11話:ドラノア VS 『青銅身体《ブロンズボディ》』

 草むらから姿を現した3メートルの大男。

 片手に「弟の生首」を持っているが、問題はそこではなく、その胸に「轟々と燃ゆる炎を灯している」ことか。


(コイツ、“魂乃炎アトリビュート”所持者か……。面倒臭い相手が出て来たな)


 人知を超えた力:“魂乃炎アトリビュート”。

 新世界『AtoA』に生きる人間からまれに発現する、非常に稀有けうな能力の総称だ。


(この男の肌が「せた青緑」なのは“魂乃炎アトリビュート”による影響か? 能力は人によって千差万別だし……面倒なのと出くわしちゃったなぁ)


「おいチビガキ、聞いてんのか? 俺の可愛い弟を“こんな姿”にしたのは、テメェかって聞いてんだよ」


「あー、それは『ボクじゃない』って言ったら大人しく帰ってくれるの?」


「いいや、テメェも同じ目に遭わせる!!」



 ゴンッ!!



 唐突に殴りかかって来た大男。

 その拳をギリギリで避けると、背後にあった大木の幹に命中。

 地鳴りと共に頭上の葉っぱがガサガサと揺れて、ハラハラと幾枚もの葉っぱが舞い落ちた。


「チッ、逃げるんじゃねーよ」


「いや、逃げるでしょ普通。っていうかさ、一応確認しておくけど、アンタが『さらい屋集団の親玉』ってことでいいの?」


「だったらどうした」


「コレも一応確認だけど、人身売買は禁止されてるって知ってる? 人攫いとか良くないと思うんだよね」


「おいおい、ガキが大人に説教か? 笑わせてくれるぜ」


 弟の生首を軽く上に放り投げ、両手でガシッと鷲掴み。

 それから大男は胸に炎を灯したまま、生首に向かって口を開く。


「なぁ兄弟、この世は“人の不幸こそが金になる”、そうだろ? 人一人攫って売るだけで何百万、種族によっては何千万だぜ? こんなに楽な仕事を辞められるか? 無理だろ? 無理だよなぁ?」


(コイツ……狂ってるな。正気の沙汰じゃない)


 変なクスリでもやっているのか。

 唖然とするボクの視線もお構いなしに、大男はペチャクチャと一人勝手に喋る。


「特によぉ、今回の女は上玉だったぜぇ? 俺のもんにしてやりたかったが、大事な商品は大事に扱って売り飛ばさねーと駄目だ。そうだろう? そうだよなぁ? ――なぁ、何か言ってくれよォォォォオオオオ!!」


 物言わぬ生首に叫んだ大男だが、今更生き返る訳も無い。

 うんともすんとも言わない変わり果てた弟を手に、彼は「はぁ~~~~」と深く大きなため息を吐く。


「駄目だ、やっぱり喋らねぇ。弟は死んじまった……大事な家族だったのに……」


「その台詞、今までアンタ等が攫った人達の家族にも言えるの?」


「……この糞ガキ、度胸だけは一丁前だな。『攫い屋:バッチャー兄弟』と言えば、この辺じゃあ知らない奴はいねぇ筈だが?」


「何? 有名人気取りなら他でやってくれない?」


「ハッ、その強がりがいつまで持つか見物だな。これから苦しんで泣き叫ぶテメェの姿、せっかくなら弟に見せてやりたかったが――あぁ“良いこと”思いついた。可愛い弟のかたきは、弟自身に取らせよう」


(ん? 何言ってんだコイツ)


 バッチャーと名乗ったこの大男。

 やはり変なクスリでもやっているのか、意味不明な台詞を吐いた後。


 唐突に“大きく振りかぶる”。

 その手に生首を持ったまま、まるでボールの様に――投げた!!



「“可愛い弟生首砲おとうとなまくびほう”!!」



(ちょッ!?)


 技の名前に吃驚している場合ではない。

 剛速球で飛んで来た生首を横に跳んで避けるも、その奥から再び大男:バッチャーが迫り来る!!


