セントラルタワー

 「ここセントラルタワーは、アスタリスクシティの中心に完成したばかりの大型商業施設を兼ねた超高層オフィスビルです。様々なお店もあるので、さっそく突撃してみましょう!」

マイクを持った女性がセントラルタワーの正面口へと向かって駆けだした。

「はいカット! いやー、良かったよ~」

明らかに怪しい格好をした男が声をかける。女性がゆっくりと歩いて戻ってくる。怪しげな男の周りには、カメラを持つ男と、ヘッドフォンとたくさんの機具を身に付けた男がいる。見るからに、テレビの取材スタッフの一団の様だ。女性は、怪しい格好の男に話しかける。

「ねえぇ~、高層階の方に取材に行きたいんですけどー」

「うーん、今回はグルメ特集で来てるし、許可が下りてないだよ……」

「チョー、ムカつくんですけど。せっかくの玉の輿のチャンスがパーよ!」

「それなら、未来の大物プロデューサーのボクチンt」

「セクハラで訴えるわよ。」

「すいません。」

「やっぱり、報道系じゃないと知り合えないのかしら?」

「報道系に行っても、現地リポート担当になりそうだけど。」

女性はキッと、怪しい男をにらみつける。アシスタントは、そそくさとカメラマンと音声担当の方へと逃げた。女性はリポーターとして働き始めたのだが、仕事はグルメ関連ばかりで希望する報道系はさせてもらえないでいた。今回の仕事を受けたのは、上層階にいる有名実業家や資産家と知り合えるかもしれないという本音からだった。ため息をつき、その場にしゃがみ込んでスマートフォンをいじる。何か事件や面白い話が無いかと、ネットを見る。

「えーと、『大通りで銃乱射事件!爆発もあり抗争の可能性も』、『火災現場から消防車が盗まれる!依然として暴走中!』、ふーん……」

場所は同じアスタリスクシティであるが、遠い世界の事の様に感じた。加えて治安の悪い地域で日常茶飯事な事なので、特に気にも留めなかった。

「おーい、そろそろタワーの中に行くよー!」

「ふぁーい。」

怪しい格好の男の声に、女性は立ち上がり、タワーに向かって歩いていく取材クルーのメンバーの方を見る。ゆっくりと喋りながら進むメンバーのかなり離れた位置から、煙と爆炎と共に、ビルから消防車が飛び出してきた。

「キャーーー!!!!!!」

女性が叫ぶと、メンバーはすぐに気がつき事態を把握した。周囲の人たちも蜘蛛の子を散らす勢いで逃げ出した。消防車は、セントラルタワーの正面口に勢いよく突っ込んで行き、タワーの中に消えた後、すぐにとてつもない衝撃音がした。

「うわー!」

「逃げろーー!!」

「誰か助けて!!!」

「向こうに行けー!」

老若男女、様々な声が建物の中から聞こえてくる。

しばらくして、中にいた人々が飛び出し誰も居なくなった、ガランとしたセントラルタワーに、柱にぶつかり炎上して止まる消防車から降りたの独り言が響く。

「あー、《俺は神に愛されてるぅ!》」



「お客さん、お急ぎですか?」

タクシーの運転手は、酒場の前で乗り込んできた男に話しかけた。わき腹に血の跡があるカウボーイの格好をした男は、無言である。目的地を告げた後からずっと、何やら深く考え込んでいるらしい。間合いがどうとか、立ち回りをうんたらと独り言を言っている。気になることが多々あるが、話すのはダメそうだなと思い、ラジオに耳を傾ける。何やら緊急のニュースらしく、いろいろとグダグダしているアナウンサーの声が聞こえる。

[えー、いま入ってきた、ニュースによりますと、大通りにて…………大通りにて消防車が爆発した模様です!]

