23話:約束の地『闇の遊園地《ベックスハイランド》』

 ――パチリ。

 目を覚ますと、見知らぬ天井がボクの視界に映った。

 どうやら何処かの室内で眠りに着いていたらしく、背中には固めなベッドの感触もある。


 それから視線を横に動かすと、枕の先に「地獄の鬼族」である少女:鬼姫おにひめの後姿が見えた。

 ガラス窓から外を眺めている様だけど、この薄暗い世界では綺麗な景色など到底望めないだろう。


「……あの化け物は?」


「おや、ようやくお目覚めか。ドラノア君は随分とお寝坊さんだね」

 視線を窓からボクに戻し、それから彼女がベッドの上に腰掛ける。

「暴食のグラトニーなら、キミをぶっ飛ばした後にいくつか建物を壊して街を出て行ったよ」


「出て行った? ボクに止めを刺さなかったの?」


「あぁ。というよりも、そもそも奴には“戦っていた自覚”があったかどうかも微妙なところだね。せいぜい食事の邪魔をするはえを追い払った、くらいの感覚だろう。キミは追い払って姿を見せなくなったはえの生死を気にするかい? 気にしないだろう? そういうことさ」


「………………」


 はえ

 暴食のグラトニーにとって、ボクはそのレベルの存在でしかないらしい。

 余りにも遠過ぎて、余りにも高過ぎる壁は、何処まで進んで何処まで登れば越えられるのか、頂上が全く見えてこない。


 少しばかり、心も折れる。


 が、折れたところで現状が好転することは無い。

 そんな当たり前のことは地獄の4000年で死ぬ程この身に刻んで来た。

 心が折れたのなら接着剤で無理やりくっつけ、くっついたと思い込んで前に進むしか道は無いのだ。


 前に進む時間の中でしか、折れた心が元通りに、そして元以上の強度になることはないのだから――。


「ドラノア君……大丈夫?」


(ん?)


 鬼姫とは反対側。

 ベッドのサイドテーブルに壺が置かれ、そこから蜂蜜になったパルフェが顔(?)を覗かせていた。


「あまり無茶しないでね。『五芒星ビッグファイブ』なら私でも知ってるよ。凄く危険な人達なんでしょ?」


「うん、まぁ……今後は気を付けるよ」


「私の用心棒なんだから、絶対死んじゃ駄目だよ?」


「……わかったよ」

 少々気まずく、誤魔化すようにボクは鬼姫を見る。

「それで、ボクはどれくらい寝てたの?」


「そうだね、だいたい2年くらいかな?」


「2年!?」


 驚愕に目を見開く。

 直後、パルフェから訂正が入る。


「ほ、本当は2日くらいだよ。鬼姫ちゃん、すぐ嘘吐くんだから」


「ちょっとちょっと、ネタ晴らしが早過ぎるよ。もう少しドラノア君で遊んでもいいだろう。姫様は正直が過ぎる」


「えへへ、それほどでも」


「褒めてないんだけど?」


 ジト目を向ける鬼姫と、それをサラリと受け流すパルフェ。

 どうやら知らぬ間に仲良くなっていたみたいだけど、まぁ同世代の女子が2日も一緒に居たら当然か。

 それよりも気になるのは“別のこと”。


「ボク、2日も眠ってたのか……。ちょっとマズいね、約束の期限までもう時間が――痛ッ」


 ベッドから起き上がろうとして、激痛。

 堪らずその場でフリーズし、それからゆっくり身体を動かして何とかベッドに腰掛ける。

 無理すれば動けなくも無いけど……正直、厳しい。


「そりゃそうだよ。『五芒星ビッグファイブ』にアレだけボコられて、命があっただけマシだと思った方が良いね」


「でも、急いで『闇の遊園地ベックスハイランド』に向かわないと……痛ッ~~!!」


 立ち上がろうとするも、やはり身体が拒否反応を示す。

「無理しないで」とパルフェが心配そうな声を掛けてくれるけど、だからと言って悠長にしている暇は無い。


(参ったね……『闇の遊園地ベックスハイランド』はまだ先だし、ここで回復を待ってたら間に合わないかも)


