5話:地獄からの脱出

 『世界管理局』。

 26もの世界で構成された新世界『AtoA《アトア》』を管理する巨大組織。

 全ての世界はこの『世界管理局』に勤める“管理者”によって統治されており、それは死後の世界である「地獄」と言えども例外ではない。


 『H』の世界:『Heaven/Hell World (天国/地獄世界)』。

 死者の魂が辿り着く「天国と地獄」をようするこの世界もまた、『世界管理局』に統治される『AtoA』26世界の1つだ。



 ■



 ~ 等活地獄の大穴周辺にて~ 


「探せ探せッ、脱獄者は近くにいる筈だ!!」

「絶対に地獄から逃すなよ!! 逃走ルートの警備も固めろ!!」

「『世界扉ポータル』には近づけさせるな!! 地獄の覇者:『十王』達にも応援要請を出せ!!」


 ゴツゴツとした赤黒い岩場の亀裂。

 その中に隠れたボクの近くを、慌ただしく走ってゆく「地獄の鬼族」管理者達。

 こちらに気づかないまま「ドドドッ」と通り過ぎた彼等の声が遠のいたところで、ボクは亀裂に身を隠したまま「ふぅ~」と冷や汗を拭く。


 ――完全に誤算だった。

 赤鬼の獄卒さえ倒せば、脱獄の問題は“半分クリア”したも同義と思っていたけれど、まさか首輪を外しただけで緊急警報が鳴り響くとは……。


(ボクの予定だと、こっそり管理局に忍び込んでから『世界扉ポータル』で別世界へ逃げるつもりだったのに……警備を固められるのは厄介だな)


 残り半分の問題がコレ。

 26世界を渡るための扉:『世界扉ポータル』。


 脱獄の際には唯一無二の逃走手段となるけれど、それを十王達が警備する流れは非常にマズい。

 管理者として最上位に位置する十王達は、もれなく全員が“人知を超えた力”を持つとも聞く。

 その実力は4000年かけてボクが倒した「赤鬼の獄卒」の、更に上なのは疑う余地もないだろう。


(さっきの管理者は『応戦要請を出せ』って言っていた……つまり、まだ十王は動いていない? 今すぐ動けば間に合う……のか?)


 それは行ってみないとわからないが、どのみち間に合わせる以外の手段は無い。

 脱獄のリスクを少しでも減らす為、ボクは亀裂からすぐに飛び出し、管理局目指して走り出した。



 ――――――――



 ~ 『世界管理局』:地獄支部~ 


 山の様に大きな地獄の黒い岩石をくり抜き、真っ赤な装飾を施した巨大建造物。

 至る所で火の手で黒煙が上がり、あちこちに溶岩の流れる『世界管理局』:地獄支部の一画。


 赤い塀で囲われた建物群の中央に、嫌でも目を引く高さ7メートル程の巨大な「鏡」がある。

 何を隠そう、アレが目的の『世界扉ポータル』だ。


 扉といっても家の出入り口みたいな代物ではなく、蒼い光を放つ「大きな鏡」が、不思議な模様の石に囲まれた状態で設置されている。

 あの鏡に触れることさえ出来れば、晴れてボクの脱獄も可能となる訳だけど……しかし、そう簡単に話は運ばない。


(参ったね、流石に来るのが遅かったか……)


 塀の隙間から中の様子を伺うと、大勢の管理者が『世界扉ポータル』の警備を固めていた。

 更にその最後尾には、ボクの希望を打ち砕く様に“5人の十王”が仁王立ち。

 「閻魔」と書かれた帽子を被る、かの有名な「閻魔王」以外は名前もわからないけれど、5人共見上げる程に身体が大きく、体格からしてとんでもなく強いのは間違いない。


(十王が5人……脱獄の難易度が一気に跳ね上がったけど、どのみちやるしかない。言っても八大地獄の咎人の中で一番強くなった訳だし、スピードにはそこそこ自信もある)


 肝心要の『世界扉ポータル』までは目算で50メートル程。

 有象無象の管理者達はともかく、十王5人をどう抜き去るかに掛かっている。


 戦わず“逃げ”に徹すれば、あるいは――そんな希望を抱き。

 無茶は重々承知の上で、ボクは塀の陰から飛び出した!!


「いたぞッ、脱獄者だ!!」

「何だあの右腕は!?」

「とにかく捉えろッ!!」


 塀飛び出してすぐ、近くにいた鬼族の管理者がボクの存在に気付いた。

 直後、間髪入れず隣にいた仲間の管理者に目配せし、手に持つその槍をボク目掛けて放つ!!


