13話:おねがいッ、パパにひどいことしないで!!

「あ、ありがと。助けてくれた……ってことでいいの?」


 さらい屋の大男:バッチャーが「灯り」から「黒炭」に変わった後。

 頭陀袋ずだぶくろから攫われた女性を出すと「お礼の言葉」を述べてくれたが、そこには隠しようもない警戒の色が見て取れる。


 まぁこればっかりは致し方ない。

 今、彼女の前に居るのは、自分を攫った集団の親玉を“殺した”人物なのだから。


「一応聞くけど、さっきのボクの戦いは見てた?」


「み、見てないよ!! ナイフとか黒いヘビさんとか見てないからッ、だから燃やして殺さないで!!」


「………………」


 嘘吐くのは死ぬ程下手らしい。

 ナイフ/黒ヘビ/地獄の熱、この3つがボクの武器だけど、その全てを彼女は見ていたようだ。

 まぁ見られたからといって、それでどうこうするつもりも無い。


「別に何もしないから安心していいよ。ただ、ボクがここに居たことは誰にも喋らないでね。あんまり人に知られたくないから」


「わ、わかった。誰にも言わない」


 コクコクと、首振り人形の様に何度も首を縦に振る女性。

 年齢的にはボクより年下で、恐らく『闇砂漠商会やみさばくしょうかい』の鬼姫と同じくらいだろう(鬼姫が何歳かも知らないけど)。


 ただ、何処か達観していた鬼姫と違って、こちらの少女は暗黒街に似つかわしくない「優しい」雰囲気を纏っている。

 どういった事情で『Darkness World (暗黒世界)』に来たのかは知らないけれど、少なくとも彼女の様な人間が居ていい世界ではない。


「大きなお世話かもだけど、また攫われない内にさっさと家に帰った方がいいよ。それじゃあボクはこれで」


 あまりのんびりしていられる時間はない。

 まずは駅に向かいつつ、肝心の乗車賃を持っていない為、列車に忍び込む方法を考える必要がある。

 客車は人の目が多そうだし、もし貨物車とかがあれば――と思ったところで、後ろから「グイッ」とボロ布を引っ張られた。


「あの……」


「何? まだ何か?」


「ま、街に戻るんでしょ? 付いて行っていい?」



 ■



 面倒ではあったものの、特段強く断る程の理由もない。

 「一緒に行くのは街まで」という条件の元に、少しの間だけ彼女と行動を共にすることにした。

 先程と比べて徐々に霧も出始めた森の中でを歩きつつ、彼女は居心地悪そうにモジモジと指先で遊ぶ。


「あの、改めてありがとね。助けてくれて」


「それは別にいいけど、何でキミみたいな子が『Darkness World (暗黒世界)』にいるの?」


「それは……うーんと、その……色々あって」


「ふ~ん? (出来るなら言いたくない、と)」


 地獄から逃げて来たボクもそうだし、彼女にも彼女なりの理由があって当然。

 どうせ街に着いたら別れる相手だし、無理矢理聞き出す必要も無い。

 名前だって知らないし、知りたいとも思わないから教えてくれなくても別にいい。


 ただし。

 今すぐ、無理やりにでも、彼女を“押し倒す”必要はある!!


「ちょッ、何するの!?」


 突然押し倒され、恐怖の悲鳴を上げる少女。

 そんな彼女に覆い被さるボクの、更にその頭の上。

 音も無く「何か」が通り過ぎ、苔むした地面に「スッ」と突き刺さる。


(針……まさか毒針か?)


 一瞬感じた殺気の正体はコレ。

 気付くのか遅れたが、どうやら狙われていたらしい。


「キミはそのまま伏せてて」


「え、何!? 何なの!?」


 押し倒されてパニック状態の少女を無視して立ち上がり、直後に斜め上空からの「殺気」。

 ボクが引いたら彼女に当たるので、ここはナイフで「針」を弾く!!


