26話:奴隷オークションをぶち壊せ!!

 初めて訪れた劇場にて、突如始まった“奴隷オークション”。

 競売にかけられたのは『F』の世界:『Fantasy World (幻想世界)』に住むダークエルフ族の少女だった。

 ステージ中央の檻に捕らわれた彼女はただただ怯え、それを見下ろす客席の男達が色目気だって声を上げる。


「3500!!」

「4000!!」

「4200!!」

「5000!!」


 次々と上がるこれら数字が、ダークエルフ族の少女に付けられた値段。

 それ即ち、この場における彼女の“市場価値”であり、「3000万G」から始まった彼女の価値は、あっという間に倍以上へと膨れ上がる。


「6200!!」

「7000!!」

「7150!!」


 否が応でも感じる劇場の熱気。

 数字の上昇と共に白熱する体感温度とは打って変わり、逆のボクの心は冷える。


 そして、膨れ上がる数字の上昇を止めたのは、ボクの斜め前・二段下の椅子に座っていた恰幅の良い男性だった。

 自分の番号札を掲げ、良く通る声で彼が叫ぶ。



「1億!!」



「「「おぉ~~」」」


 客席からどよめきの声が上がり、すかさず進行役もマイクに叫ぶ。


『出ました1億G!! 1億Gより上の方は居ませんか!? 滅多に出ない希少なダークエルフ族ッ、今日を逃すと次の機会はいつになるかわかりませんよ!?』


 煽る言葉に劇場が「ざわざわ」とざわめくも、手を上げる者は現れない。

 引き続き進行役がマイクパフォーマンスで煽りを入れるも、結局は先の男性が最後の挙手者となった。


『それでは、商品番号001は二階席にいる㉟番の方の落札となります!! 受け渡しはオークション終了後となりますので、今しばらくお待ちください。さぁ続いての奴隷に参りましょう!!』


 本日の一品目:ダークエルフ族の少女は「1億」で落札。

 彼女の入る檻に「㉟番」の札が貼られ、落札した男性がニヤニヤと眺める。


「グヒヒヒッ、1億でダークエルフの女が買えるなら安いもんだぜ。奴等は異性に尽くすタイプだって言うし、今夜は眠れねぇなこりゃあ」


 聞く気も無く聞こえて来た男性の声。

 不快感を煮詰めたようなその声に、ボクは思わず眉根を寄せる。


「胸糞悪い場所だね……」


「否定は出来ねーな」

 隣のイヴァンがボクに同意するも、「けど」と文言を付け加えた。

「絶対に下手な気を起こすんじゃねーぞ? ここには裏社会でビジネスを行う輩がわんさかと集まってる。そいつらに目を付けられると面倒だ」


「うん、なるべく気を付けるよ。イヴァンは壺をお願いね」


「だからお前、“さん”を付けろと何度言わせれば――ん?」


 壺を押し付け、彼が戸惑っている間に。

 ボクは2階から1階へと飛び降り、階段を大きくすっ飛ばしてステージに到達。

 ダークエルフの少女が入った檻を、「裏に運べ」と指示出ししていた燕尾服の男:進行役の前に躍り出る。


「むっ、何だねキミは?」


「ちょっと聞きたいんだけど、アンタがこの奴隷オークションの主催者?」


「だったらどうしたというんだ? まだオークションは始まったばかりでぶッ!?」


 断りなく、進行役を黒ヘビで殴り飛ばす!!


