14話:もしボクを殺したくなったら

 太腿ふとももを斬られて倒れ込む、攫い屋:バッチャー三兄弟の次男。

 そんな彼を庇う様に女の子が茂みから飛び出し、ギュッと彼に抱き着いた。

 途端、ハッと我に返った表情で男が叫ぶ。


「エリッ、お前には関係ない!! あっちに行ってろ!!」


「やだ!! そしたらパパがころされちゃう!! おねがいッ、パパにひどいことしないで!!」


 小さな身体で大粒の涙を流し、こちらを見上げて必死に懇願する少女。

 ボクが振り上げた左手のナイフは、完全に行き場を失っていた。


(こいつ、子供がいたのか……)


 子供の為にも。

 ここは殺さずに大人しく引き下がる――それは何だか違う気がする。


 非道な「悪行」を繰り返していた連中は、然るべき対処をしなければ駄目だ。

 悪を見逃すということは、ジャックが行った数々の非道を、ボクに対する数々の悪行を肯定するも同義。

 そんなことは絶対に許容出来ない。


 だけど、ここで父親を殺すことは「正しいゴミ掃除」なのか?


「……ねぇ、まさか本当に殺したりしないよね? 子供の前だよ?」


 後ろから、名も知らぬ少女が恐る恐ると声を掛けてくる。

 先ほどボクが助けたというのに、まるで恐ろしいモノでも見るかの様な瞳をこちらに向けている。


 ――何だこれは?

 まるでボクが悪役じゃないか。


(殺すべき……なのか?)


 悪を許す道理は無い、その筈だったのに。

 子供が一人出て来ただけで全てがひっくり返った。


 本当に、どうすればいいのか全くわからず、ボクは苦し紛れに質問を繰り出す。


「この子は、本当にアンタの子供か? 母親は?」


「………………」


「答えて。ボクのナイフが、その子に向かない内に」


「ッ――」


 歯を食いしばりギリリ

 “最悪の事態”を想定したか、閉じていた男の口が観念したようにゆっくり開く。


「……エリの母親は、攫った女だ。俺が惚れて、売らずに子供を作ったが……この子を産んですぐに死んだ。言っても信じないだろうが、俺はアイツを愛して――」

「もういい、わかった」


 この父親の気持ちなどどうでもいい。

 既に母親が他界しているとわかり、ボクはゆっくりと幼い少女に近づく。


「おいッ、エリに手を出すな!!」


「安心して、ボクは何もしない。それは“この子”が決めることだ」


「エリが、決める? 何を言っている……?」


 男の疑問に返答はせず、ボクは2人の近くでしゃがむ。

 そして、子供に目線を合わせる。


「キミのお父さんはね、沢山の人を不幸にした悪い人だったんだよ」


「「ッ!?」」


 男が目を見開き、子供はキッとボクを睨む。


「うそだ!! わるいのはおまえだ!! パパのきょうだいも、おともだちもみんなころした!!」


「うん、そうだね。否定はしないよ。でも、それはその人達が悪い人だったからだよ。ボクはね、悪い人が大嫌いなんだ」


「ひ、ひとごろし!! もしパパをころしたら、アタシがおまえをころしてやる!!」


「頼もしい台詞だね。だったら、パパが殺される前にボクを殺してみる?」


 ナイフの刃を持ち、柄を向けて彼女に差し出す。

 すると彼女はブルブルと顔を横に振り、涙目の視線を外して父親にギュッとしがみ付いた。

 わかり易く「逃げた」その小さな背中に、ボクはかつての自分を静かに重ねる。


「そんなこと出来るわけない、って思ったでしょ? ボクもね、昔はそうだったよ。――でもさ、そのままじゃ何も変わらないから、変えられないから、死ぬ気で変えようと頑張った。もしかしたら、キミも死ぬ気で頑張れば、あるいは何年か後にボクを殺せるかもね」


