12話:“火葬地獄《かそうじごく》”

『“バグ使い”に会うのは今日が初めてだ』


 ボクの右肩から出て来た「黒ヘビ」を見て、さらい屋:バッチャーが放ったその言葉を無視する訳にもいかない。


「今、何て? “バグ使い”……?」


「はぁ? おいおいおい、まさかテメェ自分の力を理解してねーのか?」


「………………」


 理解していたら、ここで黙らないという話。

 もし黒ヘビが“魂乃炎アトリビュート”だったら、使用時には「ボクの胸に炎が灯る」筈だ。

 “魂乃炎アトリビュート”の絶対条件であるその現象が起きないので、黒ヘビは「それ以外の何か」だろうとは思っていたけれど……。


「ハハッ、コイツぁ傑作だぜ!! 何も知らないチビガキが、よくもまぁバグを使いこなしてるもんだ!! 面白れぇなお前!!」


「いいから教えろ。バグって何なの?」


「おーおー、人を脅すならもっと怖い顔に整形してからやり直すこった」

 鼻で笑い、肩を竦めて。

「まぁしかし、テメェが理解してようがしてまいが正直そこはどうでもういい。生意気な糞チビは、なるべくむごい殺し方で死刑にしてやろうかと思ってたが……バグ使いとなれば話は別だ。――よし、弟の敵討ちは辞めて、テメェも奴隷オークションで売り飛ばしてやるよ。恐らく近年稀にみる高値が付くだろうぜ」


「弟よりボクを取るんだ?」


「当然だろ。死んだ弟は金にならねーが、テメェは金になる。迷うまでもねぇ」


「そう……随分と淡白な兄弟愛だね」

 合理的と言えば合理的だが、まぁ奴の考えはどうでもいい。

「それより、バグについて教えてくれる気は無い、ってことでいいの?」


「別に教えてやってもいいぜ? テメェが死ぬ程の高値で売れたら――いや、待てよ? テメェが高値で売れるんだったら、頭陀袋ずだぶくろの女は売らずに俺のモンにしてもいいな……よし、決まりだ」


「ちょっと、勝手に決めないでよ。ボクは売られるつもりないよ」


「いいや、決まりだ。何故なら、弱い奴に権利なんかねーからだよッ!!」


 野獣の如き叫び。

 続け様の大きな一歩で、一気に距離を詰めてくるバッチャー。

 その青銅ブロンズの身体にはナイフも黒ヘビも通用せず、うねる拳を回避するのが精一杯。


(参った、本当に参ったね……)


 バグの話を抜きにしても。

 まさかナイフだけでなく、黒ヘビも効かない相手が出てくるとは思わなかった。

 地獄の覇者である十王クラスならともかく、こんな一介の人攫いがここまで強いだなんて、というのが正直な感想。


「ホント、世界は広いね。ボクは井の中の蛙だったみたい」


「何を今更ッ、油断させて逃げようたってそうはいかねーぞ!!」


「別に逃げる気は無いよ。ただ、ちょっと勿体ないなーって思っただけ」


 連続で振るわれる拳を避け、一旦大きく距離を取り。

 それからボクはナイフを構える。


「出来れば、“コレ”はあんまり使いたくなかったんだ」


「はぁ? 一体何を言って……おい、おいおい、何する気だ?」


 ここに来て、攫い屋:バッチャーが激しく動揺。

 その理由は、彼が放つ「次の言葉」に集約されている。


「何故、テメェのナイフから“黒い煙”が出てる……ッ!?」



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 ~ 1500年ほど前(地獄時間) ~


 既に2500年以上が経過したボクの地獄生活は、八大地獄の六つ目『焦熱しょうねつ地獄』を迎えていた。

 ここまで来れば、最早地獄で知らないことなど何も無いと思っていたけれど、それでも地獄は驚きに溢れていた訳で……。


「ドラ、地獄の熱を身体に閉じ込めろ。それが出来れば、好きな時に炎を使えるようになる」


 自信満々でそう口にするのは、ボクが地獄で出逢った数少ない話せる相手。

 “地獄の師匠”とでもいうべきその人物が言うには、ボクの身体には「地獄の熱を閉じ込める」ことが出来るらしい。

 ただ、言われたからといって「はい、そうですか」と納得できる話でもない。


「あのさ師匠。先に言っとくけど、ボクはそんな“魂乃炎アトリビュート”持ってないよ? そもそも八大地獄の中じゃ“魂乃炎アトリビュート”は使えないし。まぁ熱に強い『地獄の鬼族』ならともかく――」


