15話:さよなら『暗黒街:ナイカポネ』

 『パルフェ』――人攫いから助けた少女は自分でそう名乗った。

 街中で話題になっていた“天国で行方不明になったお偉いさんの娘”らしく、「駅」へ向かいつつも彼女の話に耳を傾けると……。


「……家出?」


「うん。無理やり結婚させられそうになって、それが嫌で家を出たの」


「ふ~ん。いわゆる政略結婚ってやつか」


 気の毒な話ではあるが、彼女の“家柄”を踏まえれば致し方ない。

 流出した管理者の資料によれば、彼女の父親は「覇者:南方大天使」――天国を統治する4人の最上位管理者の1人であり、ざっくり言えば「物凄いお偉いさん」だ。


「立場的に仕方ないんじゃないの?」と他人事の言葉を返すと、彼女は初めて不機嫌を隠さない表情を見せた。


「仕方なくないもん。会ったことも無い人と結婚するっておかしくない? それに全然私のタイプじゃないし」


「会ったことも無いのに何でわかるの?」


「写真は見せられたし、そもそも良い噂を聞かない相手なの。火のない所に煙は立たないって言うしさ、わざわざそんな奴と結婚したくないでしょ?」


「確かに、それもそうだね」


 大した興味も無い話なので、適当に言葉を返しつつ。

 それでも少しばかり気になるのは、彼女が“この世界を選んだ理由”か。


「結婚が嫌で家出したのはわかったけど、何で逃げ先が『Darkness World (暗黒世界)』なの? 危険過ぎるでしょ」


「だって、管理者の目が一番届かないのがこの世界なんだもん。もし見つかって連れ戻されたら、また“軟禁生活”に逆戻りだし」


「軟禁生活? 実家で?」


「あ~……まぁ幼い頃にちょっとね。それでパパから外出禁止にされちゃって、ずっと王宮の中で暮らしてたの」


「ふ~ん?」


 何やら訳アリらしい。

 が、そもそも訳アリじゃない人間がこの世にどれだけいるのかという話。

 正真正銘の箱入り娘、その家出がどういった結末を迎えるのは興味あるけど、それは明日の天気に向ける程度の興味でしかない。


「それで、いつまでボクについて来るつもり? キミのことを誰かに喋るつもりはないから、安心してどっかに行っていいよ」


「あっ、それに関してなんだけど……私ね、森から街に戻るまでずっと考えてたの」

 ここで彼女は口をつぐみ、一度唾を飲み込んでから再び開く。

「キミ、私の用心棒にならない?」


「断るよ。じゃあボクはこれで」


「いやいやいや、ちょっと待ってよッ」


 せっかくきびすを返したのに、両手で腰を引っ張られてボクの離脱は夢と散る。

 一瞬、問答無用で逃げようかと思ったけれど、次に放った「彼女の一言」がボクをこの場に引き留めた。


「お金ならあるよ」


 ――ピタリ。

 ボクの足が前進を止めた。

 それを好機と捉えたか、矢継ぎ早に彼女は口を開く。


「私、家出する時に沢山持って来たの。お金が必要な時は全部私が出すよ。食事代も、宿代も、新しい服だって必要でしょ? それに列車に乗るならそのお金も、他にも必要なら全部出すし」


「ん~、確かにお金は必要だけど、ボクはボクの行きたい場所があるから」


「じゃあ私もそこに行く。家に帰らないことが目的だから、キミが行きたい場所があるなら私もそこに付いて行くよ。それなら悪い話じゃないでしょ?」


「………………」


 確かに悪い話ではないが、だからと言って良い話だとも思えない。

 用心棒として彼女と契約することは、見方を変えればお金の為に“足手纏いを許容しろ”と言っているも同義。

 喜んで足手纏いを受け入れる人間などいないだろう。


(でも、お金さえ確保出来ていれば、今後の移動とか宿の心配は知らなくなるんだよね。足手纏いは嫌だけど、それを補うだけのメリットになれば、あるいは――)


