9話:狂っている、この世界は。

 ~ 『ゴミ掃除』を始める数分前 ~

 

 まるで世間話でもするかの様に、鬼姫おにひめは“追加情報を”教えてくれた。


「今回の標的2人は、暗黒街へ逃げてくる前に『強盗殺人』を犯していてね。依頼人はそいつ等に家族を殺された老齢の男性だ。年老いた自分では何も出来ないと、全財産の600万ゴールドを泣きながら渡してきたよ」


「つまり、依頼人は“復讐”の為に『闇砂漠商会やみさばくしょうかい』へ……?」


「『Darkness World (暗黒世界)』に逃げられると、地方の管理局ではまず手が出せない。そうなると頼れる相手も自ずと限られてくるものさ。――さて、そろそろお喋りの時間は終わりだけど、本当にれるのかい?」


 冷めた視線ジロリ――懐疑的な彼女の瞳。

 その不信を取り除く為、ボクはしっかりと頷いて彼女の言葉を引用する。


「ボク等がやるのは『ゴミ掃除』でしょ? 何を怖がる必要があるのさ」


「……ふんッ。今の台詞が口だけじゃないことを願ってるよ」



 かくして始まった『ゴミ掃除』。

 その開始から終了までは本当に短かった。


 まずは鬼姫おにひめを先頭に、裏カジノが行われている部屋に突入。

 中でカジノを行っていた客が一斉に逃げ出すも、それらは全て無視。


 写真で見たターゲットの男二人が、ボク等の突入で慌てて刃物と銃を取り出すも、遅い。

 それぞれに相手の武器を弾き、鬼姫は首を刀でね、ボクは心臓をナイフで貫く。


 迷う暇も無い。

 部屋の天井まで血飛沫が飛び散り、ボクの人殺しは――否、ゴミ掃除は呆気なく終わった。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



「はぁ、はぁ、はぁ……」


「おや、息が上がっているね。そんなに手こずっていた風には見えなかったけど?」


 スッとかたなを振るい、べっとりと付いた血糊ちのりを振り払う鬼姫。

 狭い室内の天井から釣られたオレンジ色のランプが照らすのは、テーブルの上に散乱する血に染まったトランプと、その足元に転がる首を失くした太った男性の死体。


 そしてボクの足元にも、ナイフで胸を貫かれた男性の死体が転がっている。


 それら死体を眺めながら。

 呼吸を落ち着け、最後に気合を込めた吐息を「ふぅ~」と吐く。



 “ゴミだ、ボクはゴミを斬ったんだ”。



 強く、そう自分に言い聞かせる。

 他の思考が入る前に、強く自分に言い聞かせる。


 ナイフが喰い込む皮膚の柔らかさも。

 切断を邪魔する骨の硬さも。

 四方に飛び散る血の匂いも。


 そのどれもが地獄の4000年で幾度となく、際限なく繰り返してきた「人間を斬った時」のそれだとしても。

 地獄とは違い、明日になってこの死体が復活することは無いとしても、それでも自分に言い聞かせる。


 “ボクはゴミを掃除して、世の中を綺麗にしたんだ。正しい行いをしたんだ”。


 そう自分に言い聞かせると、不思議と自分が正義の味方ヒーローの様にも思えた。


 ゴミ掃除をしてヒトヲコロシ、人を助ける血塗れの正義の味方ヒーロー


(……ハハッ、馬鹿らしい。正義の味方ヒーローとかどうでもいいや。ボクはただ、復讐を果たせればそれでいいんだ)


「――ゴミとは言え、元:人間を殺めたことを後悔してるかい?」


 ボクの表情から何か読み取ったのだろうか?