 約束の期限まで残り2日も無い。

 身体に鞭を打ってでも先に進まなければ、最悪地獄に送り返される可能性がある。

 痛みを堪え、何とか立ち上がる――そこで、「はぁ~」と鬼姫の溜息。


「しょうがない、私が“列車まで”背負ってあげよう」


「列車……?」


「窓の外を見てご覧。『闇の遊園地ベックスハイランド』行きの列車が止まっているだろう?」


「あ、本当だ。でも何でここに止まってるの?」


「暴食のグラトニーがアチコチ破壊して、列車もここで脚止めをくらっていたのさ。それにほら、置き去りにされた“5号車”もここまで引っ張って来て連結済み。キミが呑気にも寝ている間に、皆頑張っていたんだよ」


「別に、呑気に寝てた訳じゃないけど……」


 ともあれ、これで「脚」を取り戻した。

 あと2時間程で列車が出発するらしく、多少情けなくとも背に腹は代えられない。


 気恥ずかしさを捨ててボクは彼女に背負ってもらい、唯一自由に動ける黒ヘビの右腕でパルフェの壺を持つ。

 それでも鬼姫はビクともせず、その体幹の強さには驚くばかりだ。


「重くないの?」


「全然、軽いくらいだよ。っていうやり取りは、普通“男女”逆の立場でするべきなんだけどね」


「………………」


 至極真っ当な意見に反論できる訳も無く。

 ボクは鬼姫に背負ってもらい、何とか無事に列車への再乗車を果たした次第だ。



 ■



 ~ 翌日 ~


 ボク等が再乗車した列車は、大きく速度を落としての運行となった。

 線路の安全確認に加えて、臨時的に『暗黒街:ボッティ(グラトニーに半壊された街)』の住人を列車に乗せた結果だ。


 結局、列車の移動だけで丸一日時間が掛かってしまったが、何とか前方に“目的地の灯り”が見えて来た。

 5日以内という期限にも何とか間に合いそうだし、睡眠がバッチリとれたのは怪我の功名。

 身体の痛みも多少は引いて来たので、全体としては結果オーライと言えるだろう。


「ようやく『闇の遊園地ベックスハイランド』に到着か……って、島?」


 これは少々予想外。

 遊園地と銘打っているので、観覧車やジェットコースターの灯りが見えたのは予想通りだが、それが“大きな湖の孤島”にあるとは思っていなかった。


「おや、知らなかったのかい? 『闇の遊園地ベックスハイランド』は島を丸ごと改造した『Darkness World (暗黒世界)』唯一の遊園地だよ。敷地内には金持ち向けの宿泊エリアも備えてあるし、色々と“催し”もやってるんだ」


 今更? とでも言わんばかりの顔で鬼姫がボクを見る。

 そんなボクが持つ壺の中から顔(?)を覗かせるパルフェが、瞳をキラキラと輝かせた。


「わぁ~、『Darkness World (暗黒世界)』にこんな楽しい場所があったんだね」


「そうだね。まぁある意味では楽しい場所かもね」


「私、ジェットコースター乗ってみたいなー」


「壺の持ち込みがOKなら、ドラノア君に頼んでみるといい。でも、風で飛ばされてバラバラになっても知らないよ? 下手すりゃそのまま湖に落ちて、一生見つけられないかもね」


「うぅ、やっぱり辞めておきます……」


 元の身体に戻れるかどうかもわからないのに、バラバラになるリスクは流石に負えない。

 パルフェがしょぼんと落ち込んだ(様に見えた)ところで、『闇の遊園地ベックスハイランド』のホームに列車は停車した。


 誰一人として、これから“一波乱”起きることを知らぬままに。

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