16話:ドラノアとジャック
一定のリズムでガタゴト揺れる、四角く切り取られた列車の窓。
暗闇の景色が亡霊の様に通り過ぎてゆく中、隣の窓側に座る家出少女:パルフェが、リュックを抱き絞めつつウトウトと舟を漕ぎ出した。
寝れる内に寝るのは正しい選択だが、ボクはもうしばらく寝れそうにもない。
(『
ボクを脱獄させた白髭の老人:グラハム、彼の目的は未だに不明だ。
理由も無く脱獄を手伝う筈もないが、考えたところで正解には辿り着けない。
(まぁいいや。ジャックへ復讐する
それが全て、それだけが全て。
他のことなど今はどうでもいい。
「……ねぇ、ドラノア君」
「あれ、起きてたの?」
「本当に、今日は助けてくれてありがとね。もしもキミが居なかったら、私……」
ギュッと、リュックを強く抱きしめる彼女の身体は小刻みに震えている。
ボクに助けられることなくオークションで売られていたら――それを想像して震えたのかと思ったけれど、どうやらそういう感じでもなさそうだ。
「もしかして寒いの?」
「汗が冷えてきちゃって……。着替えは街で買おうと思ってたんだけど、結局買えないままだったから」
「あらら、参ったね」
風邪でも引かれたら面倒が増える。
移動の制限が強まるし、急ぎたいボク的には是が非でも回避したい。
(しょうがない、また地獄の熱を使うか)
――“
静かに自分の身体を温めると、ボクが「暖房器具」に早変わり。
火傷しない程度に抑えて彼女の手に触れると、わかり易く瞳が見開かれる。
「わわっ、ドラノア君がポカポカになったよ? 何でも出来るんだね」
「何でも出来るは言い過ぎだけど、汗が引くまではこの状態を保っておくから……どうしたの?」
ピタリと、窓際に寄せていた彼女の体重がボクの左肩にかかる。
「この方が温かいから」
「そんなくっ付かなくても……」
「それじゃあお休み」
問答を拒否した彼女がすぐに瞼を閉じる。
左肩がちょっと重いけど、だからと言って文句を言う程でもなく、ボクは「ふぅ~」と息を吐く。
(ボクも眠れる内に寝ておくか。流石に今日は疲れた)
体力的にも精神的もまだまだ限界ではないけれど、間違いなく消耗はしている。
“
左肩に、人の温もりを感じつつ――。
こんな温もりを感じたのはいつ以来だろうと、
■
“夢を見た”。
恐らくは眠りに着く前、パルフェの温もりで過去を遡った影響か。
地獄の4000年をすっ飛ばし、生前の「幼少期」まで遡った頃の夢だった。
――――――――
――――
――
―
~ ボクが死ぬ12年前 ~
その日、ボクの故郷は「壊滅」した。
悪魔の如き化け物に襲われ、見るも無残な廃墟と化したのだ
死者・行方不明者は96名。
身寄りもないまま唯一の生き残りとなったボクは、その後「メリーフィールド孤児院」に引き取られる。
そして行われた歓迎会。
新しい“兄弟”を見ようとわらわらと集まって来た子供達の中に、一際身体の大きな子供がいた。
「お前、チビだなー。いくつだ?」
「え、6才だけど……」
「マジか、オレと同い年かよ。じゃあイジメられないようにオレが守ってやるぜッ」
最初に話しかけて来た大きな子供の名は「ジャック・A・メリーフィールド」。
幼少期のジャックは、子供なのに大人と大差ない身体のガキ大将で、何かとボクのことを気に掛けてくれる「口が悪いけど根は良い奴」だった。
彼が居るなら孤児院での生活も不安は無いと、そう思っていたのは最初だけ。
同じ孤児院にいた“とある少女”に気に入られたことで、ボクに対するジャックの態度は一変する。
「……おいドラノア、この前マリーと一緒にいただろ?」
「え? あ、うん。一緒に本を読もうってマリーに誘われたから……それが何?」
片手でボクを押し倒し、ジャックが凍てつく視線を向ける。
「いいか、二度とマリーに関わるなよ?」
――今になって思えば、何と単純で幼稚な理由。
その日を境に、ジャックはボクを無視する様になった。
~ 2ヶ月後 ~
メリーフィールド孤児院に
「マリーが、死んだ……?」
「うん。マリーちゃん、院長と街に出かけてたでしょ? そしたら帰り道で急に倒れたって。元々身体弱かったもんね……可哀想」
彼女の葬式は孤児院で行われた。
病院から帰ってきたマリーの身体は氷の様に冷たく、子供が「死」を感じ取るには十分な体温だった。
その日の夜。
ボクは老年の女性――孤児院の院長に呼び出され、小さな紙袋を手渡される。
中には包装紙に包まれた「可愛らしいペンダント」が入っていた。
「これは……?」
「本来なら、マリーから渡す筈だったお前へのプレゼントだ。どうしても自分の目で見て決めたいと、そう言って聞かなくてね」
「まさか、それで街まで外出を……?」
「自分を責めるんじゃないよ。これはお前のせいじゃないし、誰のせいでもない。天が与えたあの子の運命がこれだった……それだけの話さ。――ほら、もう部屋に帰りな。この件は誰にも言うんじゃないよ」
そんなやり取りのあった院長の部屋は、子供達の部屋がある宿舎と渡り廊下で繫がっている。
呆然としたまま部屋に帰る途中で、ボクはその渡り廊下に人影を見つけた。
「……ジャック?」
「お前のせいだ。お前が来たからマリーは死んだ。そんなくだらない物を買いに行ったばっかりにッ」
彼の視線はボクの手に、手の中に握られたペンダントに向けられていた。
「まさか……聞いてたの?」
「お前のせいだぞ!! お前が来てからッ、アイツは外に出るようになった!! 身体が弱くてッ、前までほとんど部屋から出なかったのに!! ――全部お前のせいだ!!」
「うッ!?」
ジャックに殴られ、軽々と吹き飛ぶボクの身体。
その衝撃で落としたペンダントを、奴はグシャリと踏み潰す。
「覚えてろチビ。オレは一生、お前を許さない……ッ!!」
まるで悪魔。
到底子供とは思えぬ、この世の物とは思えぬ形相でボクを睨むジャック。
そんな彼の胸に、この時初めて“轟々と燃ゆる炎”が灯った――。
――――――――――――――――
*あとがき
過去回は次話で終わります。
【1章】完結まで残り4話です。
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