22話:災害級の仇:暴食のグラトニー

*まえがき

前半は過去回、後半で元の時間軸に戻ります。

――――――――――――――――


 ~  12年と少し前(ボクがメリーフィールド孤児院に入る前) ~


 26世界から成る新世界『AtoA』で、最も人口の多い『A』の世界:『Adam World《創世の世界》』。

 世界を統べる『世界管理局』の本部もあるこの世界において、ボクは山深き辺境の地「スエズ村」で暮らしていた。


 物心ついた時から両親はおらず、唯一の肉親は育ての親である祖父だけ。

 父は狩りに出た矢先で落石に遭い、母はボクを産んで間もなく病死したらしい。

 

 でも、それでも特に寂しくはない。

 ボクにとってはそれが普通だったし、25世帯が暮らすスエズ村の100名にも満たない皆が、生まれた時からボクの家族みたいなものだった――。



 ――――――――



 ~ 村を見渡せる丘の家にて ~


「じいちゃん、絵本よんで。『グツグツ鬼さん』がいい」


「絵本? 飯を食ったばかりじゃぞ」


「いいからよんで!! よんで!!」


「全く、しょうがない奴じゃな。それなら絵本持ってこっち来い」


 日常の一幕として、祖父に絵本をせがんだこの日。

 幾つかある絵本の中からお気に入りの一冊を手に、ボクは胡坐あぐらをかく祖父の脚にちょこんと座る。


「はやく、はやく!!」


「そう急かすな、誰も逃げやせん。え~っと、『ある日、地獄の鬼さんは灼熱のマグマから生まれました。それは溶岩の様な真っ赤な赤子で――』」


 扉を叩く音ドンドンッ

 絵本の時間はすぐに遮られる。

 一体誰が邪魔したのかと思えば、近所に住むボッツおじさんの声だ。


「おーい、ダニエル爺さん居るかー? 井戸の修理の件、これからやっちまおうと思うんだが」


「おぉ、そうじゃったそうじゃった。ちょっと待っとれ~」


 絵本を閉じ、膝からボクを降ろした祖父ダニエル。

「えぇ~?」と非難の目を向けたところで、続きを読んでくれる筈も無い。


「これから皆で井戸の修理じゃ。ドラノア、絵本は夕方まで待っとれ」


「じゃあ夕方まで森であそんでくる」


「暗くなる前に帰るんじゃぞ?」


「うん、わかってるよ。いってくるねー」


 祖父よりも先に玄関を出て、外に居たボッツおじさんから「無茶するなよー」と注意を受けつつ、「そんな子供じゃないもんッ」と子供以外の何者でもない返事を返した後、ボクは家の裏手にある森へと走った。


 裏の森には「神木」とあがめられる巨木があり、地面から大きく露出したうねうねの根っこが、この「スエズ村」では昔から子供達の遊び場。


 ここに来れば誰かしらいるだろうと、そう思って森に来たけれど……。


「誰もいない……」


 残念ながら今日はボク一人だけ。


(そのうち誰かくるかな……?)


 しばらくの間、一人で遊んで待つことに。

 ただ、結局は誰も来ないまま、ボクは疲れ果てて巨木の根元で眠ってしまった。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



「……ん~……、あれ!? もう日が暮れちゃう!!」


 余程疲れていたのか、目を覚ました時は既に周囲が薄暗い。

 早く帰らないと祖父に怒られると、慌てて家路に着き――そこで己が目を疑う。


「……え?」


 “ボクの家が潰れていた”。


 加えて。

 潰れた家の上に身長「5メートル」はあろうかという頭の大きな化け物がいて、“片手で祖父を持ち上げ、大口を開けている途中”だった。


「ひぃッ!?」


 堪らず腰を抜かす。

 そんなボクの視界に、全身から血を流す祖父の顔が映る。


「ドラノア、逃げ――」



 ガブリッ!!



