17話:地獄に墜ちるまで

 病弱だった少女:マリーの葬式が終わった翌朝。

 メリーフィールド孤児院は1つの話題で持ちきりだった。


「え? ジャックが……『名家:バルバドス家』に引き取られる?」


「そうなの。どうやらアイツ、“魂之炎アトリビュート”が発現したんだって。だからバルバドス家が引き取って、管理者になる為の学園に入れるみたい」


「そう、なんだ……」


 正直、ホッとした。

 ジャックに特別な才能があったことは羨ましいけれど、奴がバルバドス家に引き取られるなら二度と会うこともないだろう、と。


 しかし。

 ジャックが孤児院を去ってから半年も経たない内に、状況は大きく変わる。

 孤児院の院長に呼び出され、こんな話を持ち出されたのだ。


「――ドラノア、この春から『世界管理学園:ウィンストン校』に通いなさい」


「え、どうしてボクが? ウィンストン校って、“魂之炎アトリビュート”を持ってる人じゃないと入れない名門校でしょ?」


「それはそうなんだが、実は今年から特別枠が出来たみたいでね。お前を学園に通わせると、どういう訳か補助金を貰えることになってる。悪い話じゃないだろう?」


「でも……」


「良い学園を出たら将来の選択肢も増える、これはお前の為だよ」


「……わかったよ」


 身寄りのないボクを引き取ってくれたメリーフィールド孤児院、その院長の頼みとなれば断ることもはばかられる。


 それに最近、この孤児院でよく聞く言葉は「お腹空いたね……」だ。

 以前よりも明らかに食事の量が減っており、皆の顔から元気が無くなっているのも事実。

 何の力も無しに名門校へ通うのは気が引けるけど、学園に通うだけで皆が満足に食べられるのであればと、ボクはこの話を引き受けた。



 ~ 数週間後 ~


 かくして通い始めた『世界管理学園:ウィンストン校』の入学式当日。

 ボクは自分の倍ほどの背丈を持った「顔覚えのある同級生」と再会する。



「よおドラノア、楽しい学園生活にしようぜ?」



 これが、ジャックの暴力が始まるまでの経緯。

 理不尽にも程がある、奴からボクへの「復讐」が始まった経緯。


「おいチビ、学園には休まず来いよ? 卒業するまで一日でも休んだら、孤児院への補助金を打ち切るからな」


「ッ――」


 最初から、逃げ道は断たれていた。

 学園の教師に相談しても、皆バルバドス家の威光に怯えて見て見ぬ振り。

 ただひたすらにボクの「我慢」が続く、先の見えない冬の時代が「12年」も続く事となる。


「お前さえ来なけりゃマリーは死ななかった!! マリーの代わりにお前が死ねば良かったんだ!!」


 人気の無い校舎裏に呼び出し、ボクを殴るのがジャックの日常。

 全く、いつまでマリーのことを言っているのか。


「……身体がデカい割に、心は意外と女々しいね」


「あぁ!? 女々しいのはテメェの顔だろッ!!」


「ぐッ!?」


 顔を殴られ、青痣が出来るのは珍しいことでもない。

 制服で隠れるその下には、顔の何倍もの青痣が刻印されている。


(耐えろ、耐えろ……孤児院の皆の為に、学園を卒業するまで耐えるんだ……ッ)


 年々エスカレートする奴の暴力。

 それを受け続ける日々は、正直言って「生き地獄」。

 精神的苦痛、肉体的苦痛を受け続ける地獄が延々と続き、次第に歯止めの効かなくなっていったジャックは更なる蛮行に出る。


 6年制の下級学院と、同じく6年制の上級学院。

 計12年もの地獄が間もなく終わろうかという、卒業式を間近に控えたある日。



 クラスメイトの前で、ボクは“衣服を全て剥ぎ取られた”。



「「「きゃぁぁああーーッ!?」」」


 悪意の塊であるこの蛮行が生んだ悲鳴の意味は、今更語るまでもないだろう。

 あの時に聞いた悲鳴は、好奇の目は、今でも鮮明に覚えている。

 目を瞑っても耳をふさいでも、あの時の光景が瞼の裏に蘇ってくる。


 “屈辱の極み”だった。



(殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる……ッ!!)



