エピローグ

高校三年。四月中旬。

「ほら、何ボサっと突っ立ってんの。早く準備して」

 我が子を叱る母親のようなルミの声が防音室に響く。

 三次審査から数日後。運営から送られてきた用紙には落選の二文字が記されていた。

 しかし全力でパフォーマンスをしたという自負があった四人は落ち込む様子はなく、来年の大会を見据え練習に明け暮れた。

 ただ、大会に出て得られたものもあった。三次審査まで進んだ功績が称えられ、再び防音室が部室として戻ってきたのだ。

「今年こそは絶対にグランプリ取るんだから」

 ギラついた眼差しで放った言葉は執念に燃えている。

 結局、あの体に言葉が現れていた原因は未だ不明だった。しかし、あのときのユウの歌のおかげで声が出るようになったのは事実で──あの日からルミにとっての音楽は過去を忘れるためのものから、絶望の淵から自分を救ってくれた救世主のような存在となった。

 それに伴い今年の大会に臨む姿勢も変わっていた。それは昨年一年間で音楽の楽しさを改めて知った三人も同様で、もうルミに報酬を吊られてではなく、各々が能動的に取り組むようになっていた。

 時折、手つかずになる一人を除いては……。

「声が出るようになって、より一層魅力的になられた……」 

 ドラムの調整をそっちのけで、とろんとした目でルミを見つめるエイジ。

 それに気づいたルミはエイジの元へ駆け寄り、ドラムスティックで脳天を叩いた。

「うげっ……。あ、ありがとうございますっ!」

「うるさい! この変態大馬鹿野郎! 集中力がぜーんぜん足りてない! 気合入れるためにあれやりなさい!」

 『あれ』という言葉にチューニング中だった二人はエイジを睨む。

「えー、また……」

「なぜ僕たちまでも道連れにならなければならないのか……」 

「ルミちゃんが言ってんだ、やるしかねぇだろ!」

 げんなりと落ち込む二人に対し、エイジは嬉々として二人に近づく。

 そして嫌々手を差し出す二人の上に手を重ね、肺一杯に空気を吸い込み、

「「ぅいーらぶ、るみー……」」「ウィーラブ、ルミー‼」

 二人の何十倍もの声量で声を張り上げた。 

「というか、自分で見てて恥ずかしくないの……?」

 ユウの妥当な問い掛けに、まんざらでもない様子でルミはチューニングに戻る。

 声が出るようになってから約半年。月日を重ねる毎に、入部当初からの持ち合わせていた小悪魔的な部分が徐々に成長していた。

 準備が整った一同は定位置に着き、正面に立つ三脚にセットされたスマホのカメラに視線を向ける。 

 ルミが撮影開始ボタンを押しに行こうとしたとき、ふと一年前のルミの姿がユウの脳内で重なる。

「ルミ」

 気づけば不意に言葉が漏れていた。

「なに?」

 突然呼び止められ困惑するルミ。

 その様子を見たユウは、ほんの少しだけ口元を綻ばせ小さく首を横に振った。

「なんにもない」

「……なんなの、無駄な声使わせないで」

 不意に名前を呼ばれ少し照れながらも、ツンとした表情で撮影の赤丸ボタンを押す。

「じゃ、去年のリベンジってことで!」

 エイジはドラムスティックに絡まった二年分の雪辱を振り払うようにして、スティックを力強く振り下ろす。

 イントロが始まる。

 同時にルミは条件反射のように沖縄でのあの日を思い出し、口元が綻ぶ。

 もはや各々が細胞レベルで覚えている演奏に乱れなどあるはずもない。

 そうして歌い出しの歌詞が近づいてきた頃、二人は一瞬だけ視線を合わせ──直後、寸分の狂いなく、二人は同時に口を開いた。


「「世界はそれを、愛と呼ぶんだぜ」」




終わり。

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愛とロックが僕たちを @syu___

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