 ここが決断の分かれ目。

 ジロリと、ボクは目の前の少女を見据える。


「お金、本当に持ってるの?」


「うん。このリュックの中に……ほら」


「ッ!?」


 彼女が見せてくれた背中の小さなリュック。

 大して容量があるようには見えないそのリュックの中一杯に、これでもかと札束が詰まっていた。


 ボクは慌ててそのリュックを閉じ、周囲から注目されていなかったことに安堵。

 少々どころではない不用心な彼女の行動に不安を覚えつつも、最終的には左手を差し出す。


「――わかったよ、そのお金でキミに雇われてあげる。けど、行き先は全部ボクが決めるからね」



 ■



 ~ 暗黒街:ナイカポネ駅 ~


 これまで街中で見た建物の中で一番天井の高い建造物。

 その中央には、行き止まりとなった単線レールの上に、既に到着している列車も確認出来た。

 どうやらここは始発駅らしく、狭いホームの上には列車へ乗り込もうとする人影がチラホラと見える。


「おじさん、切符を二人分。『闇の遊園地ベックスハイランド』まで」


「それなら5万Gだ」


「じゃあコレで」


 改札近くの窓口にて。

 事前にリュックから出していた5枚のお札を渡し、係員が軽く調べてから後ろの機械に投入。

 ガタガタと音を鳴らして出て来た2枚の切符に係員が穴を開け、それを受け取ってから改札を通る。


「私達の車両は?」


「5号車、一番後ろだね」


 今回ボク等が乗るのは、先頭:機関車を除いて5両編成の列車。

 1両50席の車内は半分ほどの座席が埋まっている状態で、ボク等は最後尾の座席に並んで座った――そのタイミングで。


 腹の虫ぐぅ~


 列車に乗って安堵した為か、一度は我慢していた空腹が改めて襲って来た。

 すかさずパルフェが手に持っていた紙袋をゴソゴソと開ける。


「ドラノア君、さっき買ったの何か食べる?」


「うん。甘いやつある?」


「じゃあ……このパンかな。飲み物は?」


「甘いやつがあれば」


「それなら……このドリンクかな。あっ、流石にそれだけ甘いの食べたらデザートは要らないか」


「いや、食べるよ」


「あらま、筋金入りの甘党なんだね」


「え? う~ん、どうだろ」


 言われて気付いた。

 生前はそれ程でもなかったけれど、今はなるべく甘いモノが食べたい気分だ。 

 長らく牢屋に居た人は甘いモノの摂取機会が少ないから甘党になる、みたいな話は聞いたことがあるけれど、ボクが居た八大地獄ではそもそも食事の機会が無い。

 その意味では、甘味だけではなく他の味も欲するのが普通な気もするが……。


(食事をしなさ過ぎて、舌が馬鹿になったのか?)


 考えたところでわからない案件だが、まぁ腹が膨れればとりあえずは問題無い。


 それからしばらく――。


 4000年振りの食事を堪能していると、予定通りの時間になって発車のベルが響いた。

 細かな振動が続いた後、ゆっくりと動き出した列車に「ホッ」と一息。

 何かと忙しかった『暗黒街:ナイカポネ』ともお別れ。


(色々あったけど、これでようやく目的地に行ける。……管理者が追って来る気配も無いし、上手くけたみたいだね)


 脱獄後の動きとして、ここまでは及第点だろう。

 後は黙って座っているだけで『闇の遊園地ベックスハイランド』に到着すると、この時まではそう思っていた。


 これから2時間後に、“あんな事件”が起こるなんて想像もしないまま。

 まさか同じ列車に、ボクの復讐相手『ジャック・A・バルバドス』が乗車していることも知らずに――。


 ――――――――――――――――

*あとがき

【1章】の完結まで残り5話です。

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