19話:凶弾

 4000年越しの邂逅。

 遂に再会を果たした列車内で、「ジャック・A・バルバドス」は先ほど言った。


 『大切なのは日頃の行い』だと。


 これはボクも本当にそう思う。

 きっと日頃の行いが良かった為に、図らずも復讐の好機チャンスが向こうから転がり込んで来たのだ。


「――表に出ろ。この俺様が改めて地獄に送ってやるよ」


 偉そうにそう告げて、5号車デッキからドスンッと地面に飛び降りたジャック。

 ボクからすれば十分に広く、奴にとっては狭い車内から広い場所に移ったのだろうが、結果から述べると外も決して広くはない。


 いや、当然ながら「空間」としては広いけれど、「足場」に限ればむしろ車両内の方が広く感じるレベル。

 “下”を覗き込めば、何もかも飲み込んでしまいそうな真っ暗闇が待ち受けていた。


(「底」が見えない……渓谷を渡る橋脚の上で止まったのか)


「ハハッ、どうしたチビ。高所でビビッてションベンでも漏らしたか? 狭いレールだが、テメェには十分過ぎる程の広い庭だろ?」


「……そうだね、これだけあれば十分だよ」


 うん、十分な広さだ。

 ジャックへ復讐を果たすのに、これ以上の広さは必要無い。

 そして「必要無い」で言えば、背後から不安げな顔を覗かせる家出少女への説明も必要無いだろう。


「ドラノア君、あの男と知り合いなの?」


「まぁ、昔ちょっとね。でも大丈夫だよ、何も心配は要らないから」


「でも……」


「大丈夫だから」


 反論を許さぬ意味も込め、ジャックに続いてボクも外に降りる。

 ようやく訪れたこの好機に余計な思考は使いたくない。


 それはジャックも同じなのか、奴がパルフェに声を掛けるが――それが「終わりの始まり」だった。


「おい女、お前はそこに居ろ。コイツを地獄に送った後に、俺様が天国へ連れ戻してやる」


「よ、余計なお世話よッ!! 放っておいて!!」


「そう言われて放っておけるかよ。お前を天国へ連れ戻せば南方大天使の信頼を得られ、結婚も有利な条件で進められる。多少間抜け面まぬけづらだが見てくれは悪くねぇし、俺様の妻はお前で妥協してやる。マリーの代わりにはならねぇがな。ハハッ」


 こんな台詞を面と向かって吐かれ、それで気持ちの良い気分になる人間はいない。

 スーッと、パルフェの瞳が一気に冷気を帯びる。


「……本当、最ッ低な男ね。アンタなんか会うまでもないと直感でわかってたけど、本当に会うまでもなかったみたい」


「あぁ? 一体何が不満だ? この俺様が結婚してやると言っているのに」


「それが嫌で私は家出したの!!」


「は? 何を嫌うことがある? 俺様は名家:バルバドス家の次期当主だぞ?」


 本当に、何を言っているのか理解出来ない。

 そんな顔で見返すジャックに向け、パルフェが出せる限りの大声で叫ぶ。


「生理的に無理なの!!」


「ッ!?」


「顔も嫌!!」


「ッ!?」


「性格も嫌!!」


「ッ!?」


「俺様口調とか有り得ないしッ、何から何まで全然タイプじゃないもん!!」


「ッ~~!!??」


 端的に言うと「撃沈」。

 完膚なきまでに振られたジャックの頬が珍しく朱に染まる。

 この薄暗い世界でもわかる程に彼の頬は紅潮しており、奴と12年以上の付き合いがあるボクでさえ初めて見る顔だった。


 動揺・恥辱ちじょく・威厳の喪失。

 それらが混じったジャックの顔は、これまで見て来たどんな光景よりも面白い。

「プッ」と、ボクが思わず噴き出してしまう程に。


「おいッ、何がおかしいチビ!?」


「いや……別に」


 すかさずギロリッと睨んで来たジャックに、ボクはとぼけた顔を返す。

 人の不幸を笑うなんて酷い行為だと思うけど、ジャックを人間と呼ぶには「悪が過ぎる」ので例外扱いでいいだろう。


 加えて例外で言えば、ジャックは先の発言を「例外扱い」にするつもりだった。


「……おい女、さっきのは聞かなかったことにしてやる。もう一度だけ聞くぞ。俺様と結婚したいだろ?」


「お断りよ!! アンタみたいなスーパー勘違いゴリラ男はッ、森に帰ってウホウホしてろ!!」


「ブッ~~!!」


 駄目だ。

 笑いが堪え切れず、噴き出す口元を隠す為に顔を逸らした――それが、取り返しのつかないボクの「失敗」。


「よ~くわかったぜ……つまり、テメェは死にたいんだな?」



 銃声!!



(……は?)


