第12話
演奏を終えた三人を労おうと三人は舞台袖に足を運ぶ。
彼女たち自身も十分に手応えを掴んでいたのだろう。ボーカルの彼女を中心に喜びを分かち合っていた。
「おっ、本当に来てくれたんだ!」
三人の存在に気づいたボーカルの彼女を先頭に、他のメンバーが近寄って来る。
「そりゃもちろん! 女性との約束は一度も破ったことはない男なので」
いつもの調子に乗ったエイジの振舞いに女子たちはくすりと笑う。
「あれ? ていうか、ルミは?」
「ああ。ルミならちょっと体調が悪いからって、先にホテルに戻ったけど」
何の棘もない普通の言葉だった。しかしその言葉を聞いた途端、三人は少し表情を曇らせる。
「そんな事より、どこかの誰かさんが俺のドラム裁きに惚れたっていうのは本当かな~?」
「うん。確かにかっこよかった」
打って変わって呆れるように微笑んだ緑髪の女子は、エイジの両眼を一点に見つめ呟く。
想定外のストレートな反応に、仕掛けた側のエイジは面を喰らい、素直に照れる。
「私は君のベース好きだったよ」
「え……あぁ。それはどうも」
その流れから青髪の女子もルイに囁きかける。女の子慣れしていないルイはどう反応していいかも分からず、いつもの素っ気ない態度のまま眼鏡のブリッジをくいっと上げた。
てっきり自分たちの演奏に来てもらうための嘘だと思っていたユウは驚く反面、自分に対しての称賛の声がない事に少し物寂しさを感じた。
「ボーカル君、ちょっといい?」
そんなユウの心情を察するかのように、ピンク髪の女子は甘く柔らかい声で控室の裏へと手招きする。
ルミがいない今、特別断る理由がなかったユウは、会話が盛り上がっている四人を尻目に彼女についていった。
そこは他のアーティストの控室やら大道具やらで視界が遮られており、会場スタッフも数分に一度しか通らない人気のない場所。
ピンク髪の女子は周囲を見回し辺りに人がいないことを確認するや、徐に口を開く。
「そーいえば、自己紹介まだだったね。私は橘カナ」
淡々と名前を述べたカナに対し、少し違和感を覚えながらユウも自分の名前を述べる。
少し陰気な空気が漂うこの場所のせいか、先程までカナが纏っていた陽のオーラが薄れているのを感じる。
「早速で悪いんだけど、一つ質問していい?」
「うん……」
「どうやってルミをバンドに誘ったの?」
言葉の節々に短い棘が生えていることに気づき、やはり気のせいではないことを察し──薄っすらと感じていた違和感が次々とユウの中で弾け始める。
彼女はルミと何らかの関係がある。
相手の素性が分からない今、素直に答えればルミの身に危険が及ぶような気がしたユウは、とりあえず間を埋めるように言葉を吐く。
「ルミの知り合い?」
「質問を質問で返す男はダメだよ。ボーカル君」
一層棘が生えた言葉に肌を粟立たせたユウは、返す言葉もなくただ口を噤む。
その態度にカナは呆れるように溜息を吐き、衝撃の言葉を突きつけた。
「でもいいや。特別に答えてあげる。私、というか、さっきの二人を含めて全員。ルミの部活仲間だよ」
「部活仲間……」
ただオウムのように復唱する。
一方、あれだけ同じ時間を過ごしていて、前の学校で音楽活動していた事すら知らないでいた自分を恥ずかしく思う。
「その顔を見るに、まだ何も知らない感じかぁ。まぁでも、無理もない。あんなこと自分から話す訳ないし」
「あんなことって?」
食い気味に言葉を被せる。
「……覚悟はある? ルミの過去を背負う覚悟」
初めて出会ったあの様子からは想像もつかないような低いトーンで、カナはそう呟く。
転校の理由。声が出なくなった理由。これだけ執念深くプロを目指す理由。きっと、これからカナがする話でその全てが明らかになる。
それらは知らなければならないと思っていた事でもあり、一方で無意識の内に避けてきた事でもあった。
知ることで、今の関係が崩れてしまうかもしれないという恐怖心がそうさせていた。
プールサイドで誓った、あの日の夜までは──。
ユウは知らず知らずに口内に溜まっていた唾をゴクリと飲み込み、ゆっくりと頷く。
その真摯な姿勢を見て取ったカナは、地面に映った過去を眺めるように目を俯かせ、口を開いた。
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