2話:「右腕」喪失
今、ボクの眼前に山よりも大きな『黒ヘビ』が佇んでいる。
先程まで赤黒かった地獄の景色は、不思議と真っ白い異空間に変わっており、そこで黒ヘビが唐突に告げた。
『人間よ、欲しいモノは何だ?』
「……はい?」
『欲しいモノは何だと聞いている』
「いや、えっと……その前に誰?」
『我が名は“ヨルムンガンド”。かつては「神」とも呼ばれていた』
「へ、へぇ~……」
ちょっと、何を言っているのかよくわからない。
そもそもコレが夢なのか現実なのかも不明だが、どちらにせよ危ない橋を渡るつもりはない。
「悪いけど、怪しい話に乗るつもりはないよ。今以上に状況が悪化しても困るし」
『つまり、欲しいモノが無いと?』
「………………(違う、そうは言ってない)」
欲しいモノならある。
“力”だ。復讐する為の力が欲しい。
この地獄を出て、ジャックに復讐を果たす為の力が必要だ。
けど、どう考えたってこの提案は怪し過ぎる。
ただえさえ最悪の環境に居るのに、今以上に状況が悪化するのは困る訳で――
(いや待て、ボクは何を言っている? 今以上に最悪な状況があるのか?)
100年。
地獄で100年以上も殺され続けた。
人殺しをした訳でもなく、むしろ“殺された側の人間”なのに。
それなのに、殺生を行った咎人が入る等活地獄に入れられて、終わりの無い殺し合いを強いられている。
これ以上に最悪な状況があるか?
むしろここでの最悪は、このまま何も手を打たず、次の100年も無残に殺され続ける未来だ。
「力が……ある男に復讐する為の力が欲しい。その力を得る為には何をすれば?」
――気づけば、ボクはそんな言葉を発していた。
対する黒ヘビは淡々と言葉を紡ぐ。
『力を得るには相応の“犠牲”が必要だ。その覚悟はあるか?』
「犠牲……具体的には?」
『教えられない。それでも力が欲しいか?』
「……うん、欲しい」
『本当だな?』
「うん、本当に欲しい」
少しだけ悩んだけど、悩むこと自体が無駄だと悟った。
“何でもいい”から。
今より強くなれるなら、何でもいいから力が欲しい。
地獄で無様に朽ち果てる為に、この命を落とした訳ではない。
いつか地獄を出て「ジャック・A・バルバドス」に復讐する――それこそがボクの願い。
この自称:神で、ヨルムンガンドと名乗る巨大な黒ヘビがボクを騙しているとしても、ここは話に乗る以外の選択肢などあり得ない。
リスクを負ってでも現状を変えるのだ。
何かを変えない限り、何も変わることなど無いのだから。
「例え、どんな犠牲を払ってでも、ボクは力が欲しい。地獄を出る為にも、ボクは力を手に入れなきゃならない。だからヨルムンガンド、ボクに力を……ッ!!」
『――いいだろう、契約は成立した』
満足げにゆっくりと頷き。
それから巨大な黒ヘビ:ヨルムンガンドは、ゆっくりと口を開き――ボクの右腕を喰らった!!
――――――――
――――
――
―
真っ白い異空間の景色が一転。
赤と黒が織り成すいつもの風景、いつもの地獄の景色に戻ったボクを目覚めさせたのは、“死ぬに死ねない激痛”だった。
「ッ――あぁぁぁぁあああああああああああああッ!!!!」
死ぬ程痛い、死ぬよりも痛い地獄の痛み。
ボクの右肩が、今まで経験した事の無い激痛を発している。
(み、右腕が……無いッ!!)
右肩から先をバッサリ喰われた。
鮮血を噴き出すその痛みは、到底耐えきれるモノではない。
痛みが訴えるままにボクは大声で叫び、地面に這いつくばり、
「あぁぁぁぁあああああああああああああッ!!!!」
悲鳴を上げて。
悲鳴を上げ続けて。
頭が狂いそうな程に悲鳴を上げ続ける。
延々と、永遠に思える時の流れで、ただただ繰り返し悲鳴を上げ続け――
「うるせぇぞチビ!!」
斬ッ!!
――他の咎人に首を刎ねられ、ボクはようやく安堵の表情を浮かべた。
■
それからしばらくは“激痛地獄”との戦いだった。
赤鬼の獄卒に復活させられてもボクの右腕は戻ってこず、意識を取り戻す度に、右肩が発する激痛で叫び声を上げるだけ。
そして「うるさい」と首を刎ねられては静かになり、復活しては激痛に身悶えて叫び、また首を刎ねられる、その繰り返し。
一体、この日々を何日、何十日、何百日繰り返したことか。
徐々に徐々に、本当に少しずつ右肩の痛みが引いていき、何とか悲鳴を上げなくても我慢出来るようになったその日。
地獄の業火に焼かれたような真っ黒い右肩を抑えつつ、ボクは久方ぶりに自分の脚で立ち上がる。
「はぁ、はぁ、はぁ……くそ、ボクは騙されたのか?」
“契約は成立した”と言ってボクの右腕を喰らったヨルムンガンド。
ここまで大きな犠牲を払ったというのに、右腕を失った以外は変化らしい変化も見当たらない。
現状は以前よりも弱くなり、益々以って脱獄が遠のいただけ。
「期待したボクが馬鹿だった……。これじゃあもう、脱獄してジャックに復讐するなんて夢のまた夢だ……」
“復讐”という希望に
地獄に墜ちても何とか耐えていたボクの心が「ポキッ」と折れたのがわかる。
(……もういいや。何もかもが、もうどうでもいい)
無意味だ。
これ以上立ち上がったところで意味が無い。
この日を境に、ボクは立ち上がることを辞めた。
まるでゾンビ……いや、ゾンビ以下。
全ての気力を失くしたボクは、ただただ死に続ける意味の無い毎日を繰り返す羽目となる。
そんな地獄の日常をぶち壊す「大事件」が起きるまで――。
~ 数週間後 ~
「ホッホッホッ。
その日、等活地獄で一番目立つ岩場の上に、長い白髭の老人が立っていた。
場違いにも程がある高級そうなローブを纏い、不思議と通る声で等活地獄の咎人達に話しかけている。
(誰だ? 新しい咎人じゃなさそうだけど……「管理者」か?)
文字通り、その地域を管理・統治する者達のことを指す。
死んだ咎人を毎日復活させる「赤鬼の獄卒」もそんな管理者の一人で、死者の魂が辿り着くこの地獄で様々な業務に携わっている。
あの老人もそんな管理者の一人かと思ったけど、近くにいた咎人の一人が「あっ」と声を上げたことで状況は一変。
「おいおいおいッ、アンタまさか“グラハム”か!?」
「グラハムだって!? 『世界反逆罪』に問われたテロリストじゃないか!!」
「どうしてそんな奴が等活地獄にいるんだ!?」
「まさかッ、俺達を殺しに来たのか!? 」
「――騒ぐな。今日はお主等咎人達に、喉から手が出る朗報を持って来た」
(朗報?)
ボク以外、極悪人の集まりである等活地獄の咎人達に、一体どんな朗報があるというのか。
明らかに場違いな大物の発言に皆が注目する中、「グラハム」と呼ばれた白髭の老人が告げる。
「今日の殺し合いで最後まで生き残った咎人は、ワシが“脱獄を手伝ってやる”」
「「「ッ!!??」」」
「さぁ始めよッ、“等活地獄最強”を決める――弱肉強食の殺し合いを!!」
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