運転手は大変なニュースだと思うよりも、大通りは使えないからタワーの裏口に着けるかと、この先の予定を考えた。しかし、ラジオからはすぐに別の情報が入ってきた。

[訂正してお伝えします。正しくは、大通りにて銃乱射事件が発生した模様です。消防車の爆発は別の事件でした、大変失礼いたしました。]

「全く、違うじゃないか。」

運転手は、ラジオの向こうのアナウンサーに向かって文句を言う。しかし通行に関しては、やはり大通りは使えないので裏口に着ける予定に変更はない。また修正情報が耳に入ってくる。

[再び訂正します。消防車は爆発しておりません。大通りにて起きた銃乱射事件に於いて爆発が起きた模様です。消防車は火災現場から強奪され、暴走しているとのことです。二つに事件が同時進行しておりますので、ただいま情報が錯綜しております。重ねてお詫び申し上げます。]

ふーんと、運転手は聞き流す。大事な話ではあるが、関係ないと思っているからだ。長い事、このアスタリスクシティで暮らしていると、どうも慣れてしまうらしい。良くないなー、と思いつつ、タクシーを走らせる。今はラジオから聞こえる緊急ニュースよりも、運賃の方が気になってしょうがない様子である。

[この二つの事件、何か関連はあるのでしょうか?]

[おそらくは無いかと。]

誰でも言えそうな事を専門家が話し出した。メディア側に言わされているのかもしれないが、普通の人なら分かる事である。ベラベラと御託を並べる専門家にイライラしたので、ラジオを変えた。どこも緊急番組で、だいたい同じような内容だが、ラジオトーキョーだけは番組変更をせず音楽を流している。滅多に番組変更せず、もしする時は人類滅亡の時と言われるほどのラジオ局だ。車内に音楽だけが響くタクシーは、せっせとセントラルタワーの裏口へと走る。


セントラルタワーの裏口と言っても、とても大きく豪華である。正式な入口と比べると見劣ってしまうので、裏口と呼ばれているくらいだ。タワーには正面口と裏口、車で入る地下駐車場やヘリポートがある。この四つの正規な入口の内、裏口に到着したタクシーからカウボーイは降りた。もちろん、いくら急ぎとはいえ金は払った。お釣りも受け取らず裏口に駆け込んだカウボーイは、建物の案内表示を確認する。すぐさま冷凍冷蔵車が止まりそうな、搬入口もある地下駐車場につながる階段を下って行った。

「待ってろよ、侍!」



「先輩ー、どんな感じッスカ?」

「暗くて何も見えん、明かり。」

「ヘイ!」

「そうそう……重さを調べるにはって、はかりッ!」

「スんません、コッチでした。」

「よし、次は工具だ。」

「ヘイ!」

「そうそう……身を守るためにはって、防具ッ!」

マンホールの中と外で、漫才なのか業務なのか分からない様な会話がされている。通行人も、聞こえてくる話の内容にクスクスと笑っている。外から声をかける若者は、姿の見えぬ先輩と会話を続ける。

「副業の配管工、微妙ッスネ~」

「そう言うな。食うためには仕方ないんだ。おい、ドライバー」

「ヘイ!」

「そうそう、しっかり乾かすためにって、ドライヤーッ!」

「ヘイ!」

「そうそう、綺麗に剃るためにはって、シェーバーッ!」

「ヘイヘイ!」

「そうそう、これで繋いでって、ファイバーッ‼」

「今日もキレッキレっスね~」

「何をやらせるんだよ。」

二人は漫才をしながらも、仕事を続けていた。しばらくすると、マンホールの中から工具が散らばる音と水が跳ねる音がした。急いで若者がマンホールを覗くも何も見えない。先輩の声だけがした。

