18話:4000年ぶりの再会

 ~ 『闇の遊園地ベックスハイランド』を目指す列車内にて ~


「……くん、ドラノア君?」


 声が聞こえる。

 ボクが育ったメリーフィールド孤児院で、僅かな期間だけ仲の良かった病弱な少女:マリーに似た声だ。

 ともて優しくて暖かい、春の日差しの様な雰囲気を纏った声だが――マリーは既に死んでいる。


「……パルフェ?」


 目を覚ますと、隣の家出少女が不安げに覗いている顔があった。


「大丈夫? 結構うなされてたよ」


「うなされてた? ボクが? ……何か言ってた?」


「えっ、どうだろう。上手く聞き取れなかったけど」


「そう……ならいいんだ」


 地獄に墜ちてからは無論、地獄に墜ちる前にも良い思い出などない。

 誰かに話したい話など無いし、不要な詮索をされないのであればそれに越したことはない。


(2時間近く寝てたのか……でも、まだまだ到着は先だね)


 客車前方の壁にある時計、その短針が数字2つ分進んだだけ。

 『闇の遊園地ベックスハイランド』に到着するまで早くてもあと3時間はかかるだろうし、もう一眠りしても罰は当たらない。

 だけどその前に――。


「ちょっとトイレ行って来るね」


「わ、私も行くよッ」


「いいって。今更パルフェを置いて逃げたりしないよ。心配しなくていいからここに居て」


「……わかった」


 不承不承といった様子でボクの左手を離すパルフェは、一人になるのが本当に不安らしい。

 ただ、それでも頑なに家には帰ろうとしないのだから、気が強いのか弱いのか判断に困る。


(まぁいいや。考えても仕方ないし、とりあえず用を足そう)


 この5号車にトイレは無いので、一番近いのは4号車の後方。

 移動ついでに他の乗客達を何気なく観察し、特に不信感を覚えることなく車両連結部のステップを歩いて4号車へ。


 つつがなく用を足し、5号車に戻って車両後方にいるパルフェの安堵した顔も確認。

 そのまま元の座席に戻り、再び寝ようかと考えていたら――「音」。


 ザザッというノイズの後、機械で声を変えたと思われる「車両アナウンス」が流れ始めた。



『命が欲しけりゃ、5号車の客は今すぐ4号車へ移動しろ。前の席から順番に、荷物は席に置いたままだ』



(あらら、列車強盗か?)


 ざわざわと、突然のアナウンスに騒然とする車内。

 いくら犯罪者の多い『Darkness World (暗黒世界)』とはいえ、大手闇組織の運営する列車が襲われるのは珍しい。


「ドラノア君、どうするの?」


 アナウンスに従うべきかどうかボクに判断を仰ぐパルフェ。

 彼女と同じく他の乗客達も判断に困っているが、その時間も長くはない。



 閃光!!