 パシャリと、死体の写真を撮りながら鬼姫が尋ねてくる。

 少なくとも彼女は通常営業に見え、であればボクとしてもこう答える他あるまい。


「ううん、別に」



 ■



「あ、アンタ等がやってくれたのかいッ!?」


 鬼姫と共に建物を出ると、まるで待っていたかのように一人の男性が興奮気味に近づいて来た。

 腰の曲がった老齢の男性で、杖を突くその手が震えている。

 年のせいなのか、それとも興奮しているのか、その要因がどちらにせよ、彼が依頼人の男性に間違いない。


 コクリと、男性の質問に鬼姫が頷く。


「えぇ、依頼はちゃんと果たしましたよ。証拠の写真も撮ったので、後でお見せしましょう」


「そうか……良かった、本当に良かった。これで殺された妻と息子も報われる。アンタ達のおかげだ」


 ありがとう、ありがとう。

 男性は何度も礼を述べてから、背後にいた“ガタイの良い男達に連行”された。


 ボク等に近づいて来た時から彼等は居たし、老齢の男性に慌てる様子も無い。

 鬼姫も眉一つ動かさないので、元からそういう流れだったのだろう。


「あの依頼人、これからどうなるの?」


「あぁ、大した話じゃないんだけどね。今回の案件、本来なら1000万の仕事だ。でも彼は600万しか持っていなかったから、払えなかった残りの金をこれから払うんだよ。自分の臓器を全て売ってね」


「え? そんなのって――」


「コレは彼の意思だよ」

 ボクが意見を述べる前に、鬼姫が牽制する。

「ハッキリ言うが、年老いた男の身体なんて需要が無い。バラして売っても二束三文。本来必要な依頼料には全くと言っていいほど届かないんだよ。それでも『闇砂漠商会やみさばくしょうかい』は彼の依頼を引き受けた。彼の覚悟を受け取ったんだ。“闇の世界の優しさ”だと、私はそう思っている」


「それは……でも――」


「でも、の後は何だい? 『闇砂漠商会』が断ったら、彼の復讐心は何処に向かえばいい? それをぶつける気力も体力も無い老いた身体に、余りある負の感情を抱えたまま、己の無力さに際限なく精神をむしばまれるだけだ。そんな状態で何一つ報われない死を迎えるより、恨みを晴らして死ぬことを彼は選んだ。その決断を否定出来るのかい? ドラノア君、キミは一体何様だ?」


「………………」


「おっと悪い、私も珍しく熱くなっていたようだ。気を悪くしないでくれ」

 ふと我に返り、少々上がった声のトーンを落ち着け。

「とにかく依頼は終わった。『ナイカポネ支部』に戻ろう」


 かくしてきびすを返す鬼姫。

 決して大きくはないその背中を視線で追いながら、ボクは思う。


(狂っている……この世界は。馬鹿馬鹿しい程に) 


 先の老人の件も然り。

 それを受け入れる鬼姫も然り。

 それらを有する『Darkness World (暗黒世界)』も然り。


 そんな狂った世界で、正義の味方ヒーローを気取る馬鹿も、また――。


 そんなことを考えながら。

 ボクは人殺しで得る「お金」の為に、『闇砂漠商会:ナイカポネ支部』へ戻ることにした。



 ――――――――――――――――



 ~ 数分後 ~


 『闇砂漠商会:ナイカポネ支部』の建物を視界に捉え、先を行く鬼姫が当然とばかりに建物へと入る。

 ボクもそれに続こうかというタイミングで――「バサリッ」。


 最近聞き覚えのある「羽ばたき」が聞こえて来たかと思えば、頭に1羽のカラスが舞い降りる。

 デジャヴ感のあるこの光景は、誰かがボク宛に手紙を送って来た証拠。


(また鴉手紙カラスレター……差出人は白髭の老人かな?)


 自己発光する青い筒から手紙を取り出し、飛び立つカラスを見送って。

 丸まった手紙を広げてみるも、暗がりの中では文字が読みにくい。

 一旦街灯の下まで移動し、そこでようやく手紙の内容を確認すると以下の文言が記されていた。



“大事な忠告を忘れていたが、『闇砂漠商会』には絶対に関わるな。一度「えん」を持つと後々面倒な事になる。特に、奴等の金には絶対手をつけるなよ?”



「……参ったねこれは」


 少々遅かった忠告に、ボクは人知れず頭を抱えた。


 ――――――――

*あとがき

 次話、もう一人のヒロイン登場です。

 デザイン画には載せていますが、「天使族」の少女です。

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