「「せいッ!!」」


「おっと」


 身を屈めて管理者達の“突き”を避け。


「「うらぁッ!!」」


「ほッ」


 その後の“薙ぎ払い”はジャンプで避ける。


(いちいち相手してたら時間が足りない。ここは『世界扉ポータル』まで一直線に行く!!)


 その後も次々と襲い掛かる管理者達の攻撃を躱し、無我夢中で足を前に進めるも、簡単にいったのはここまで。

 鬼の管理者軍団を通り抜け、さぁ「次は十王だ」と心構えて前を向いたところで、次の瞬間には“目の前に十王がいた”。


「ッ!?」


「遅いな」


 短い一言と共に。

 “胸に炎を灯した”名も知らぬ十王の拳が、ボクの顔面に迫る!!


 ハッキリ言って、全く反応出来なかった。

 今更ナイフや黒ヘビでの反撃は間に合わず、間に合ったところでどうにかなる相手だとも思えない。


 この一瞬で、ボクと十王の間にある圧倒的な実力の差を思い知らされた。

 ここからどう足掻いたところで勝てる未来は見えず、未来を閉ざされたボクの顔に大きな拳がめり込む――寸前。



「“時欠けときかけ一弾指いちだんし”」



 しゃがれた声と共に「パチンッ」。

 何を弾く音がボクの耳に届き、“十王の拳が消える”。


「何ッ!?」


 驚愕の声を発したのは、“ボクの後ろに居た人物”。

 そこに、先ほど真正面からボクを殴ろうとしていた名も知らぬ十王の姿がある。


(は? 何だ? 何が起きた? いつの間にボクの後ろに――)


「真っ直ぐ走れ!! 何があっても足を止めるな!!」


「ッ!!」


 理解の追いつかぬ状況、その連続だけど。

 姿の見えぬ「しゃがれた声」に指示されるがまま、ボクは再び走る。


 今度は先の十王だけでなく、他4人の十王達も“戦闘態勢”に入ったのがわかった。

 この場で再び足を止めたら今度こそ本当に終わりだろう。

 何があっても足を止めてはならない。


 例え、十王4人が一斉に手を伸ばしてきても――。



「“時欠けときかけ一弾指いちだんし”」



 パチンッと、再び何かを弾く音。

 そして目の前にいた十王4人は、またもやボクの背後に移動している。


「「「なにッ!?」」」


 驚く十王5人がボクの背後。

 つまりはこれで行く手を阻む者がいなくなり、ボクは遂に『世界扉ポータル』へ到達。


 長年夢見た「脱獄」がこの手に転がり込んで来た形となるが、感傷に浸っている暇は無い。


「『D』の世界:『DarknessWorld:暗黒世界』に来い。続きはそこで話す」


 何処からともなく響くしゃがれ声。

 その言葉を聞きつつ、ボクが左手で大きな鏡に触れる。

 すると、『A』~『Z』のアルファベット26文字が“宙に浮かび上がった”。

 各世界の名前とリンクしているこのアルファベットに触れれば、その世界に渡航出来る仕組みだ。


「おいッ、奴が『世界扉ポータル』を起動してるぞ!!」

「誰でもいいッ、脱獄者を止めろ!!」


 十王含めた全管理者が慌てるも、遅い。

 彼等の手が届く前に指示された『D』へ手を伸ばし――だけど、一瞬戸惑う。


(ジャックに復讐するなら他の世界を選んだ方が……いや、駄目だ。リスクが大き過ぎる)


 今、奴がどの世界にいるかをボクは知らない。

 下手に逆らって「しゃがれ声の人物」を敵に回すより、ここは素直に従った方が身の為だろう。


 何よりも大事なのは、とにかく他世界へ逃げる事。

 一度この地獄から離れてしまえば、復讐するチャンスにも巡り合える筈だ。


 戸惑いは一瞬に抑え。

 『D』に触れ、いくつか出て来た「渡航先の候補」から適当に選ぶ。


「脱獄者が渡航するぞ!!」

「もう間に合わないッ、渡航先の管理局に連絡を急げ!!」


 騒然とする管理者達の声を聞き流しつつ。

 ボクの身体は巨大な鏡から放たれる青い光に包まれ、4000年を過ごした赤黒い地獄の世界から――消失した。



 ――――――――

*あとがき

 これで【序章:脱獄編】は完結となります。

 続けて【1章:復讐編】が始まりますので、引き続き主人公の応援をよろしくお願いします。


「更新頑張れ」と思って頂いたら、作品の「フォロー」や「☆☆☆評価」もよろしくお願いします。1つでも「フォロー」や「☆」が増えると大変励みになりますので。


↓↓黒ヘビの『☆☆☆』評価はこちら(レビューを頂けたら尚更嬉しいです)↓↓

https://kakuyomu.jp/works/16817330653405525509#reviews

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る