10話:人攫いと“魂乃炎《アトリビュート》”

 ~ 『暗黒街:ナイカポネ』の路地裏にて ~


「はぁ~、参ったな。まさか振出しに戻るとは……」


 薄暗い路地の片隅。

 乱雑に積まれた木箱の上で、ボクは今後の身の振り方を考る。


鴉手紙カラスレターで釘を刺されたし、これ以上『闇砂漠商会やみさばくしょうかい』には関わらない方がいい)


 労働の対価として、喉から手が出る程にお金は欲しいけど、あの“白髭老人:グラハム”の指示を無視する訳にもいかない。

 別にお金を奪って逃げた訳でもないし、わざわざ鬼姫がボクを追いかけて来るとも思えないものの……面倒になる前に姿を隠した方が無難か。


(未だジャックに繋がる情報はゼロ。肝心のお金もゼロだけど……闇に紛れて列車に潜り込めば何とかなるか?)


 ここでの情報収集が難しくなった以上、何とか列車にタダ乗りして他の街まで移動する他ない。

 目的地である『闇の遊園地ベックスハイランド』ではお金を払わずに忍び込み、空腹を我慢出来なくなったら露店で盗みを働いて――


「ははっ、ボクも立派な悪党に成り下がったな……まぁ今更だ」


 自然と笑みもこぼれるが、嬉しさ故でないのは明白。


 既に、ボクは人の命を奪っている。

 明日になれば生き返る地獄ではなく、この現世で人を殺したのだ。

 彼等の人生は間違いなく終焉を迎え、死後は魂が擦り減って消えるまで、地獄の日々を繰り返すだけ。

 いくらゴミの様な悪党だとしても、その地獄へボクが送り込んだ事実は覆らない。


 無論、覆すつもりも無いけれど……それでも。

 ボクの中の善悪がグルグルと渦を巻き、徐々に線引きを難しくさせてゆく。


(駄目だ駄目だッ、考え込んでも始まらない。――よし、もう行こう。ジャックに復讐するまで、ボクは立ち止まる訳にはいかないんだ)


 復讐こそが生きる道。

 前途多難な船出だとしても、船を出せただけで御の字だろう。 

 ここに至る4000年の地獄を想えば、この程度の困難は数えるにも値しない。


 かくして、気持ちを新たに。

 ボクは人目に付かない細い路地を選びつつ、「駅」を目指して歩き始めたが、すぐにその足を止めることになる。



 ――――――――



(……いいなぁ、凄く美味しそう。久しく嗅いでいなかった“甘い匂い”だ)


 『暗黒街』という響きを聞くと。

 人によっては怪しい露天しかないと思うかも知れないが、人間が生きる以上は食べ物を扱う店も多い。

 駅を目指す最中、薄暗い街に似合わず「パフェ」を売っている露店を見つけて足を止めたが、それを買うお金を持っていないのは先の通り。


(どうしよう、物凄く食べたい。無性に甘いモノが食べたいけど……うん、やっぱり辞めておこう。まだ盗みに手を出すほど追い込まれてないし)


 善人ぶるつもりは無いけれど、それでもせっかく脱獄した――ある意味では“生き返った”のだ。

 死ぬ前とは何もかもが違うけれど、人として最低限の「正義」くらいは貫きたい。

 

 そうでなければ、他人に好き勝手迷惑をかける馬鹿共と同じになってしまうと、そう自分に言い聞かせて。

 後ろ髪を引かれる気持ちを無理やり断ち切り。


 そのまましばらく歩いて、まもなく駅に到着となる、その手前。


「ん?(あの集団は……?)」


 路地を曲がった先に居たのは、帽子とマスクで顔を隠す5人の集団。

 そして、彼等によって頭陀袋ずだぶくろに入れられる“人間の脚”が見える。

 この光景が一体何を表しているのか、それがわからない程ボクも馬鹿になったつもりはない。


人攫ひとさらい……袋に入れられたのは女性か? 全く、世も末だね。こんな街中で白昼堂々やるとは)


 この薄暗い世界で「白昼堂々」という表現が適切なのかどうかはさて置き。

 このまま女性を見捨てて駅に向かうほど、ボクの「正義」も死んではいない。

 列車が出るまでしばらく時間もあるし、彼女を助ける程度のタイムロスは許容の範囲内だろう。


(でも、街中で暴れると『闇砂漠商会やみさばくしょうかい』に見つかるかも知れないし……袋の中の人には悪いけど、ちょっとだけ我慢して貰うか)