「イッテー。なんだお前!ここは道じゃねぇーぞ!!あっ、おい待てっ!!!」

「先輩、大丈夫ッスカ?」

「怪我は無いが、びしょ濡れだよ……」

「どうしたんでス?」

「なんか、急にぶつかってきたんだよ。」

「ネズミがでスカ?」

「デカすぎだろッ!人喰いネズミかよ!!、人だよヒト。急に出てきたんだよ。」

「何でスかね? 警察にでも追われてたんスかね???」

「わからん。とにかく道具を拾わないと……」

「手伝いまスよ。」

若者が降りようとすると、マンホールの中からまたバシャバシャと水が跳ねる音がした。

「うん?なんだよ、アンタ!さっきのやつの仲間か?えっ、おい待てって!!!」

「どうしたんスか???」

「いやなんか、別のヤツが来てそのまま行っちまったよ……………………」

「何なんスかね?」

「本当に分からん。道具を拾うのはコッチでやるから、濡れた体を拭くタオルをくれ。」

「ヘイ!」

「そうそう、火を灯してって、キャンドルッ!」


全身が濡れた若者は下水処理管を走り続ける。一瞬でも止まれば襲い来る、死から逃れるために。どのくらい離れているのか、別の場所から飛び出してくるのかも分からない。今はただ、走り続けるしかなかった。これから向かう場所にあるであろう武器と、懐にあるくすねた工具に期待しつつ。


男は追う。正しい道なのか自信を無くし始めていたところで、敵の痕跡に出会い自信を取り戻した。武器を拾われる前に、何としてでも仕留めなくてはならないからだ。今はただ、走り続けるしかなかった。

追われる男と追う男。相反する要素ばかりの二人だが、共通する言葉は只一つ。

「「ここ、臭い!!!」」


バラバラバラバラバラ……………………

上空を飛ぶヘリコプター。その中には、地上を撮影するカメラマンとパイロット。地上では爆炎と粉塵を巻き上げながら、暴走する消防車がいた。

「いやー、コッチから撮影して正解でした!地上に降ろした連中、悔しがるぞ!すいません、もう少し、近づけますか?」

「了解。」

ヘリは少し高度を下げながら、近づいていく。カメラに上手く映る位置を調整する。

「もう少し……もう少し…………はいココです!」

「高層ビル街も近いから、そんなに長くは居られないよ。」

「大丈夫です、かなりの良い絵が撮れたので。そちらの判断で、離脱して下さい。」

「了解。ところで一つ良いですか?」

パイロットが質問してきた。珍しいなと思いつつ、カメラマンは返事をした。

「はい?」

「何か、重い荷物を載せましたか?」

「???いえ、何も。強いて言うなら、コイツですかね?」

カメラマンは、撮影機材のカメラを指差す。パイロットは、チラリと見てまた前を向く。

「違いますね。」

「違いますか。何か気になることでも?」

「いえ、若干なんですが操縦に違和感が。」

「違和感。」

「えぇ。少し重いんです、人1人分なんですがね。加えて、少し傾いているんです。重さが偏っているようで。」

「何でしょうな?まさか、とか?」

「そんなことをすれば、誰でも死ぬと思うんですがね。」

「ですよねー」

「そろそろセントラルタワーですが、どうします?」

「では、離脱し…………あっ!」

「どうしました!」

「消防車が、セントラルタワーに突っ込んだ!」

「何ですって!」

「すぐにセントラルタワーの屋上ヘリポートに向かってください!」

「……着陸許可は取ってませんよ。」

「救助などの緊急時には、着陸できるはずでは?」

「大丈夫ですが、認められますかね?」

「救助してる様子を撮影していれば大丈夫ですよ!早くヘリポートへ‼」

「了解。」



ヘリの足に、人はいない。


あるのは、消防士が使う頑丈なロープの結び目。


その少し下には、ロープにつかまる白髪の多い青年。


体に巻き付けることなく、手だけでロープにつかまっている。飛び立った時から掴まっている。まるで、追跡から逃れた怪盗の様である。どこで降りるか考えあぐねていたが、どうやら目的の人物が居る場所へと向かってくれているようなので、そのまま掴まっていることにした。

「手を放せば死ねるかもしれないけど、飛び降りは前に試して失敗したし、掃除が大変で迷惑だろうな。」



「ハァッ!ハァッ!!ハックショオーーーン!!!」

今まで一番の大きなクシャミが、暗く冷たい部屋に響く。

「寒い……寒すぎる…………早く止まって欲しい………………」

弱音を吐く侍だったが、振動が無くなった事に気がついた。

「止まったようでゴザルな。」

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