3話:等活地獄最強の咎人

「「「うおぉぉぉぉおおおおおおおお~~~~ッ!!!!」」」


 等活とうかつ地獄の大穴に響くは、聞いたことの無い熱量の雄たけび。

 その元凶は、先ほど等活地獄にやって来た白髭の老人:グラハム。


『今日の殺し合いで最後まで生き残った咎人とがびとは、ワシが“脱獄を手伝ってやる”』


 彼の言葉で咎人達の熱気が急上昇するも、逆にボクの気持ちは急激に冷える。


(無理だ、生き残れる訳がない。過ぎた希望だ……)


 叶わぬ夢を見ても虚しいだけで、最初から夢なんか見ない方が幸せというモノ。

 だからボクは夢を見ない。

 もう希望は抱かない。


 “あの男への復讐”も、今となっては――



「おいおいチビガキ、また死んだふりかぁ!? そんなに死にたきゃ俺が殺してやるよ!!」



 斬ッ!!

 刃渡り1メートル程の刀で斬られ、元々倒れていたボクの身体から鮮血が噴き出す。


「せっかく巡って来た脱獄のチャンスだ、コレを逃してたまるかよッ!!」


 咎人は語気を強め、ボクのお腹を踏みつけたまま注意深く周囲を観察する。

 このまま邪魔者を殺して回るか、それとも人数が減るまで逃げ回るかを考えているのだろう。


 ただ、急所を外した為にボクの心臓はまだ鼓動を止めていない。

 そして、今更ながらにボクは気づく。


(コイツ……最初にボクを殺した咎人だ)


 優しい感じで声を掛けて来て、いきなりボクの首を刎ねた相手。

 覚えている限りでは地獄で一番最初の「死」で、ボクからすれば純粋な悪、人間の形をした悪魔に他ならない。


 それはつまり、ボクの復讐相手である「ジャック・A・バルバドス」と同じ存在を意味する。


(こんなどうでもいい奴のことを覚えてるのに……ボクは一体、ここで何をしてるんだ? 無様に斬られて、絶望して、地べた伏せてる場合か?)


 違う、そんな訳がない

 今はただ、一度に畳みかけて来た絶望の前に足を止めているだけ。


 動かす為の右足、左足は共に健在。

 右腕は失ったけど、まだ左腕はある。


 絶望に押し潰されていた心は、復讐の火種は、完全に消えた訳ではない。


(脱獄して、復讐するんだ……この殺し合いに、勝ち残って……ッ!!)


「――あ? 何だチビガキ、まだ生きてたのか? ったく、無駄にしぶといな」


 僅かに動いた為か。

 ボクが死んでいないことに気づき、刃渡り1メートルの刀を振り上げる咎人。

 奴にこのまま殺されたら、悲願の脱獄は益々遠のいてしまう。


(ボクが勝つ……明日でも、明後日でもない……今日勝つんだッ。勝ってボクが脱獄する!!)


 強く、心の底から強く、今一度希望を胸に抱く。

 抱いたところで、それを叶える実力が無いと知っていても。


 それでも、ボクは希望を胸に左腕を伸ばす。


 その希望を断ち切る様に、咎人が刀を振り下ろす――直前。

 右肩に激痛が走る!!


「痛ッ!?」


 突発的な痛みを発したボクの右肩。

 そこから尋常じゃない量の黒煙が噴き出し、“黒い物体”が勢いよく姿を現した!!


(ヘビ!?)


 この目が正常に働いていたなら、黒い物体の見た目は完全に“ヘビ”。

 ボクの右肩と繋がったまま、無くした右腕と同じくらいの太さの黒ヘビが、2メートル程の漆黒な身体を顕わにしている。

 そして。


「は?」


 ガブリッ!!

 黒ヘビが、一瞬戸惑った咎人の首を喰い千切った。


「………………」


 呆気に取られるしかない。

 首を失い、千切れた咎人の頭が地面に転がる。

 遅れて、振り上げた刀を握ったままの身体がドサリと倒れるも、そんなことはどうでもいい。


 咎人の首を喰い千切った黒ヘビは、シュルシュルとボクの右肩に引っ込み、最終的には完全にその姿を消した。


(何だ? 何なんだ今の黒ヘビは……?)


