16話:ドラノアとジャック

 一定のリズムでガタゴト揺れる、四角く切り取られた列車の窓。

 暗闇の景色が亡霊の様に通り過ぎてゆく中、隣の窓側に座る家出少女:パルフェが、リュックを抱き絞めつつウトウトと舟を漕ぎ出した。

 寝れる内に寝るのは正しい選択だが、ボクはもうしばらく寝れそうにもない。


(『闇の遊園地ベックスハイランド』まで、列車が順調に進んで5~6時間。そこで白髭の老人と再会して……それからどうなるんだろう?)


 ボクを脱獄させた白髭の老人:グラハム、彼の目的は未だに不明だ。

 理由も無く脱獄を手伝う筈もないが、考えたところで正解には辿り着けない。


(まぁいいや。ジャックへ復讐する機会チャンスを逃さなければ、後はどうでもいい)


 それが全て、それだけが全て。

 他のことなど今はどうでもいい。


「……ねぇ、ドラノア君」


「あれ、起きてたの?」


「本当に、今日は助けてくれてありがとね。もしもキミが居なかったら、私……」


 ギュッと、リュックを強く抱きしめる彼女の身体は小刻みに震えている。

 ボクに助けられることなくオークションで売られていたら――それを想像して震えたのかと思ったけれど、どうやらそういう感じでもなさそうだ。


「もしかして寒いの?」


「汗が冷えてきちゃって……。着替えは街で買おうと思ってたんだけど、結局買えないままだったから」


「あらら、参ったね」


 風邪でも引かれたら面倒が増える。

 移動の制限が強まるし、急ぎたいボク的には是が非でも回避したい。


(しょうがない、また地獄の熱を使うか)



 ――“熱達磨ねつだるま



 静かに自分の身体を温めると、ボクが「暖房器具」に早変わり。

 火傷しない程度に抑えて彼女の手に触れると、わかり易く瞳が見開かれる。


「わわっ、ドラノア君がポカポカになったよ? 何でも出来るんだね」


「何でも出来るは言い過ぎだけど、汗が引くまではこの状態を保っておくから……どうしたの?」


 ピタリと、窓際に寄せていた彼女の体重がボクの左肩にかかる。


「この方が温かいから」


「そんなくっ付かなくても……」


「それじゃあお休み」


 問答を拒否した彼女がすぐに瞼を閉じる。

 左肩がちょっと重いけど、だからと言って文句を言う程でもなく、ボクは「ふぅ~」と息を吐く。


(ボクも眠れる内に寝ておくか。流石に今日は疲れた)


 体力的にも精神的もまだまだ限界ではないけれど、間違いなく消耗はしている。

 “熱達磨ねつだるま”で体温を上げた為か、多少は眠気も襲ってきたし、ここで休憩を取っても罰は当たらないだろう。


 左肩に、人の温もりを感じつつ――。


 こんな温もりを感じたのはいつ以来だろうと、おぼろげに過去をさかのぼりながら、ボクはうつらうつらと瞼を重くしていった。



 ■



 “夢を見た”。

 恐らくは眠りに着く前、パルフェの温もりで過去を遡った影響か。

 地獄の4000年をすっ飛ばし、生前の「幼少期」まで遡った頃の夢だった。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 ~ ボクが死ぬ12年前 ~


 その日、ボクの故郷は「壊滅」した。

 悪魔の如き化け物に襲われ、見るも無残な廃墟と化したのだ


 死者・行方不明者は96名。

 身寄りもないまま唯一の生き残りとなったボクは、その後「メリーフィールド孤児院」に引き取られる。


 そして行われた歓迎会。

 新しい“兄弟”を見ようとわらわらと集まって来た子供達の中に、一際身体の大きな子供がいた。


「お前、チビだなー。いくつだ?」


「え、6才だけど……」


「マジか、オレと同い年かよ。じゃあイジメられないようにオレが守ってやるぜッ」


 最初に話しかけて来た大きな子供の名は「ジャック・A・メリーフィールド」。

 のちに「ジャック・A・バルバドス」と名前が変わる男だ。


 幼少期のジャックは、子供なのに大人と大差ない身体のガキ大将で、何かとボクのことを気に掛けてくれる「口が悪いけど根は良い奴」だった。

 彼が居るなら孤児院での生活も不安は無いと、そう思っていたのは最初だけ。

 同じ孤児院にいた“とある少女”に気に入られたことで、ボクに対するジャックの態度は一変する。


「……おいドラノア、この前マリーと一緒にいただろ?」


「え? あ、うん。一緒に本を読もうってマリーに誘われたから……それが何?」


 突き飛ばしドンッ!!

 片手でボクを押し倒し、ジャックが凍てつく視線を向ける。


「いいか、二度とマリーに関わるなよ?」


 ――今になって思えば、何と単純で幼稚な理由。

 その日を境に、ジャックはボクを無視する様になった。



 ~ 2ヶ月後 ~


 メリーフィールド孤児院に訃報ふほうが届く。


「マリーが、死んだ……?」


「うん。マリーちゃん、院長と街に出かけてたでしょ? そしたら帰り道で急に倒れたって。元々身体弱かったもんね……可哀想」


 彼女の葬式は孤児院で行われた。

 病院から帰ってきたマリーの身体は氷の様に冷たく、子供が「死」を感じ取るには十分な体温だった。


 その日の夜。

 ボクは老年の女性――孤児院の院長に呼び出され、小さな紙袋を手渡される。

 中には包装紙に包まれた「可愛らしいペンダント」が入っていた。


「これは……?」


「本来なら、マリーから渡す筈だったお前へのプレゼントだ。どうしても自分の目で見て決めたいと、そう言って聞かなくてね」


「まさか、それで街まで外出を……?」


「自分を責めるんじゃないよ。これはお前のせいじゃないし、誰のせいでもない。天が与えたあの子の運命がこれだった……それだけの話さ。――ほら、もう部屋に帰りな。この件は誰にも言うんじゃないよ」


 そんなやり取りのあった院長の部屋は、子供達の部屋がある宿舎と渡り廊下で繫がっている。

 呆然としたまま部屋に帰る途中で、ボクはその渡り廊下に人影を見つけた。


「……ジャック?」


「お前のせいだ。お前が来たからマリーは死んだ。そんなくだらない物を買いに行ったばっかりにッ」


 彼の視線はボクの手に、手の中に握られたペンダントに向けられていた。


「まさか……聞いてたの?」


「お前のせいだぞ!! お前が来てからッ、アイツは外に出るようになった!! 身体が弱くてッ、前までほとんど部屋から出なかったのに!! ――全部お前のせいだ!!」


「うッ!?」


 ジャックに殴られ、軽々と吹き飛ぶボクの身体。

 その衝撃で落としたペンダントを、奴はグシャリと踏み潰す。


「覚えてろチビ。オレは一生、お前を許さない……ッ!!」


 まるで悪魔。

 到底子供とは思えぬ、この世の物とは思えぬ形相でボクを睨むジャック。

 そんな彼の胸に、この時初めて“轟々と燃ゆる炎”が灯った――。


 ――――――――――――――――

*あとがき

 過去回は次話で終わります。

【1章】完結まで残り4話です。

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