道半ば

 炎と煙が舞い上がる中、死なない男と死ねない男が向かい合う。互いの強運と悪運が、ぶつかり合おうとしていた。

「お前さん、手持ちの武器は何だい?」

「普通は明かさないとは思うんだけど…………」

「良いじゃないかぁ!ちなみに俺は、ナイフが1本だけだ。」

「じゃあ僕は、持ってないよ。」

「そんな訳ないだろー!」

「無いよ。いつも手ぶらで行って、襲撃先で奪った武器を仕事で使ってるから。」

「凄いな!まぁ、俺は銃が怖いんで、信頼できるナイフだな。」

「あんたの趣味趣向は、聞いてないんだけど……」

「そうか!でも良いのか、今の時点では俺の方が有利だぞ。」

「確かにこっちは何も無いだけど、そっちだって近づくか投げるしかないだろ?」

「うーん…………なら、コレはどうだ?」

死なない男はそう言うと、ナイフを投げた。投げた方向は死ねない男、のはるか頭上であるが。完全に外していると思われたナイフは、右に左に、壁に当たって跳ね返る。回転しながら跳ね回るナイフは、とうとう死ねない男の後頭部へ向かっていく。しかし、そこに頭は無かった。死ねない男は、カラスに刺さったナイフを拾うために屈んでいたのである。すぐにナイフを投げると、投げたうち2本は炎の中に、1本は死なない男の足に当たった。死なない男の投げたナイフは、跳ね返り終わると地面を転がり、カラカラカラッと音を立てながら炎に吸い込まれた。

「終わりかな……」

「グハッ!」

「……………………」

「なーんちゃって!!!」

死なない男はナイフが当たった足から、突如、

銃がナイフの刃を、阻んだのである。死ねない男も流石に驚き、避けきれず二の腕を弾が掠めていった。急いで物陰に身を隠す死ねない男に、足にぶつかり地面に落ちたナイフを炎に放り込みながら、死なない男は話かけた。

「ビックリしたか?」

「あんた、銃は怖いんじゃなかったかの?」

「怖いよ?だからって、持たないとは言ってないだろ〜」

「いや、ナイフを1本しか持ってないって。」

「ナイフは、な!」

「卑怯だね。それで今まで生き延びてきたの???」

「何を言ってるんだ、ちゃんとした戦略だよ〜」

「どこが……」

「それにお前は自分で言ったじゃないか。手持ちを『普通は明かさない』んだろ?」

「………………………………」

「さぁ、負けを認めて出て来いよ。」

ゆっくりと出てきた死ねない男に対し、死なない男もゆっくり近づく。邪魔が入らない様に、しっかりと、密着して、零距離射撃を行おうとした。

「最期に言いたい事は?」

「殺してくれて、ありがとう。」

死なない男は、引き金を引いた。しかし、弾が出ない。見ると、金属片が挟まり発射できなくなって居たのである。

「マジかっ!」

死なない男が驚くのも気にせず、死ねない男は銃を奪い取ると炎の中へと投げ込み、左の拳をくり出した。流石に死なない男は殴り込まれた拳を避け、後ろに下がった。

「クソッ!これだから、フルオートは!!!」

「挟まってたのは……ナイフの刃だね…………怪我しない代わりに、殺せなかった。」

「不幸中の幸い、ってわけだ。」

「違うよ。」

死ねない男は、断言した。

「違くは無いだろ。というか、あんな奇跡の後でよくも冷静でいられるな。」

「奇跡?僕からしたら、だよ。似たような経験を、何百回としてきたんだから。」

小さくため息をついた後、うつむきながら言葉を続けた。

「僕からすれば、死に直面して回避することは、朝に太陽が昇ることぐらい自然な事なんだ。」

「そんな超能力が、常に発動してるとは参ったね~」

「自分でも、そう思う。」

「まっ、俺は奇跡を自分で起こす派だけどな!」

「で、どうすんの?まさか拳と拳で殴り合う、とかじゃないでしょ……」

死なない男は思案したかと思えば、急に喋り出した。

、でもするか?」

「車が無いじゃないか。」

「いや、有る。」

「???」

「もうじき来るよ。ホラ!」

そう言うと、音がした。とある音が二人の耳に聞こえてきた。サイレンである。炎上した車を鎮火するためにやってきた、消防車である。


「下がって下さい!下がって下さい!!!」

スピーカーから大きな声が聞こえると、消防車は停止し数人の消防士が降りてきた。作業をしている中、運転席にいた消防士はいきなり車外に放り出された。

「なんだ!」

「よし、行くか!」

死なない男は乗り込むと、思い切りアクセルを踏んだ。急発進で、路上の物やゴミなどを気にせず走り、炎の方へと突っ込もうとした。炎と消防車の間にあるのは、熱された空気と、静かな地面と、微動だにしない死ねない男だけだった。

「あの人、またウソついた……」

呆れている死ねない男に、窓から身を乗り出した死なない男は叫んだ。

「するかと聞いたが、するとは言ってない。

「ハァ……」

「さぁ、俺の勝ちだー!!!」

アクセルを踏み抜いて、死なない男の乗る消防車は、死ねない男に突っ込んだ。


ブロロロブオーーーーーーーーーン


死ねない男がいた場所を、確実に通り過ぎた。炎を突き抜け、爆発したトラックにドカンッとぶつかる。そのまま押しのけて、死ねない男の細切れになったはずの死体がある場所を、振り返って見た。そこには、死ねない男が居た。地べたに這いつくばった、死ねない男が生きていた。消防車と地面の間に潜り込んだのである。

「カッーーー!また失敗か!!!」

死ねない男は急いで、ブレーキを踏みバックで戻ろうとした。しかし、効かない。足元のフットブレーキ、運転席の横のサイドブレーキも、ギアのエンジンブレーキも、全てのブレーキも効かない。それどころか、ますます加速する。さっき炎上したトラックとぶつかった衝撃で、消防車は故障してしまったのである。やめられない。止まらない。止められない。やめる事が出来ない。これには、死なない男も慌てる。


「これは不味い!!!!!!」


目の前には、建物の壁がある。消防車は止まれずぶつかるも、壁をぶち抜いた。その次の壁も、そのまた次の壁も壊して進んだ。ドンドン壁や建物を壊し続けながら、消防車は走り続ける。街の中心の新しいビル、セントラルタワーに向かって、ドンドンと進み続ける。


「あーあ、凄い事をしてるな。」

死ねない男は起き上がって、ぶち抜かれた壁を見る。遠くには、走り続ける消防車が砂煙の合間からチラチラと見えるだけだった。

「追う……べきだよなぁ………………」

少し悩んだが、今までで最も自分を殺してくれそうな男の登場に、内心では、

いよいよ死ねる時が来た。たった一人で自分をここまで追い詰めた男は、初めてだったからである。

「でも、徒歩じゃ間に合わないし。かといった何か早い乗り物は……」

死ねない男が追跡手段に困っていると、近くから声が聞こえてきた。

「凄いスクープだ!撮れ撮れ!!!」

「待って下さいよ!急いで来たから、準備が!」

「早くしろー!その間に、生中継の交渉してるから!」

「了解です!」

テレビの撮影スタッフである。大きな火事になっている現場を撮影しに来たのであろう。死なない男は撮影スタッフが来た方に少し移動して、周囲を見回した時に、あるものが目についた。テレビの取材クルーを運んできた、である。


そのヘリに向かって、死ねない男は歩き出す。

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