4話:4000年越しの願いが叶う時
ようやく脱獄出来ると、大きな期待を抱いたのも束の間。
体長3メートルを誇る赤鬼の
「生き残った時点で、ボクで脱獄させてくれるんじゃないの?」
「確約をした覚えないな。どのみち獄卒が持つ鍵を奪わん限り、脱獄したところで首が飛ぶだけじゃ。これまでの殺し合いで生き残った“過去の4人”みたくな」
「ッ――」
「大穴の外で死ねば“復活”も出来んが、それでも構わんなら好きにしろ」
「………………」
冗談の類ではないらしい。
どうして獄卒が白髭の老人に協力しているのか、それは今のところ知る由も無いけれど、確実にわかっていることが1つ。
ボクが脱獄する為には、どう足掻いても獄卒を倒すしかない。
(参ったね。この展開は想定外だけど……やるしかないか)
スッと、ボクは極卒に視線を移す。
その太い首にぶら下がる鍵が、ボクにとっては唯一の光だ。
500年前ならいざ知らず、等活地獄最強の咎人である今のボクなら倒せる筈。
「いいよ、やろう」
「わかったど」
ただ一言。
獄卒はその言葉だけを返し、金棒を静かに構える。
(うッ……)
ブルルッと、身体が自然と震えた。
3メートルの巨体を誇る獄卒の姿が、ボクが世界で一番憎んでいる“あの男”――『ジャック・A・バルバドス』と被って見える。
咎人達相手なら恐怖を感じなくなったけど、この獄卒には未だに恐怖を覚えてしまう。
(正直、怖い……けど、やらなきゃ一生このままだ。ボクの人生が、このまま地獄で終わってたまるかッ!!)
勝てば脱獄、負ければ地獄、それだけの話。
逃げたところで得るモノなど何も無いなら、やるしかない。
「勝負だ獄卒!! ボクが勝ったら首輪の鍵を貰うよ!!」
先手必勝とばかりに速攻で距離を詰める。
ナイフの一太刀を囮にして、本命は右肩に隠した黒ヘビの牙。
初見殺しの一撃により獄卒を倒す気満々だった、そんなボクを目掛け。
「“
獄卒が勢いよく振り下ろした金棒。
その軌道から「風の刃」が生まれ――斬ッ!!
ボクの身体は脳天から真っ二つに切断。
ゆっくりと左右に分かれて地面に倒れるまでの間に、獄卒はこんな言葉をボクに送る。
「次の500年は“
(え?)
「等活地獄の10倍は辛かど」
(……え?)
「等活地獄の咎人より、10倍は強い咎人達がわんさかおるど」
(………………)
こうしてボクは、次の500年を過ごす黒縄地獄へと突き落とされた。
■
長らく死んでいなかった為か。
獄卒によって久しぶりに「死」の感覚を思い出したボクの頭に、“幼い頃に聞いた話”がふと蘇る。
かつて世界は『地球』と呼ばれるたった1つの世界で成り立っていた。
たった1つの『地球』にありとあらゆる「命」が生まれ、たった1つしかない『地球』の資源をありとあらゆる手段で喰らい尽くした。
『地球』を創造した神は思った。
“増え過ぎた「命」を養うには、もはや『地球』では狭すぎる”。
神は『地球』を取り壊し、新たに26もの世界で構築された新世界『AtoA《アトア》』を創造。
それぞれの世界にアルファベットの『A』~『Z』で始まる名前をつけ、あらゆる「命」を26もの世界に振り分けた。
そんなお伽噺みたいな「世界の歴史」を初めて知った時から、一体どれだけの時間が流れたのだろう?
――――――――
――――
――
―
気付けば、既に地獄にて「4000年」もの時が過ぎていた。
最初の等活地獄を耐え、続けての黒縄地獄を耐えて。
その後の
各地獄で500年。
計4000年にも渡る地獄を終えたのだ。
――結局、最初の等活地獄で現れた白髭の老人は、ボクが獄卒に負けて以降は現れていない。
(全く、あの老人は一体何をしたかったのか……)
地獄の咎人に彼が何を求めていたのか。
今となってはわかる訳も無いが、まぁそれはさて置き。
特筆すべきは“今の話”。
『八大地獄』の最後である阿鼻地獄にて、獄卒はボクにこう告げる。
「今日で阿鼻地獄は終わりだど。明日からは1つ戻って大焦熱地獄に入ってもらうど」
「え?」
「今度は“逆討ち”で回って貰うど。次も各地獄で500年。それも全部終わったら、また最初の等活地獄からやり直すど」
「……え?」
「お前の魂が消え果てるまで、これば無限に繰り返してもらうど」
「………………」
夢も希望もありゃしない。
耐えて、耐えて、耐え抜いた上でのこの仕打ち。
地獄で夢や希望を抱く方が間違っているとしても、それでもボクの我慢は限界を超えた。
(冗談じゃない。これ以上、この無限ループを続けて堪るか……ッ!!)
