20話:銃声

 ジャックの右腕を黒ヘビで食い千切った結果。

 よろけた奴がズルリっと足を滑らせ、左腕一本で橋脚の足場を掴む。


「た、助けてくれ……ッ!!」


 死の瀬戸際に追い込まれ、奴が初めて見せる“懇願”の表情。

 もしかしたら、昨日までのボクならそれを笑って見下すことが出来たのかも知れないけれど、今のボクは到底そんな気分になれない。


(呆気ないな……もう、終わるのか)


 奴の命綱である左手を蹴って谷底に落とすか、もしくは首を食い千切るか、迷う。

 今になって怖気づいた訳ではない。

 夢が叶うこと、目標を達成することが嬉しく、同時に少し怖いのだ。


 4000年も追いかけ続けた夢を叶えて、目標を失うことが怖い。


 けど、だけど。

 ここでやらなきゃ何の意味も無い。

 悪を許す道理など、ジャックを許す道理など何処にも無い。

 地獄で過ごしたボクの4000年は、全てこの時の為にあったのだから。


「……ジャック、覚えてる? ボクが死ぬ時、お前は言ったんだ」



『テメェ如きが俺様を殺すなんざ、1000年早いんだよ!!』



 ――違う、1000年早いんじゃない。3000年遅かったのだ。

 結果として、お前に復讐するまで4000年もの時間を費やす羽目になった。


(ま、お陰で強くなれたけどね)


 感謝することは永遠に無いけれど。

 それでも別れの挨拶くらいは述べておこうと思う。


「さよならジャック。だけど、ナイフは返して貰うよ」


 黒ヘビを伸ばし、奴の胸に突き刺さったナイフを回収。

 その際、改めて口から血を吐き出したジャックは、その目からも真っ赤な血を流しながら口を開く。


「頼むッ、助けてくれ……ッ!!」


 そんな奴の顔を「無の表情」で見下しながら、やはり最後の一撃は迷う。

 ナイフにするか、黒ヘビにするか、それとも地獄の熱で火達磨にするか。


 だけど。

 ボクの視界に“喰い千切った奴の右腕”が映った時点で「答え」は決まっていた。

 その手から零れ落ちた「散弾銃」が目に入った時点で、4000年前と同じ方法で、今度こそ本当に終わらせることが決まっていたのだ。


「待てッ……早まるな!! 俺はまだ、死にたくな――」





 銃声。





 この時はまだ、奴の胸に“魂乃炎アトリビュート”の炎が灯っていた。

 しかし、それでも、躊躇いなく放った放った散弾がボクに跳ね返ることは無い。


 ズルリと、力を失った左手は身体を支えることを辞め、奴の巨体が真っ暗な谷底に落ちてゆく。

 その胸に灯っていた“偽りの正義の灯”は消えさり、4000年越しであるボクの夢は、悲願は、呆気なくも成就された。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



(終わった……これで、全部終わったんだ……)


 4000年越しの復讐は成された。

 他の誰でもないこの手で、自分の手でジャックに引導を渡したのだ。


 これでもう何も思い残すことは無い――などと感傷に浸っている場合でもない。


「そうだッ、パルフェは無事!?」


 つい先ほどだ、ジャックの凶弾に彼女が倒れたのは。

 当たり所が悪ければ既に死んでいるし、運が良ければまだ助かる可能性はある。

 慌てて5号車のデッキに引き返し、容態を確認するも、ボクはハッと目を見開く。


「いないッ!?」


 パルフェの身体が、凶弾に倒れた筈の彼女の身体が何処にも見当たらない。

 一瞬意味がわからず、しかし次の瞬間には“それ”に気付く。


(“魂乃炎アトリビュート”の炎……が、液体に浮いてる?)