 頭を喰われ、祖父は絶命。

 その化け物の足元には、ボッツおじさんだと思われる「頭の無い胴体」も転がっていた。


「う、あぁああああああああ!!!!」


 堪らず悲鳴。

 すぐさま逃げ出そうとするも、腰が抜けて脚が動かない。

 バリボリ、グチャクチャと聞きたくもない音が響き、すぐさま狙いはボクに切り替わる。


 化け物はゴリラの様に両手両足を使って歩き、当然の様にボクへと伸ばされたその大きな腕が――消えた。


「え……?」


 化け物が幽霊だった訳ではない。

 突如として現れた人物に、化け物が“吹き飛ばされた”結果だ。

 嘘のような巨体が宙を舞い、そのまま潰れたボクの家にぶつかった化け物は、踵を返して森の中へと逃げて行く。


 そんな化け物と入れ替わりで、ボクの前には一人の男性が立っていた。


「チッ、逃げられたか。図体の割に逃げ足の速い……ッ」


「……おじさん、誰?」


「そんなことはどうでもいい。すぐに山を下りるぞ」


「む、村の皆は……?」


「………………」


 無言の後、男性は腰が抜けたボクを背負って歩き出す。

 子供にはとても頼もしく見えて、大きな背中越しに映る夕暮れ時の光景に、絶句。


 一言で言えば「壊滅状態」。

 静かな日暮れに染まる村の家々が全て押し潰され、所々火の手が上がる終末の如き光景が広がっていた。


「……残念だが、生き残ったのはお前だけの様だ」


 辺境の地「スエズ村」の25世帯は全滅。

 唯一の生き残りであるボクは男性に保護されて山を下り、メリーフィールド孤児院へ預けられることとなる――。



 ■



 12年以上の月日を経て。

 故郷:スエズ村が壊滅した悪夢の如き出来事から、12年以上の月日を経て。


 今、ボクの前に「あの時と同じ化け物」がいる。


 “暴食のグラトニー”。

 闇社会を牛耳る5人の大物:『五芒星ビッグファイブ』の一角。


 鬼姫が教えてくれたその情報も、ボクにとっては尻込みする理由にはならない。


(なんて幸運な日だッ、ジャックに続いてあの化け物まで出てくるなんて!!)


 生前のボクなら手も足も出ない相手だった。

 しかし、地獄での4000年を耐え抜き、比べられない程に強くなった今のボクなら……ッ!!


「辞めろッ!! キミ如きが勝てる相手じゃない!!」


 鬼姫の静止は無視。

 奴は祖父の――村の皆のかたきだ。

 奴が現れなければ、ボクがメリーフィールド孤児院に入ることも無く、ジャックに虐げられる惨めな人生を送ることも無かった。


 今日、全ての復讐を終わらせる。

 皆を喰らったあの化け物を、この右腕で逆に喰らってやる!!



「“黒蛇クロノアギト”!!」



 一直線に近づき、奴に伸ばした右腕。

 その黒ヘビが暴食のグラトニーを捕える――寸前。



 “咆哮”!!



「うおッ!?」


 街中に響く野獣染みた野太い大声。

 ビリビリと身体が震えるその叫び一つで、ボクの身体は大きく吹き飛ばされる。


 更に――


「ドラノア君ッ、避けろ!!」


「ッ!?」


 着地後、態勢を立て直して顔を上げたところに、“瓦礫”。

 グラトニーの太い剛腕から投げられたと思われる投擲物が、回避の間に合わないボクに直撃!!


「ぐッ!?」


 反射的に黒ヘビをガードに使ったものの、相殺するには程遠い余りある威力。

 ボクの身体は再び大きく吹き飛ばされ、そのまま建物に激突!!


「ガハッ!?」


 血を吐き出し、呼吸もままらぬ状態で自由落下。

 しかし、そんなボクの身体が下に落ちることは許されず、“真横からの巨大な拳”で殴られる!!


「ッ――」


 いつの間に真横まで近づいたのか。

 巨体からは想像もつかない“素早さ”を見せたグラトニーの拳で、三度飛ばされたボクの身体が、建物の壁を突き破る!!


 突破ドンッ――突破ドンッ――突破ドンッ――衝突ドンッ!!


 外壁だけでなく、室内の壁も2つ突き破り。

 その先にあった柱にぶつかって、ようやくボクの身体は床に崩れ落ちた。


 そこから、起き上がる為の気力は湧いてこない。


(嘘だ……実力が、違い過ぎる……ッ)


 一瞬で理解させられた。


 “今のボクでは逆立ちしても勝てない”と――。


 圧倒的な絶望を前に、赤く染まった視界がグラリと揺らぐ。

 そのままボクは、呆気なく暗闇の中に意識を落した。

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