 そしてボクはナイフを持ち直し、斬る。

 自分の髪の毛を数本だけ。


「もしボクを殺したくなったら、鴉手紙カラスレターを飛ばして後を追うといい。その髪の毛を持たせれば、ボクのところに辿り着けるかもしれないから」


 女の子の小さな手を掴み、その掌にボクの髪の毛を握らせ。

 それから驚かせないようにゆっくりと立ち上がり、静かに背を向け、歩きながら口を開く。


「子供の前では流石に気が引ける。悪運が強くて良かったね」


「……クソッたれが」


「それはお互い様でしょ?」


 この言葉を最後に、ボクは彼等二人の元を去った。

 苦し紛れの嫌がらせで、無理やり自分を納得させて――。



 ■



「おっ、ようやく『暗黒街』が見えて来た。意外と森の奥まで行ってんだな」


 15分ほど歩き、『暗黒街:ナイカポネ』の入口まで戻って来た。

 少し離れた後ろには、フードを被ってもビクビクしているのがわかる、ボクが人攫いから助けた少女の姿もある。

 まぁ彼女とはここでお別れなので最早気にする必要も無いけど、“こちら”は無視する訳にもいかない。


(何だか街中がざわついているな……)


 何が事件でもあったのだろうか?

 近くの会話に耳を傾けてみると「こんな内容」が入って来た。


「おい見たか“あの資料”。天国でお偉いさんの娘が行方不明なんだとよ」

「勿論知ってるよ。管理者向けの極秘資料が流通したらしいじゃねーか。なんでも『覇者:南方大天使』の次女が居なくなったんだろ?」

「あぁ、無事連れ戻した奴には億単位の報酬が出るって話だぜ。しかも、その娘は『Darkness World (暗黒世界)』にいるって噂だ」

「マジかよ。何で天国の天使族が『Darkness World (暗黒世界)』に来るんだ?」

「そんなの俺が知るかよ。けど、それだけ身分が高い娘ならどの闇組織も欲しがるに決まってる。管理局には渡さず、こっそり捕まえてデカい闇組織に売ったら……」


 ゴクリと、ここで二人は仲良く唾を飲み込む。


「そしたら、俺達は大金持ちだな!」

「あぁ、しばらくは遊んで暮らせる。他の連中もその話題で持ちきりだ」


(――なるほどね)


 街がざわついている理由は判明したものの、「ボクには関係ない」というのが正直な印象。

 例えその娘を保護したところで、脱獄者が管理局へ引き渡しに行く訳にもいかないし、闇組織へ売ろうにも今更『闇砂漠商会やみさばくしょうかい』と関わる訳もいかない。


 無論、『闇砂漠商会やみさばくしょうかい』以外にも大きな闇組織はあるけれど、わざわざそこに労力を掛けるのは馬鹿げているという話だ。

 白髭の老人に指示された『闇の遊園地ベックスハイランド』へ向かわなきゃならないし、ジャックへの復讐を後回しにしてまでやることでもない。


「それじゃあ、ボクはもう行くから」


「あっ」


 背後で何か言いかけた少女だけど、これ以上関わる理由も無い。

 問答無用で「お別れ」しようと歩き出した――そんなボクの足元に、先ほど会話をしていた男性が「紙」を落としたのが運の尽き。


「おっと、大事な資料を落しちまった」

「おいおい、気を付けろよ。その一枚しか持ってないんだろ?」

「わかってるよ。これが無いと娘の顔もわからねーからな」


 紙を拾い直し、歩き去ってゆく名も知らぬ二人。

 闇に紛れ行く彼等の後姿を見ながら、ボクは思う。


(今の顔……もしかして、行方不明者の娘って……)


 クルリと振り返った先。

 薄暗がりの中でフードに顔を隠した少女が、ボクの左手を取り、ギュッと力強く握り締める。


「お願い、私のことは誰にも言わないで……ッ!!」

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