 理解が遅れた。

 直後に慌てて振り返り、その場にドサリと倒れ込む家出少女の姿を確認。


「パルフェ!?」


 声を掛けても返事はない。

 すぐさま駆け付けようときびすを返しかけるも、“背中をがら空き”にしたら駄目だと踏み留まる。

 結果、ボクに出来るのは叫ぶことだけ。


「ジャック!! お前ッ、何て事を……ッ!!」


「ハハッ、その女が悪いんだ。この俺様をコケにしやがって……だがまぁ安心しろ。“犯人はテメェだって事にしてやる”」


「はぁッ!?」


 驚くボクへ見せつける様に、ジャックがその手に持つ銃を見せつける。

 ボクにも見覚えのある「散弾銃を」。


「それは……ッ」


「懐かしいだろう? テメェを地獄へ送り返すのに、これ以上の代物もねぇ。――考えてもみろ。名家バルバドス家の次期当主が、婚約者を殺すと世間が思うか? いいや、思わねぇ。俺様が証言すれば、脱獄犯のテメェがその女を殺した事になる。俺様が“テメェを人殺しにしてやるよ”!!」


「ッ~~!!」


 我慢の限界だった。

 奴の傲慢さと、自分の愚かさに。


 ジャックと会話などせず、出会った瞬間に復讐を遂げていればこんな事にはならなかった。

 こんな事――パルフェが奴の凶弾に倒れる事態は起きなかった。


(ボクの失態だ。ジャックなんか“いつでも殺せる”と思って油断してた……今、ここでる!!)


「ハハッ、こいよ糞チビ!! 糞女共々、この俺様が地獄に送ってやる!!」


 駆け出したボクを迎え撃つは「炎」。

 奴の胸に灯る『“魂乃炎アトリビュート”:正義ジャスティス』の光。

 4000年前にボクの銃弾を跳ね返し、ボクに致命傷を与えた因縁の力。


 その“魂乃炎アトリビュート”が灯る胸を目掛け、ボクはナイフを左手に駆ける!!


「おいおいッ、そんなチンケなナイフで何する気だ!? 地獄でボケて忘れたか!? 俺様の『“魂乃炎アトリビュート”:正義ジャスティス』の力をよぉッ!!」


(もういい、黙れ……ッ)


「テメェの攻撃はッ、全て俺様の『正義ジャスティス』が弾き返す!! そのチンケなナイフが俺様に届くことは絶対に――」



 グサリッ!!



「ッ!!??」


 ナイフが胸に刺さり、驚愕に目を見開くジャック。

 口をパクパクと動かした後に、その口からゴフッと赤い液体を吐き出した。


「馬、鹿な……俺様の『正義ジャスティス』は……全ての悪意を、跳ね返す筈……何故だ?」


「何故? 自分で答えを言っていたじゃないか。その“魂乃炎アトリビュート”が跳ね返すのは『悪意』――『悪意を持った攻撃』だけだ」


 他の誰でもない、ジャック自身がそう告げている。

 ボクが返り討ちに遭った4000年前、銃弾を跳ね返した奴はこう口にしていた。



『正義が負けることは絶対にあってはならない。だから、俺様に向けられた全ての悪意はな、その悪意の持ち主に“全て跳ね返る”んだ』



 あの日から4000年。

 死んだ方がよっぽどマシな地獄の時間を耐えつつ、ボクは『“魂乃炎アトリビュート”:正義ジャスティス』を打ち破る方法を考え続け、そして「1つの答え」に辿り着いていた。


「永遠にも思えた地獄の日々で、ボクの中にあったお前に対する悪意は――完全に消えた。……いや、消えたというのは少し違うか。多分、“変わった”んだ。今のボクにあるのは、お前に対する純粋な悪意ではなく、『悪』であるお前を絶対に許さないという“純粋な『正義』”」


「ッ~~!!」


「ボクが振るったこのナイフは、『悪』を打ち倒す『正義』の一振りだ。お前の“魂乃炎アトリビュート”に跳ね返される道理は無い」


「ふざッ、けるなァァァァアアアアアアアアッ!!!!」


 ボクの説明に納得がいかなかったのだろう。

 到底やられると思っていなかったジャックは、まだその手に持っていた「散弾銃」をボクに向ける。


 しかし、遅い。



「“黒蛇クロノアギト”」



 バクンッ!!


「ぐぁぁぁぁああああああああッ!!??」


 銃を持った奴の右腕を食い千切り、堪らずジャックが悲鳴を上げる。

 叫びながらよろけたジャックが後ろに下がり、一歩まではよかったが、二歩目が下がる足場は無い。


 ズルリっと足を滑らせ、渓谷に跨る橋脚から転落しかけるも、残った左腕でガシッと足場を掴んだ。

 そして、ボクに懇願する。


「た、助けてくれ……ッ!!」


 ――――――――――――――――

*あとがき

次話、【1章】最終話となります。

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