「「「ッ!?」」」


 乗客全員が目撃したのは、窓の外で起きた“爆発”の光。

 僅かに遅れて「ドンッ」という爆音が響き、列車の窓がガタガタと震える。

 あまりにも突然の事態に車両内が緊張に包まれ、続けて先程の声で再度「アナウンス」が入った。


『チンタラしてると、次は貴様等が爆発に巻き込まれる事になるぞ。さっさと移動を始めろ』


 アナウンスが終わるや否や。

 人々は一斉に席を立ち、怒号を上げて5号車の前方に詰め寄る。


「早く行け!! 爆破されるぞ!!」

「押すなよッ、前から順番って言われただろ!?」

「あッ、テメェ荷物持ってるじゃねーか!!」

「私を先に行かせなさいよ!! レディファーストでしょ!?」


 地獄絵図――は流石に言い過ぎか。

 乗客が我先にと前に詰め寄るも、車両の連結部は皆が一斉に通れるような広さではない。

 必然的に前の人々から順番に進む形となり、乗客の半分程が居なくなったところで隣のパルフェがそわそわと狼狽うろたえる。


「ドラノア君、私達も早くしないと……」


「まぁまぁ落ち着いて。強盗が目的なら、乗客の荷物を載せた車両を爆破するなんて真似はしないよ」


「でも……」


「わかってる。維持張ってここに残る理由も無いから、言われた通り移動しよう」


 現状では敵の人数もわからない。

 並大抵の相手には負けるつもりも無いけど、相手が闇の組織に喧嘩を売っている以上、それ相応の人員を揃えている筈だ。

 無駄にリスクを冒しに行く場面でもないけど、だからと言って必ずしも敵の言う通りにするつもりはない。


「そのリュックは離さないでね。流石にそれを取られるのはボクも困る」


「うん、だよね」


 コクリと頷いたパルフェと共に、随分と人の減った車両前方へと移動。

 リュックが小さいからか、そもそも後ろを気にする余裕のある者はいないのか、それを咎められることも無い。


 それから間もなく。

 ボクの前に居た男性が連結部のステップを進み、4号車へ移動。

 そして最後はボク等の番だと、4号車へ移ろうとした――そのタイミング。



「テメェは残れ」



「ッ!?」「きゃッ!?」


 前からボクの身体が押し返され、背後にいたパルフェがよろめいて倒れる。

 直後に「ガキンッ」と激しい金属音が鳴り、体重が一瞬だけ前へ持って行かれる。


 “4号車との連結器が破壊された”のだ。

 結果として5号車の速度が落ちた事を理解するも、今はそれどころではない。


 ボクを押し返し、4号車から5号車に乗り込んでくる男:“管理者の制服を着た”身長3メートル越えの大男を前に、ボクの目が一瞬で血走る。


 忘れる筈も無い。

 見間違える訳も無い。

 この男は――。


「ジャック……ッ!!」


「ハハッ、久しぶりだなドラノア。相変わらず、死んだ方がマシなくらいチビのままじゃねーか」


 ――間違いない、ジャックだ。

 目の前に居るのは「ジャック・A・バルバドス」、ボクの復讐相手に他ならない。


 何の因果か最も会いたかった男が向こうからやって来た訳だけど、当然、何の疑問も無しに喜んでいい場面でもないだろう。

 ジロリと、ボクは警戒の眼差しをジャックに向ける。


「何故、お前がここに……?」


「テメェが地獄から逃げ出したと聞いてな。何の間違いかと思っていたが、まさか本当に脱獄していたとは思わなかったぜ。しかも“俺様の探していた女”と一緒とはな」


「え、パルフェを知ってるの?」


「当然。そいつは“俺の女”だ」


「ッ!?」


 ボクが驚くと同時、もしくはそれ以上の速さで。

 背後で倒れたままのパルフェが叫ぶ。


「だッ、誰がアンタの女よ!? 会ったのだって今日が初めてじゃない!! パパ達が勝手に進めた“縁談”を持ち出さないで!!」


 縁談?

 ということは……つまり。


「まさか、パルフェの婚約者ってジャックだったの?」


「何だテメェ、何も知らないでその女を連れていたのか?」

 答えたのはジャックで、パルフェは忌々し気に唇を歪めている。

「名家バルバドス家の子息となった俺様と、天国の覇者:大天使の娘との婚約なら世間も納得するってもんだ。何処の馬の骨ともわからねぇ糞チビには、今後も一生縁の無い話だがな」


 鼻高々とは正に今のジャックのこと。

 自慢気を一切隠さない口調で語った後、一転して「やれやれ」と困った様に肩を竦める。


「しかしまぁ一体何をトチ狂ったか、婚姻を結ぶ前にその女が行方を眩ませてな。そんな事をおおやけには出来ないから、密かに連れ戻すよう俺様に要請が出たのさ。チビ探しはそのついでだ」


「……“ついで”で居場所を当てられるのは困るんだけど?」


「ハハッ、恨むならテメェの運の無さを恨め。女の目撃情報とテメェが最後に目撃された管理局の位置から、『暗黒街:ナイカポネ』が怪しいと踏んで列車を見張っていたのさ。そしたらたまたまビンゴって訳よ。やっぱ大切なのは日頃の行いだな。テメェもそう思うだろう?」


「………………」


「ケッ、つまらねぇ反応だぜ。せっかく列車強盗に見せかけて、邪魔者を排除してやったってのに」


 無駄に恩着せがまし台詞を吐き、加えて「プッ」と唾を床に吐き捨てたジャック。

 奴の背後に見えていた4号車はいつの間にか見えなくなり、徐々に速度の落ちてきた5号車は遂にその動きを止める。


 それからジャックはボクの何倍も大きな太い親指で、グイっと窓の外を指した。


「――チビ、表に出ろ。この俺様が改めて地獄に送ってやるよ」

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