「うおらッ!!」


 ブンッと振るわれた拳は、初撃以上のスピード。

 巨体の割にかなりの俊敏だが、こちらも伊達に地獄で4000年も鍛えていない。


「“鎌鼬かまいたち”」


 すれ違い様、ガラ空きのお腹目掛けナイフを振るう!!

 今までの経験上、コレで勝負あった筈だったが――



 ガキンッ!!



 ――金属音と共に、斬撃が“弾かれた”。


「ッ!?」


「何を驚いてる?」


 ボクの斬撃を弾き。

 すぐさま距離を詰めて来た大男:バッチャーの追撃!!


「ぐッ!?」


 完全に油断していたと言わざるを得ない。

 想定外の「二の矢」だった拳に殴り飛ばされ、ボクの身体が宙を舞う。


 殴られる際は咄嗟に受け身を取り、巨木の幹にぶつかる前に体制を整えはしたものの、その後に地面へ降り立ったボクは「ギュッ」と唇を歪める他ない。


(アイツ、皮膚が異様に硬い……ッ!! あのせた青緑色の肌、それにさっきの感触は……」


「俺の“魂乃炎アトリビュート”に困惑してるようだが、答えを教えてやるほど俺は甘くねぇぞ?」


「教えて貰わなくて結構だよ。もうわかった――『青銅ブロンズ』だ」


「お? 見た目ほど馬鹿じゃないらしいな」

 一旦足を止め、攫い屋:バッチャーが「ゴンッ」と両拳を叩きつける。

「そうさ、俺の“魂乃炎アトリビュート”は『青銅身体ブロンズボディ』。鉄でも斬れるナイフを持ってこなきゃ、俺を斬ることは不可能だ」


「………………(参ったねコレは)」


 生憎、ボクのナイフに金属を斬れる程の威力は無い。

 その領域に、今から一瞬で到達する可能性も皆無か。


「ハハッ、流石に絶望したか? チビが多少素早く動けたところで、圧倒的な実力差の前には成す術もねーんだよ。所詮、弱者は強者のオモチャ。俺に勝てないと理解出来たら、無能のゴミは死ぬまで大人しくボコられてろ!! 弟の何億倍も苦しめてやるよ!!」


 お喋りの時間が終わり、再び迫り来るバッチャー。

 動き出しはボクより遅いけど、その歩幅故に距離を詰めるのは一瞬。


「おらよッ!!」


 三度振るわれた大きな拳。

 その軌道を見ながら、ボクは思い出す。



『チビで無能なテメェは“負け犬”だ。殴られても当然の存在なんだよ』



 それが、ボクの復讐相手「ジャック・A・バルバドス」の考え方だった。

 体格に恵まれ、“魂乃炎アトリビュート”にも恵まれていたジャックを相手に、小柄で無能だったボクは抵抗すら出来ない。

 声を震わせても、身体を震わせても、魂を震わせても現実は何も変わらず、この小さな身体に青痣が増えるだけの日々。


 今思い出しても、いつ思い出しても腹が立つ。


(こいつはジャックと同じだ。同じ種類のゴミだ)


 ゴミはゴミらしく。

 然るべき対処をしなければならない。


 ナイフが効かないなら、右肩から黒ヘビを繰り出せばいい!!



「“黒蛇クロノアギト”」



「なッ!?」


 驚愕に目を見開く攫い屋:バッチャー。

 彼の大きな拳を、それ以上に大口を開けた黒ヘビが骨ごと噛み砕く――その筈が、黒ヘビの牙もガキンッと“弾かれる”!!


(くッ、コレも駄目か……ッ!!)


 奇襲は失敗。

 ボクとバッチャーが互いに距離を取り、「次の一手」を考えたところで、初めて彼が「笑っている」ことに気付いた。


「こいつは驚いたぜ。長らく人攫い稼業をやってるが、“バグ使い”に会うのは今日が初めてだ」


「は? バグ、使い……?」



 ――――――――

*あとがき

 次話、勝負の決着です。

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