道程

 「仕切り直しでゴザルな。」

「そうだな、どっちが勝っても恨みっこ無しだゼ。」

「相、分かった。」

「よし!」

酒場の隣の路地で、カウボーイと侍は互いに得物に手を掛けながら、にらみ合う。初対面の人間同士のただの口喧嘩から、まさかの殺し合いである。本来ならば稀有なケースである。しかしお互いに、心酔している文化に属すはずの人間が、自身が所属していた忌み嫌う文化を信奉している。文化は東西で完全に逆だが、同族嫌悪からの敵対が主な理由かもしれない。

もしくは、相手と自分が同じ殺し屋と気付いたことによる、縄張り争いなのかも知れない。このアスタリスクシティの土地柄と相手の持つ物騒な物から、だいたいの予想はつく。どちらの理由にしろ、そんなことは本人を含めた誰も分からない。ケンカや争いの理由なんて、どうでもいいのである。

今はただ、目の前の標的を殺す事しか頭にないのである。

「装填は済んだで、ゴザルか。」

「オフコース!そっちは、鞘から抜かなくていいのか?」

「このままで。」

「そうか。」

「………………………………」

「………………………………」

始めるタイミングを探り合う。枯れ草の塊が、乾いた大地を転がっているわけでもないし、立会人が居ない以上は後ろを向いて3歩ほど歩いたら振り返り攻撃する、なんてことも出来ない。そもそも銃と刀、遠距離武器と近接武器では、異種すぎて難しい。だからこそ、探り合っている。酒場での一悶着で、お互いに只者では無い事は分かっている。異なる武器への対処法は、当然知っているはず。迂闊に手は出せない。ほんの少しの時間が、何時間にも感じられた。先に動いたのはだった。


「踊ってもらうゼ、死のワルツ!」

叫ぶと同時に、弾丸を2つ放つ。しかし侍には当たらない。1発目が撃たれた時点で、すでに射線上にはいなかった。侍は、ジグザグに動き狙いを定められない様にしつつ、徐々にカウボーイとの間合いを詰めていく。3・4発目も見事にかわされる。5発目が銃から飛び出した時には、すでに侍の間合いであった。真一文字の一閃を描こうとする刃が、鞘から飛び出そうとする。だが、勝負は簡単にはつかなかった。カウボーイは後ろに下がらず、敢えて侍に向かって走り、引き抜こうとする腕を抑えた。刀が抜かれなければ斬られもしない。しかし、こちらも引き金が引けない。膠着するかと思われたが、侍は柄を掴む右手ではなく鞘を持つ左手を後ろに引いた。そしてその鞘でカウボーイの右ほほを、ぶっ叩いた。

「ドハッ!」

そのままカウボーイは、壁まで吹き飛ばされた。とどめの一撃とばかりに、侍は刀の刃を向けて突きを食らわせた。刀が突き刺さったのは、壁だった。わずかに身をずらしたおかげで刺さらなかったのだ。そのままカウボーイは6発目の弾丸を放つ。侍は完全に射線上にいた。刀がかなり深く刺さっていたようで、抜いた勢いで避けることは出来ない。そこで、深く刺さっていることを逆に利用して、刀を軸に、侍は身体を一回転させたのである。弾は、また誰もいない空中を飛んでいく。代わりにブーツを履いた足による蹴りが、侍の体を刀ごと吹き飛ばした。

「ぐぬっ!」

うめき声と共に侍は空を飛び、少し離れた所に着地した。ズザザァッと地面を擦る音を鳴らし終わり、停止したところでカウボーイを見る。足元には、6つの薬莢が転がっていた。すでに次弾装填、リロードは完了しているのである。照準を合わされる前に、侍は表の通りに飛び出した。カウボーイは銃を下すと、クルクルと回しながらホルスターに納めた。

「逃げた………………か?」

有利な距離を取っている現状では、近づくメリットは無い。しかし当てなければ殺せない。手が出せない状況である。ホルスターに手を掛けつつ、動かずに侍の出方を待つ。しばらく待ったが、音沙汰は無い。ゆっくりと、少しずつ、表通りへにじり寄る。侍が消えた街角に、カウボーイは飛び出した。誰も居ないのである。あるのは、停止した冷凍・冷蔵品を運べる車だけである。

「アレ!本当にどこに行った侍???」

見渡すものの、どこにも居ない。眉間にしわを寄せつつ、汗をかきつつも、手はそのままホルスターに掛けたままにする。

「…………居ないんだけど……………………」

侍ならば、逃げずに正々堂々と戦うはず。隠れている可能性もあるが、そんな事が出来る場所もない。元いた路地裏に戻ったり、酒場の中や通りの向こうを見たりするも、影すらない。カウボーイが酒場の前で気張ったままいると、冷凍冷蔵車が進みだした。咄嗟にホルスターから銃を抜き、カウボーイは構えた。

「そこかっ!」

カウボーイは路上に飛び込んだ。狙いをつけるは、車の下である。しかし、そこにも居ない。

「うーーーん!!!」

苛立ちを募らせつつ立ち上がり、走り出した冷凍冷蔵車を見送る。ゆっくりと走る車に背を向け、辺りを見回した。その時、違和感を覚えた。何かが気になり、もう一度車を見つめる。信号を過ぎた時に、ようやく気が付いた。車の荷台から、何かが飛び出ているのである。刃である。カウボーイは急いで酒場に飛び込んで、店長を問いただす。

「マスター!」

「マスターじゃなくて、店長。喧嘩は終わったのか?」

「それより!さっきまで店の前に止まってた車、どこに行くんだっ?」

「えぇーと確か……セントラルタワーにオープンする店に行くって言ってたな。」

それを聞くや否や、カウボーイは店を飛び出しタクシーを捕まえ乗り込んだ。

「セントラルタワーまで!」


「寒い……寒いでゴザル…………」

ガタガタと、侍は震えている。間合いを詰めるために車の荷台に身をひそめたのだが、扉を閉められてしまい出られなくなってしまったのである。壁に刀を突き刺し穴を開けようとした。が、そこを狙われるかもしれないと思っていると、車が走り出してしまったのである。停車して開けてもらう事を待つ方が得策だと考え、侍は刀を鞘に収め床に座る。

「心頭滅却すれば火もまた涼し!人工的な寒さならば、温室と思えるでゴザル!!!」

侍は、しばし冷凍マグロの気持ちを味わうのである。


「ブヘックショーン!」

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