 糸の様に細い音。

 耳を澄ましていなければ聞き逃してもおかしくない微かな音を経て。


 上空の枝葉から「チッ」と舌打ちが聞こえたかと思えば、ボクの前に「吹き矢」を手にした一人の男性がスタンッと着地。

 遅れて、巨木の陰からは10人の男達が姿を現した。

 しかもその中には「最近見覚えのある顔」とチラホラといる訳で……。


(こいつ等……確か最初にボクが見逃した連中か。わざわざ仲間を引き連れて戻って来るとは)


 情けは人の為ならずって言うけど、どうやら自分の為にもならないらしい。

 後ろから「あわわわ……ッ」と慌てている少女の声が聞こえるも、今はそれに構っている暇が無い。


「しつこいね、まだボクを狙うつもり? アンタ達の親分なら既に死んだよ」


「……んじゃねぇ」


「え、何?」


「親分じゃねぇッ、“俺の兄貴”だ!!」


「ッ!?」


「そして生首は“俺の弟”だよ!!」


(まさか、攫い屋:バッチャー兄弟って……)


「俺達“三兄弟”の恨み、思い知りやがれッ!!!!」


 コレは完全に誤算。

 大男に「バッチャー兄弟」と名乗られ、勝手に二人兄弟だと思い込んでいた。

 そして「もう安全」だと思っていた矢先に、仲間を引き連れた3人目(次男)が現れた訳だが――。


「死ねぇ!!」


 吹き矢は無理だと諦めたのか、いきなり殴り掛かって来たバッチャー兄弟の「次男」。

 彼にとっては全力の「殴り」なのだろうが、先に大男だった長男の攻撃を受けているボクとしては、正直ハエが止まって見える。 


 ヒョイと避けて、一太刀。

 太腿を斬りつけると、「ぎゃぁぁああああ!!」と悲鳴を上げて地面を転がった。


「クソがッ、テメェだけは絶対殺す!! お前等ッ、遠慮は要らねぇぞ!! やっちまえ!!」


 ――正直言おう、弱い。

 今ので吹き矢も手放す程、戦いに慣れていないのがわかる。

 実力は「長男」の足元にも及ばないが、それでも少なからず人望はあるのだろう。


 次男の指示を受け、10人の男達がグルリとボク等を取り囲む――その前に。



「“鎌鼬かまいたち群衆ぐんしゅう”」



 連続でナイフを振るい、その軌道で生まれた斬撃の「十連撃」!!


「「「ぐぁぁぁぁああああああああッ!?」」」


 男達が風の刃に踊り、薄暗い世界にドス黒い赤のいろどりを添える。


(全く、無駄に手間取らせてくれるね。一回は見逃してあげたのに……)


 残念だ、非常に残念でならない。

 ここで手を抜いたら、コイツ等はまた何処かでボクの邪魔をする。


 だから10人の内4人は――せっかく見逃したのに戻って来た4人は、残念だけど息の根を止めることは確定していた。

 その上で、残り6人を相手に手を抜くのも面倒なので、一緒に殺してあげたのだ。


(所詮は人攫い。元々ゴミみたいな連中だし、ゴミがが消えるなら世界にとっても悪い話じゃないよね?)


 そんな何様なのかわからない思考を経て。

 ボクは静かに、ナイフの切っ先をバッチャー兄弟の次男に向ける。

 先ほどボクに太腿を斬られ、立ち上がることの出来ない男に向けて。


「コレでもう、あとはアンタだけだよ。悪いけど、恨みを持たれたまま放置すると面倒だからね。何か言い残すことはある?」


「糞がッ、悪魔かテメェ!? 何人殺せば気が済むんだよ!?」


「さぁね」


 ――13人だ。

 考えたくも無いが、今日だけで既に13人の命を奪った。

 “最初の一線”を越えたら、後はもう坂を転がる雪玉の様に膨れ上がるだけなのかも知れない。

 自分でもとっくにわかっている。



 ボクはもう戻れない。

 だけど、戻りたいとも思わない。



 悪魔でも何でもいい。

 地獄で会得したこの力を使って、ボクはただ己の復讐を果たすのみ。

「ジャック・A・バルバドス」を地獄へ送る為、まずは目の前の男を殺すことから始めよう。


 このナイフを、一思いに振り下ろして――



「やめてッ!!」



 幼い声が響き、反射的に振り下ろす腕を止めた。

 明らかに背後にいた少女の声ではなく、正面にある茂みから飛び出してきた「幼女」の声だ。

 そしてその幼女が、大粒の涙を流しながら叫ぶ。


「おねがいッ、パパにひどいことしないで!!」



 ――――――――――――――――

*あとがき

 攫い屋:バッチャー三兄弟の話は次回で終わります。

 また、復讐相手である「ジャック・A・バルバドス」」と再会するのも、そんなに先の話ではないです。


 少しずつ終わりの見えて来た【1章:復讐編】。

「続きに期待」と思って頂けた方、作品をフォローして頂ければ幸いです。


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