 ■



 頭陀袋(中身入り)を担ぎ上げ、それを運び始めたマスク集団。

 気付かれない様にコッソリと彼等の後を追うと、細い路地をいくつか曲がり、そのまま街の外へと出て行く。

 一体何処まで運ぶのかと思えば、彼等は大きく迂回してから「霧深い森」へと足を踏み入れた。


 そこにはガタイの良い馬が2頭いて、その後ろには荷車が――つまりは馬車が用意してある。

 誘拐した女性を何処かに運んで、闇のオークションで売り飛ばすという、そんなシナリオがありありと見て取れた。


「ねぇ、その人はいくらで売れるの?」


「「「ッ!?」」」


 声を掛けると、目を見開き驚く5人。

 すぐさま腰のナイフに手を伸ばす彼等だが、遅い。



「“鎌鼬かまいたち:群れ”」



「「「ぎゃぁぁああ!?」」」


 連続で放った風の刃が、5人の身体を斬り刻む!!


 実力の差は圧倒的。

 成す術も無く斬られた彼等は、反撃を諦めて一目散に逃走。

 逃げるその背中に追撃を入れようとナイフを構えるも、“少し前の感触”がボクの手を躊躇ためらわせる。


(……まぁいいや。嬉々として人を殺したい訳でもないし)


 スッと、静かにナイフを下ろしたボクの左手。

 この左手は、既に一生落ちることのない汚れが付着している。

 今更多少の汚れが増えたところで大差は無いと思うけど、それでも彼等に対して「殺したい」程の恨みも無いし、今回は見逃しておこう。


 ただし。

 脚を斬られた為に、つくばってボクにすがるこの男だけは別。


「た、頼むッ、見逃してくれ!! 俺には子供がいるんだ……ッ!! 子供の為に仕方なく……!!」

 そうやってこちらを油断させ――

「死ねぇ!!」


 背中を向けたボクに、隠し持っていたナイフを突きつけてくる!!


 そのナイフが突き刺さる前に、ボクは思う。


(あぁ、どうしてこの世界には、こんな糞みたいな人間が蔓延っているんだろう? ちゃんと掃除すればいいのに……その為の『世界管理局』があって、管理者も居るというのに。彼等は何をやっているんだ?)


 いやまぁ、その管理者の一人を失神させて、ボクは逃げて来た訳だけど……それは置いておくとして。


 とにかくコイツは「駄目」だ。

 人の良心を弄ぶ、人の形をしたゴミだ。

 ゴミは綺麗に片付けなくちゃいけない。


(さぁ、ゴミ掃除の時間だ)


 ――斬ッ!!

 背中を向けたまま、背後に一閃。


「……あ?」


 理解の遅れた彼の口。

 そこから人生最後の一言が出たのは、彼の首が身体を離れ、無造作に地面を転がった後だった。



 ―――――――――

 ――――

 ――

 ―



「あの~、大丈夫?」


 馬車の荷台から頭陀袋を降ろし。

 苔むした地面の上で、閉じられた袋の口をナイフで開封。

 中を覗き、声を掛けると……


「むぅ~~ッ!!」


 余程怖かったのか、涙目の怯えた表情から、恐怖混じりのうめき声が聞こえて来る。

 手足を縄で、口はテープで封じられているみたいだけど、意識はしっかりしているので大きな問題は無いだろう。


「怖がらなくていいよ。ボクは人攫いじゃないから」


 まずは口のテープを剥がそうと、優しく声を掛けるも――「ガサリ」。

 背後で草むらの揺れる音がしたかと思えば、ドスの利いた声が響く。



「……おいくそガキ、“俺の弟”が見るも無残な姿になってるんだが、テメェの仕業で間違いねぇな?」



 草むらから姿を現したのは、“生首を手にした大男”。

 身長は3メートル程で、ボクの復讐相手「ジャック・A・バルバドス」や、地獄で教育係だった「赤鬼の獄卒」と同格。

 更には人間らしからぬ「せた青緑の肌」をしており、加えてそのゴツイ手にぶら下げている生首は、先程ボクが斬り落とした男の首だ。


 何とも情報盛り沢山の男だが、先の発言から生首の兄であることは間違いない。

 恐らくは「攫い屋集団の親玉」といったところだろう。


 しかし、それら色んな情報を差し置いて。

 一番無視出来ない点は、その胸に「轟々と燃ゆる炎が灯っている」ことか――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る