 最初はパルフェの血液かとも思ったが、それにしては色味が違う。

 5号車の客室から漏れる僅かな明かりで見る限り、僅かに黄色味を帯びた透明な液体で、そこに何故か“魂乃炎アトリビュート”の炎が浮いている。


 しかもその液体には、何やら“顔らしき”モノがある様にも見える。

 シミュラクラ現象(3つの点が顔に見える)で床の模様がそう見えているだけか? とも思ったけど、次の瞬間にその可能性は消えた。



「あれ、私……生きてる?」



「喋った!?」


 今日何度目の予想外か。

 聞こえて来たのは聞き覚えのあるパルフェの声で、何故か「液状化した状態」のまま普通に言葉を喋っていた。



 ■



「――つまり、パルフェは『蜂蜜ハチミツ』の“魂乃炎アトリビュート”所持者だったってこと?」


「うん、そうなの。身体から『蜂蜜』を出せる能力なんだけど、これまで特に使い道も無くて……まさか“自分が蜂蜜になる”なんて私も吃驚だよ」


 以前として「液状化 = 蜂蜜化」したまま会話を続けるパルフェいわく。

 元々彼女は“魂乃炎アトリビュート”所持者だったが、生産能力の低い養蜂家になるくらいしか使い道のわからない能力だった為、その力を使う機会は滅多に無かったらしい。

 加えて、彼女自身が蜂蜜になるなど、これまでの人生で一度たりとも無かったとの話だ。


「命の危機を目の当たりにして、パルフェの“魂乃炎アトリビュート”に何か変化があったのかな」


「そうかもしれないけど、自分でもよくわからないから何とも……それよりドラノア君、アイツは?」


「ん? あぁ、終わったよ。全部ね」


「……そっか」


 ボクの短い返事で大体を察したのだろう。

 それ以上アレコレ尋ねてくることもなく、代わりに何故か「うにょうにょ」と蜂蜜化した身体を動かし始める。


「どうしたの?」


「えっとね、元に戻ろうと思って頑張ってるんだけど、何をどうしたらいいのかわかんなくて……」


「えっ、人間の姿に戻れないの?」


「う~ん、ちょっと駄目みたい。何をどうやったら元に戻れるのかさっぱりだよ」


「それは困ったね。時間で元に戻るのか、それとも当分はこの状態のままか……」


 これが「当分」で済めばまだいいが、「一生」になる可能性もゼロとは言い切れないのが怖いところ。


(唯一の救いは、お金の入ったリュックまでは蜂蜜化しなかったことだね)


 彼女の服も一緒に蜂蜜化してる中で、客車の中にリュックが残っていたのは不幸中の幸い。

 当分お金に困ることは無いだろうけど、だからと言って全ての問題が解決された訳もない。


「パルフェ、ちょっと触るよ」


「え? や、優しくしてね……?」


 許可を貰ったので「ツンツン」とつつくも、指先に残ったのはベットリとした蜂蜜特有の感触。

 とてもではないけれど、手にすくって運べる類のモノではない。


「参ったね。壺か何か入れ物があればいいんだけど……あ、美味しい」


「ちょっとッ、食べないでよ!!」


「あー、ごめん。指に付いた分ならいいかなと思って……もう一舐めいい?」


「話聞いてた!? 元に戻った時、私が小さくなってたらどうするの!?」


 なるほど、その可能性は考慮していなかった――というか。

 今更だけど、このパルフェという家出少女、ボクが当初思っていた以上にテンションが高い。

 誘拐された時は極限状態だった「緊張」と「警戒心」が、今になって緩んで来た結果だろうが、少々うるさい。


「パルフェ、はしゃぐのは程々にね。列車は先に行っちゃったけど、何処で誰が見てるかわからないから」


「えぇ、別にはしゃいでた訳じゃないんだけど……」


「とりあえず、ボクは客車の中に“入れ物”が無いか探してみるから――」



「入れ物をお探しなら、この壺なんてどうだい?」



「「ッ!?」」


 ボクとパルフェ、二人に緊張が走る。

 復讐相手のジャックが渓谷に落ち、ボク等以外に誰も居ないと思っていた5号車に「第3者」の声が響いた。


 慌てて振り返った先。

 通路に置かれたきりの箱、その上には脚を組んで座る少女の姿が――額から角を生やした「地獄の鬼族」である少女の姿がある。


鬼姫おにひめ……?」


 間違いない。

 暗黒街を牛耳る巨大闇組織の1つ、『闇砂漠商会やみさばくしょうかい:ナイカポネ支部』の一人だ。

 この『Darkness World (暗黒世界)』で、ボクが初めて「ゴミ掃除」を行った際に隣にいた人物でもあり、仕事の報酬を受け取る前にボクの方から距離を置いた人物でもある。


 もう二度と逢わないだろうと思っていた少女が、何故かこの5号車に姿を現した。

 そして、ボクとパルフェへ交互に視線を送った後、こんな言葉を紡ぐ。


「『闇の遊園地ベックスハイランド』に行くなら、私も一緒にいいかな?」


 ――――――――――――――――

*あとがき

 これにて【1章:復讐編】は完結となりますが、本作の「メインストーリー」&「主人公の更なる復讐劇」はここからが始まりです。【2章】の初話で「メインストーリーのラスボス(?)」も出てきますので、引き続き本作にお付き合い頂ければ幸いです。

(【2章】の冒頭「21話:五芒星ビッグファイブ」には、2章挿絵へのリンクを載せています)


「更新頑張れ」と思って頂いたら、作品の「フォロー」や「☆☆☆評価」もよろしくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。

また、お時間ある方は筆者別作品「🍓ロリ巨乳の幼馴染み(ハーレム+百合*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)」も是非。


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