24話:お出迎えは背後から

 ~ 『闇の遊園地ベックスハイランド』にて ~


 広大な淡水湖の孤島に作られた『Darkness World (暗黒世界)』唯一の遊園地。

 立地的に湖そのものが天然の要塞となり、湖を南北に渡る鉄道だけが唯一の入場ルートとなっている。


 島の西岸には「『闇の遊園地ベックスハイランド』駅」が設けられ、駅前の入場ゲートで入場料金を払う仕組みだ。

 『Darkness World (暗黒世界)』に似合わぬキラキラと楽しげな雰囲気だが、ボク等と一緒にホームへ降りたのは乗客の4分の1程だった。


「当たり前だけど、皆がここを目指してた訳でもないんだね」


「金が無い人はここで降りても仕方ないからね。『暗黒街:ボッティ』で乗った人は、もっと大きな街で降りて職や住処を探すことになると思うよ」


 鬼姫の言う通り、この『闇の遊園地ベックスハイランド』へ入るには大金が必要。

 その額は一人頭「100万G」と、普通の仕事なら給料数か月分の金額となるが、地獄から逃げて無一文のボクにはここに入る手段がある。


「それじゃあパルフェ、お金を使わせて貰うよ」


「うん、いいよ。一杯あるし」


 彼女の了承を得て。

 周囲の目を気にしつつパルフェのリュックを開くと、中には計1000万G分の札束が確認出来た。

 隣の鬼姫おにひめが驚きの視線を向ける中、その鬼姫にパルフェの壺を預け、リュックから札束を1つ取って入場ゲート横の「チケット売り場」へと向かう。


 造りとしては一般的なチケット売り場と大差無いが、相手の顔が全く見えないのは色々な配慮をした結果か。

 ともあれ、ボクは黒ヘビを右肩に隠しつつ、左手で100万の札束をカウンターに置く。


「チケット、大人一枚」


「大人? 15歳以下は子供料金でいいぞ。まぁ子供でも50万取るがな」


(うっ、ボク18歳なんだけど……ここは我慢だ)