 彼の身体が宙を舞って舞台袖に消え、当然の様に客席は騒然。

 その後、すぐさま“ボクの右腕”に注目が集まる。


「何だ今のは!? 黒いヘビ!?」

「見ろッ、奴の右腕だ!! バグ使いに間違いない!!」

「おい、何してる!! 早く奴を捕えろ!!」


 大声が飛び交う混乱の最中、最初に動いたのは警備兵。

 劇場のアチコチからガタイの良い男達が身を乗り出し、わらわらとステージに上がって来る。 


 これは結構な騒ぎになったなーと思いつつ、視線をチラリと2階席へ。

 先ほどまでボクが座っていた席の隣では、「あちゃ~」といった感じで両手で顔を覆うイヴァンの姿が見えた。

 ……うん、まぁ彼には後で謝っておけばいいだろう。


「お前等ッ、あのチビガキを捕まえろ!!」

「バグ使いは貴重だ!! 他の連中に捕られるな!!」


 警備兵に続き。

 鼻息荒い客の指示で、彼等のボディーガード達もステージに集まってくる。


 結果として50人近い人数に囲まれ、状況的には袋の鼠。

 逃げ場は無いので一人ずつ相手にしてもいいけど……それは面倒なので、ここはまとめて対処させて貰おう。


 黒ヘビを可能な限り伸ばし、そのまま横に薙ぎ払う!!



 “黒蛇クロノ喧嘩首ネッキング



「「「うわァァアア!?」」」


 近くに居た10人程を吹き飛ばし、彼等の後ろに居た人々が巻き込まれて転倒。

 一撃で半数近くが返り討ちとなり、場がシーンと静まり返る。


 その間に。

 先ほど吹き飛ばした燕尾服の男:進行役の元へ行き、首元へナイフを突きつけた。


「ひィッ!? 頼むッ、殺さないでくれ!!」


「それはアンタ次第だよ。檻の鍵は?」


「ポ、ポケットの中だ。マスターキーがあるッ」


「出して」


「わ、わかった!! 大人しく従うから殺すのだけは辞めてくれよ!?」


 余程ナイフが怖いのか、進行役の男が半泣きでポケットから鍵を出す。

 それを右腕の黒ヘビで咥え、ダークエルフ族の少女が入った檻までUターン。

 鍵が偽物だったらどうしようかと思ったけれど、流石に進行役の男も死にたくはないのか、貰った鍵で檻はガチャンと開いた。


 その一部始終を檻の中から見ていた少女が、不安げな顔でボクを見る。


「……どうして、助けてくれるの?」


「別に、何となくだよ。それよりほら、今の内に逃げて」


「でも、他にも奴隷の方達が……」


「わかってる、その人達も全員逃がすよ。さぁ、行って」



「「「逃がすか!!」」」



 ここで敵の増援。

 ステージの袖から現れたのは、お揃いの制服を着た20人の警備兵。

 手盾と短刀を構え、ボク等の逃げ道を塞ぐようにジリジリと近づいて来る。


 また黒ヘビで薙ぎ払おうかと、そう思ったところで――警備兵が吹き飛ぶ!!


「へ……?」


 起きたのは単純な事。

 “客席から飛んで来た男性”が警備兵にぶつかり、彼等をまとめてステージ脇へと吹き飛ばしたのだ。

 それでも残った数名の警備兵も、客席からステージに駆けて来た男性が軽々と蹴散らす。


 ダークエルフの少女が「え?」と戸惑うモノの、彼女よりはまだボクの戸惑いは少ない。

 理由は単純で、警備兵を吹き飛ばしたのが“ボクをここまで連れて来た男性”だった為だ。


「あらら、イヴァンも暴れたくなったの?」


「イヴァン“さん”だと言ってんだろ。ったく、勝手な真似をしやがって……」


 下手な気を起こすなと、注意した直後に暴れたボクに呆れる先輩:イヴァン。

 そんな彼の登場に、客席の人達が更にざわめく。


「アイツ、『秘密結社:朝霧アサギリ』のイヴァンだ!!」

朝霧アサギリのメンバーだと!? 何故奴等がここに居る!?」

「一緒に居る黒ヘビのチビガキは仲間か!?」


 この反応は少々予想外。

 思えば鬼姫おにひめも彼のことを知っていたし、そこそこ名の知れた人物だったらしい。


「へぇ~、イヴァンって結構有名人なんだ? っていうか、下手な真似はしたら駄目なんじゃないの?」


「もう手遅れだよ馬鹿野郎。これは後々面倒になるぞ……ッ」

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