い、堪らず彼等の悲鳴が上がる。


「くそッ、これが噂に聞く奴の“魂乃炎アトリビュート磨球スフィア”か!?」

「こんなのどうやって避ければぶッ!?」


 また一人、鉄球の餌食となった男性が吹き飛ぶ。


(“魂乃炎アトリビュート磨球スフィア”……見たところ、触れた物を球体に変化させて自在に操る、って感じかな?)


 文字面だけだとちょっと地味に思えるけど、実際かなり使い勝手のいい“魂乃炎アトリビュート”だろう。

 能力の限界はわからないものの、操る数を増やせば更に大勢の敵にも対処出来ると思われる。


「後輩、お前は裏の奴隷を解放しろ。コイツ等は俺が引き受ける」


「うん、わかった」


 言われた通りステージ裏手に回り、台車に乗った複数の檻を発見。

 一体何事かとボクに「不安と期待」の眼差しが注ぐ中、手前から順番に檻の鍵を開ける。


「さぁ皆、逃げて」


「逃げろって、一体何処に逃げれば……?」


「え? あ、う~ん……とにかく逃げて!!」


「えぇ……」


 奴隷の逃げ先までは考えていなかった。

 というより、そんなことは自分で考えて欲しい。


 別にあれこれ用意してここに来た訳じゃないし……と自分に言い訳しつつ。

 最後の檻を開けたところで、檻の中から出て来た男――頭に分厚いバンダナを巻いた齢40前後の男性が口を開く。


「なぁおい、“この首輪”も取ってくれねぇか? そのマスターキーなら外れると思うんだが」


「わかった、ちょっと待ってて」


 他の奴隷達に首輪は無いのに、見たところ彼だけが首輪が嵌められている。

 かなりガタイが良いので下手に暴れないようにしていたのだろうか?


 ともあれ、鉄の首輪の辛さは地獄で身をもって知っている。

 早速檻の中に入り、男性の太い首を締める首輪の鍵穴にマスターキーを差し込む。


 回らなかったらどうしようかと不安だったけど、幸いにも鍵は回り、首輪は音を立てて床に落ちた。

 バンダナの男性が「ふぅ~」と安堵の息を漏らす。


「礼を言うぜ小僧。会員制のこの場所へ来るのに100万用意するのも面倒でな。わざと奴隷として入ったはいいが、まさか“魂乃炎アトリビュート”封じの首輪を付けられるとは思わなかった」


「……へ?」


 純粋に困惑。

 彼の言葉、その意味の理解が追いつかないまま、バンダナの男性は牢屋を出て歩き出す。

 何だか嫌な予感がして、ボクは先回りで彼の前に立ち塞がる。


「ねぇ、さっきのどういう意味?」


「――退け、もう貴様は用済みだ」


「ぐッ!?」


 いきなり放たれた上段の蹴り!!

 完全に油断していたボクは反応が遅れ、吹き飛ばされた身体が客席に激突。

 背中に尋常ではない痛みが走る。


(ッ~~!? 何て蹴りだッ、あの男……強い!!)


 痛む身体に鞭を打ち。

 頭を上げたところで、ステージに立つバンダナの男性の胸に“魂乃炎アトリビュート”が灯る。

 イヴァンに続き、どうやら彼も“魂乃炎アトリビュート”所持者らしい。



「“奴隷戦士の闘技場サングィスコロッセオ”」



 男が呟くと同時。

 床から“光の剣”が次々と現れ、劇場をグルリと囲む壁となった。

「はっはー、こりゃ凄いな」とステージ上のイヴァンは呑気な感想を抱いているが……はてさて、これは一体どういう能力だ?


「くそッ、せっかくの奴隷オークションが台無しだ!! もう帰るぞ!!」


 ここで、腹を立てた一人の客が「光の剣」で構成された壁に近づく。

 当然、その目的は帰る為だったのだろうが――結果から言えば、彼はすぐに「帰らぬ人」となった。



 斬ッ!!



 壁に近づいた途端、男性の身体を光の剣が貫く!!


「「「ッ!?」」」


 皆が驚愕に目を見開く中、身体を――心臓を貫かれた男性は絶命。

 劇場内が騒然となる。


「おいッ、何だ今のは!? 本当に死んだのか!!」

「冗談が過ぎる!! こんなもよおしは聞いていないぞ!!」

「一体何事だ!? 奴隷の貴様ッ、説明しろ!!」


 今の光景を見て、壁に近づく者は誰も居ない。

 人々の視線、そして怒りは“魂乃炎アトリビュート”を発動したステージ上の男性に向かう。

 その声に対し、バンダナの男性は低くも良く通る声で答えた。


「この劇場を“闘技場コロッセオ”に指定した。俺を含め、この場にいる全員が闘技場コロッセオで命を削る“奴隷の身分”だ。戦わぬ奴隷は奴隷にあらず、逃げようとすれば壁の剣に殺される」


「は? 何だって……? 何を、言っている?」


 戸惑う客に向け、バンダナの男性は愉快気に笑う。


「さぁ、醜い奴隷諸君。世界一醜い“殺し合い”を始めようか」

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