 以前、ボクの右腕を喰らった巨大な黒ヘビ:ヨルムンガンド。

 見た目だけで言えばあの大蛇を彷彿ほうふつとさせるけれど、その大きさは比べ物にならない程小さい。

 右肩から出てきた理由も不明だが……血を失い過ぎたこの身体には、考える時間も残されていなかった。


 結局、ボクは咎人一人を殺したところで、生き残りを賭けた殺し合いから脱落――つまりはいつもの様に死んだ。



 ――――――――



 ~ 翌日 ~


『また明日、地獄時間で100年後に再び来る』


 そんなメモ書きだけを残し、白髭の老人は等活地獄を去ったらしい。

 唯一生き残った咎人は既に等活地獄から姿を消しており、咎人達の間ではしばらくその話題で持ち切りだった。

 当然、ボクも少ない希望をその噂に託している。


(昨日は初めて咎人を殺せた。生き残ることは出来なかったけど……あの黒ヘビを極めれば、脱獄も本当に夢じゃないかも知れない)


 復活したボクに右腕は無い。

 だけど、昨日出て来た黒ヘビが身体の中にいる感覚はある。


 何をキッカケで出てくるのかはわからないけれど、この黒ヘビを操ることが脱獄への最短ルート。

「ジャック・A・バルバドス」に復讐する、その一番の近道であることは間違いない。


(やってやろうじゃないか。100年後に生き残って、脱獄するのはボクだッ!!)



 そんな決意から300年。

 100年ごとに行われる脱獄を賭けた生き残りは、全て途中で「脱落」。


 しかし、悲観に暮れている暇は無い。

 月日の経過と共に、次第に黒ヘビを操れるようになり、徐々にナイフさばきもこなれてきた。


 そして――。


「やった……遂に最後まで生き残った」


 死屍累々な屍の上で。

 ボク以外に立っている者が居ない地獄の大穴を見渡した後に「はぁ~」と“ため息”。


(惜しむらくは、今日この場に“あの老人”がいないことだね……)



 ~ ボクが生き残った翌日 ~


「何!? あのチビ野郎が生き残ったって?」

「馬鹿なッ、何か卑怯な手を使ったに違いねぇ!!」

「俺は見たぜ!! あいつ、真っ黒いヘビを従えてやがった!!」

「地獄の魔物か!? じゃなきゃ、あんなチビに俺が負ける訳がねぇ!!」


 復活した咎人達は「信じられない」とばかりに顔を合わせ、それから一斉にこちらを向く。


「「「「あのチビガキをぶっ殺すぞ!!」」」」


 その日以降、咎人達は徒党を組んでボクへ襲い掛かるようになった。

 流石に二人・三人と同時に相手出来る実力は無く、死んでは生き返る日々を再び繰り返す羽目となる。



 ■



 ~ 投獄から500年後(『黒ヘビ』出現から400年後) ~


「このチビガキッ……俺達が束になっても勝てねぇってのか!?」

「くそがッ、俺より後に入って来たくせに!!」

「ふざけやがってテメェ、女みてぇな顔してやがるくせに!!」

「次こそ俺がぶっ殺してギャアアアアァァァァ!?」


 襲い掛かって来た咎人の首にナイフを突き刺し、引き抜く。

 そうすると自然と流れてくる真っ赤な血と、咎人達の断末魔はこの500年で死ぬほど聞き飽きた。

 500年の時を経て、等活地獄でボクに勝てる咎人は一人もいなくなっていた。


「ホッホッホ。今回の生存者はお主か」

 

「うん。約束通り、ボクを脱獄させてくれるんだよね?」


 白髭の老人:グラハムを見るのもコレで5度目。

 5度目の正直で、ようやく老人の前で生存者として勝ち残ることに成功。


 否が応でも帯びてしまう期待の眼差しを向けると、彼は大穴の上に視線を寄越し、手に持った白い杖をクイッと動かす。

 すると――。

 

 ドスンッ!!


 ――赤鬼の獄卒ごくそつが降って来た。

 3メートルはあろうかという筋骨隆々な体躯に、身長と同じくらい長い大きな金棒を手にしている。


「最後の試練じゃ。脱獄したければ、この獄卒を倒してみろ」


「……へ?」

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