 自尊心とお金を天秤にかけた結果、50万Gに軍配が上がった。

 パスケースに入った「チケット」とお釣りを受け取り戻って来ると、壺をボクに渡しつつ鬼姫がニヤリと笑う。


「ハハッ、駄目だよドラノア君。大人だなんて見栄を張っちゃあ」


「別に見栄を張った訳じゃないし。っていうか、鬼姫はチケット買わないの?」


「私は既に持っているよ。組織から配布された代物だけどね」


「えぇ~、ズルくない?」


「いやいや、お姫様の方がズルいだろう。タダで入るんだから」


 そう、今回パルフェのチケットは買わない。

 蜂蜜状態のまま持ち込めば、絶対にバレることはないと判断した。


「パルフェ、中に入るまで大人しくしててね。声出したり動いたりしないように」


「おっけー。静かにしてるよ」


 彼女の返事を聞きつつ、購入したチケットを首にかける。

 それから右肩から黒ヘビを出し、パルフェの壺を持ち上げた。


「中へ入る人は、チケットを見せながらゲートを通ってくれ」


 係員の指示に従い、チケットを見せながらゲートを潜り抜ける――その前に。

 係員がボクの左肩をガシッと掴む。


「おい待て、何だその壺は? 右腕も随分と黒くないか?」


「あー、この右腕はちょっと前にペンキを被っちゃってさ。あとで洗い流すよ」


 黒ヘビの右腕に関しては、肝心な“頭部分”が壺で隠れている。

 今の言い訳でこれ以上指摘されることは無いだろうが、問題はもう片方。


「この壺は……まぁ壺だね」


「それは見ればわかる。どうして壺を持ち込むのかって聞いてるんだ。まさかとは思うが、変なモノでも入れてるんじゃないだろうな?」


「変なモノじゃなくて、入ってるのは蜂蜜だよ。実はボク、蜂蜜が無いと色々とアレな体質で」


「何だそりゃ? よくわからんが、本当に蜂蜜か?」


「そんなに疑うなら確認してよ。ほら」


 係員に壺を向けると、彼が手にしたライトで中身を確認。

 当たり前だけど、数秒中を覗き込むも異常は見つけられなかった。


「ふむ、確かに蜂蜜っぽいが……園内に毒でもバラ撒かれたら問題だ。小僧、今ここで蜂蜜を舐めてみろ」


「えッ!?」と声を上げたのは“パルフェ”。

 途端、係員がムッと眉根を寄せる。


「おい、何だ今の声は? 壺の中から聞こえなかったか?」


「いやいや、まさか。係員さん疲れてるんだよ。壺が喋る訳ないでしょ? コレはほら、ただの蜂蜜だよ」


 人差し指で蜂蜜をすくい、ペロリと舐める。

 うん、やっぱり甘い蜂蜜だ。

 美味しくてもっと舐めたくなるけど、あとでパルフェに怒られそうなので辞めておこう。


 ともあれ。

 かくして「実食」を見せた結果、係員は渋々と引き下がる。


「ふむ、毒ではなさそうだな。しかし、どうして蜂蜜を壺に入れる必要があるんだ?」



「ちょっと係員さん、早く入りたいんだけど?」



 今まで黙っていた鬼姫がここで助け船。

 係員を急かした結果、「もういい、行け」と解放された。



 ――――――――



 ~ 噴水広場(入場ゲートを通ってすぐ) ~


 ボクの人生で初めて訪れた遊園地。

 その園内の人出は“ボチボチ”と言ったところだった。

 まぁ入場料が大人一人「100万G」であることを踏まえると、むしろコレでも多いレベルかも知れない。


(さてと、中に入ったのは良いけど……あの老人は何処だ?)


 言わずもがな、あの老人とは脱獄を手伝ってくれた白髭の老人:グラハム。

 彼に「地獄へ送り返すぞ」と脅されて『闇の遊園地ベックスハイランド』までやって来た訳だが、具体的に『闇の遊園地ベックスハイランド』の何処で落ち合うかまでは聞いていない。


「ドラノア君はこれからどうするんだい? 私はもうしばらく時間があるけど」


「う~ん、実はここで待ち合わせしてるんだけどね。アレコレ移動してもすれ違いになりそうだし、しばらくは待機かな。ちなみに鬼姫は何の用でここに来たの?」


「それは勿論、ここの店舗限定の“ダークベリーシェイク”を飲みに……と言いたいところだけど、詳しくは企業秘密さ」


 そう誤魔化した彼女の視線は、この先にある「ワゴンカー(売店)」に釘付け。

 並んでいる数名の女性と「ダークベリーシェイク」のポップが確認出来るので、アレ目当てなのは間違いない。

 が、本命は流石に濁された形となる。


(まぁ闇組織の人間がそう易々と情報をくれる訳もないか。知ったところでボクが何をするでもないし)



 ~ 30分後 ~


 鬼姫と何を喋る訳でもなく。

 入場ゲートから入って来る客を観察していたら、壺の中から「スー、スー」と寝息が聞こえて来た。

 先ほど「あんまり私を舐めないでよ、無くなっちゃうかもしれないでしょ?」とボクを注意した後、あまりに暇過ぎて眠ってしまったらしい。


 それに気づいて壺を覗き込んだ鬼姫が、久方ぶりに口を開く。


「随分と呑気なお姫様だね。せっかくの遊園地だと言うのに」


「別に何をするでもないからね。それに、もしかしたら蜂蜜状態だと普通の身体より疲れるかも? まぁ知らないけど」


「おいおい、随分と適当だねぇ」


「そりゃ適当にもなるよ。だって暇だし、待ち合わせ相手がいつ来るかもわからないし――」



「その右腕、お前がドラノアか?」



「ッ!?」


 “背後”から声。

 

 慌てて振り返った先に居たのは、20代前半だと思われる端正な顔つきの男性。

 身長は2メートル強で、黒いコートのポケットに手を突っ込んだまま棒立ちしている姿があった。


「えっと……どちら様? どうしてボクの名前を?」


「あぁ? ジジイから何も聞いてねぇのか? ったく、相変わらず説明が雑だな」


 ポリポリと頭をかき、男性は噴水の石垣にストンッと座る。

 それから長い脚を組み、顎に手を当てながら緊張感の無い声で告げる。


「俺は『イヴァン』。ジジイのつかいでテメェを迎えに来た」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る