「あ~、ガタガタうるせぇな。俺が出来るつったら出来るんだよ。ほら、ちょうどあの亀裂から熱々の黒煙が昇ってるだろ? アレを“喰え”」


「……はい?」


 一応聞き返したけれど、あまり期待はしていない。

 この師匠を相手に、その程度の淡い期待は軽々と裏切られる。


「アレを喰えって言ってんだよ。あのアツアツの黒煙を」


「師匠、アタマ大丈夫? 煙は食べモノじゃないよ? 口に入れてもむせるだけだよ?」


「うるせぇ、黙ってやれ。出来るようになるまで、その日の終わりに俺がテメェを殺し続けてやるからな」


「えぇ……」



 ~ 数時間後(地獄時間) ~


 ――斬!!

 地獄の師匠は本当にボクの首をねた。


 その翌日も、翌々日も、十日後も、二十日後も、師匠はボクの首を刎ねた。

 刎ねて、刎ねて、刎ね続けて、一体どれだけ首を斬られたか。

 それを数える気も無くなって、しばらく。


 ゴクンッ。


(あれ? 煙を入れてもむせない……?)


 理由はわからない。

 尋ねたくても尋ねられない。


 この日を境に、師匠はボクの前から姿を消した。


 ただ一つ確かなのは。

 この日を境に、ボクは熱々の黒煙を、つまりは“地獄の熱”を身体に溜められるようになっていた。



 ―

 ――

 ――――

 ――――――――



 かくして、1500年後(地獄時間)の「今」に至る。


(もしかしたら、師匠は“バグ”について何か知っていたのかもしれないね……)


 既に地獄を出たボクに、今更それを知る術は無いけれど。

 もし何かの機会で師匠に逢うことがあれば、尋ねてみるのもいいだろう。


 ただし、それらは全て「今」を切り抜けたらの話。


「テメェ、その“黒い煙”はバグの仕業か?」


「かもね」


 ボクのナイフから立ち昇る黒い煙を前に、人攫いの親玉:バッチャーがたじろぐ。

 が、彼の判断は早かった。


「何する気か知らねぇが、させねぇ!! ぶん殴って気絶されば終わりだ!!」


 相手が何か“仕込んでいる”時間を、のんびり待つ必要は無い。

 嫌な男だけど、その判断は正しい。


 けど、もう遅い。

 黒煙が出た時点で準備は整っている。

 兄弟愛がどうとか無駄に会話を引き延ばしていた時点で、彼は気づかなければならなかったのだ。


「おら!!」


 身を屈め、勢い良く振るわれた大きな拳を避け。

 跳躍後、“限界まで熱したナイフ”を彼の胸に突き刺す!!



 突刺ブスリッ



「ッ!? 馬鹿な……何故ッ、俺にナイフが……?」


 立ち止まり、信じられないとばかりに目を見開くバッチャー。

 あまりに分厚い胸板を前に、心臓の深くまで刃が到達することはなかったけれど、突き刺さっただけで十分。


 これで下準備は終わり。

 あとはただ、気の済むままに燃やすのみ。



「“火葬地獄かそうじごく”」



 今一度、ボクはナイフに力を込める。

 直後、ナイフから「火の手」が上がり、一瞬にしてバッチャーの全身を炎が包む!!


「ぐあぁぁぁぁああああああああッ!!!!」


 堪らず悲鳴を上げるバッチャー。

 巨体を振り回して炎を振り払おうとするも、無意味どころか逆効果。

 益々勢いを上げて燃える炎に全身を焦がされた彼は、しばらくの間この薄暗い世界を照らす「灯り」を演じた後――――火達磨のままドサリッと地面に倒れ込んだ。

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