獄卒に向け、小さなナイフをスッと構える。
その意図を汲み取ったらしく、獄卒も静かに金棒を構える。
「受けて立つど」
ボクの仇、ジャックの姿と被るこの3メートルの体躯を真正面から見るのも、既にこれで8回目。
地獄を一つ終える度にボクは獄卒へと勝負を挑んできたけれど、これまでの7回は全て負けている。
4000年もの時をかけて、わかったことはただ一つだけ。
この獄卒はべらぼうに強い。
ただただ強い、それだけだ。
この獄卒を倒すには、純粋なスピード、もしくはパワーで獄卒を凌駕するしかない。
地獄に入る前のボクだったら、絶望的過ぎるこの条件に心を打ち砕かれていただろう。
しかし、地獄を一つ終える度にボクだって確実に強くなっている。
動きはより素早さを増し、並大抵の相手なら瞬殺出来る力を持っている。
そしてそれは、最早この獄卒といえども例外ではなかった。
「“
獄卒が金棒を振り、風の刃を繰り出す。
これまでボクを7回も殺した獄卒の技。
――瞬殺だった。
獄卒が乱暴に叩きつけてきた金棒を躱し、その軌道で生まれた風の刃:
躱した先に置かれていた2撃目の金棒も躱し、その軌道に隠されていた2発目の
それからボクは獄卒の喉元目掛け、右腕を失った右肩から、新しい腕を――“黒ヘビ”を繰り出した!!
「“
「ゴフッ……」
ヘビらしからぬ“犬歯の如き黒ヘビの牙”が、獄卒の太い首に深く食い込む!!
彼は鉄臭い真っ赤な血を吐き出し、ボクよりも大きな金棒をドスッと地面に落とす。
ボクのスピードが獄卒を上回った瞬間だ。
噛み付いた黒ヘビを首から離すと、力を失った獄卒は重量に逆らうことなくドスンッと地面に倒れる。
大声を上げることなく、慌てる素振りも一切無く、彼は満たされたようにも見える顔で、もう一度真っ赤な血を吐き出す。
「……随分、強くなったど」
「それはどうも」
ボクの返事が届いたかどうかはわからない。
獄卒は静かに目を閉じて、そのまま静かに息を引き取った――。
(勝った。本当に勝ったんだ……これでようやく脱獄出来る)
4000年越しの願いがようやく叶う時が来た。
念願叶って喜びが爆発するものかと思っていたけれど、いざこうなってみると笑い声も涙も出て来やしない
そもそも笑い方なんてとうの昔に忘れているし、流すべき涙は地獄の熱さで枯れてしまったのだろう。
ただ、それでも忘れていないことがある。
枯れ果てていない想いがある。
“ジャックに復讐を”。
ボクをこんな目に遭わせたあの男に、ボクの人生を狂わせた全ての元凶に、この手で復讐しなければ何も終わらない。
獄卒に勝った今のボクなら、ジャックにだって負けることは無いだろう。
(奴の首にナイフを突き刺す……一思いに切り捨ててもいいし、黒ヘビで噛み砕いてもいいね)
想像しただけでゾクゾクする。
ここから無事に脱獄出来れば、それも決して夢ではない。
その為にもまず、ボクは獄卒の首から鍵を奪う。
4000年もの間、ボクを地獄に拘束し続けた硬くて冷たい首輪を外して――“警報”。
突如として、けたたましいサイレンが鳴り響く!!
『緊急事態発生!! 緊急事態発生!! 阿鼻地獄の咎人:『ドラノア・A・メリーフィールド』が首輪を外した模様!! 動ける管理者は至急集合せよ!! 繰り返す、阿鼻地獄の咎人――』
「……えっと、これはマズくない?」
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