 小さく無能なこの身体に、積もりに積もった積年の恨み。

 学園を卒業まで我慢するという、ボクの中にあった「消極的な選択肢」はこの時に消えた。


 ボクは知っていたのだ。

 メリーフィールド孤児院の院長が、いざという時の為に隠し持っている武器の在り処を。


 院長が外出した日を狙い、部屋に忍び込んでそれを持ち出し――そしてやって来た『世界管理学園:ウィンストン校』の卒業式当日。

 ザーザー降りの雨の中、ボクは己の人生を賭けた復讐劇を実行に移す。


『屋上で待ってる。マリーより』


 そんな手紙を人伝でジャックに渡し。

 ノコノコと屋上へとやって来たジャックに、背後から「散弾銃」をブチ込む!!



「地獄に墜ちろッ!!」



 これでボクの復讐は終わり。

 後は煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わないと、そう思っていたボクに――放った「散弾」が返って来る。


「……え?」


「ハハッ、信じられねぇって顔だな。……ったく、わざわざマリーの名前を使って俺様を呼び出しやがって」


 右胸、わき腹、太腿、それ以外にも弾が当たったのか。 

 到底立ち続けることは叶わず、うつ伏せに倒れたボクの身体を、大きな足でジャックが踏みつける。


「ぐッ……!!」


「学園では『人に見せるな』って義父おやじに言われてたからなぁ。“魂乃炎アトリビュート”の授業も俺様は特別教室だったし、チビが知らないのも無理はねぇ」


「ぐぁッ!?」


 グリグリと、踏みつける足を動かすジャック。

 激痛で叫ぶボクを笑って見下しながら、奴は愉悦に浸った顔で語る。


「少し考えればよぉ、テメェがどれだけ浅はかな真似をしたのかわかる筈だぜ? どうしてバルバドス家が俺様を引き取ったのか。ただ単に“魂乃炎アトリビュート”を持ってるだけなら、他にいくらでも養子に出来るガキはいるってのに」


 まるで小石でも蹴るかのように。

 ボクの身体をガシッと足蹴にし、強制的に仰向けにしてからジャックが告げる。


「俺様の“魂乃炎アトリビュート”はな、数ある能力の中でも“最強”と名高い力――『正義ジャスティス』」


(……は?)


「正義が負けることは絶対にあってはならない。だから、俺様に向けられた全ての悪意はな、その悪意の持ち主に“全て跳ね返る”んだ」


(ッ~~!!)


 死に体で、驚愕に目を見開くボクの顔を蹴り。

 それから奴は、力の入らぬボクの身体を片手で持ち上げる。


「安心しろ。無能のチビは、己の不甲斐なさを恥じて卒業式に自殺した。そういう事にしといてやる」


(クソッ、クソッ、これの何が正義だ!! こんな、こんな奴の何処が……ッ!!)


「クハハハハッ、あばよチビ!! テメェ如きが俺様を殺すなんざ、1000年早いんだよ!!」


 抵抗する力は残っていない。

 屋上から投げ捨てられたボクの身体は、成す術無く石畳の地面に叩きつけられた。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 そして舞台は「死後の世界」へと移る。

 ここからはあっという間の出来事。



 ~ 『H』の世界:『Heaven/Hell World (天国/地獄世界)』にて ~


 火の玉みたいな「魂の姿」となったボクは、地獄の覇者である「閻魔王」に裁かれる羽目となる。

 アレコレと必死に事情を説明するも、『バルバドス家』の威光は他の世界にまで及んでいたらしい。

 何を言っても聞く耳を持たない閻魔王は、それが日常の一つだと言わんばかりに手慣れた口調でボクに告げる。



「貴様を“無限地獄の刑”に処す!! その魂が尽き果てるまで、地獄の裁きを受け続けるがいい!!」



 その後、魂の姿から人間の姿に戻されたボクは、八大地獄が1つ目:黒縄こくじょう地獄へ落とされる。

 これが、正真正銘「地獄」の始まり。

 咎人とがびと達と「殺し合いの日々」を繰り返す、地獄の4000年が始まるまでの経緯だった――。



 ――――――――――――――――

*あとがき

 次話「18話:4000年ぶりの再会」から元の時間軸に戻ります。

 【1章】完結まで残り3話です。

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