重なる世界

アルコールが齎す奇妙な縁について

 公園のベンチに腰掛け、缶チューハイのプルタブを引っ掻く。

 今日は、最近では比較的早い方の上がりだ。だから、いつもの彼女を待つには早過ぎるのだけれど、習慣になってしまったので一足早く──三足くらいかもしれないが──こうして酒を嗜んでいるというわけだ。


 何も考えずぼうっとしていると、隣に男が座る。

 いや、座るというか、ぶつかるというか。男が勢いよく身体を預けて、ベンチがそれを受け止めたとも言える。とにかく、僕はその衝撃の余波でチューハイをこぼしかけた。

 こんな時、文句の一つでも言える人間だったなら、僕はもう少しこの社会でも強く生きられたのかもしれない。だが悲しいかな、僕は気が弱いのだ。こんなあからさまにやばそうな奴に、しかも明らかに酒の匂いをさせている奴に、声を掛けるなんて無理だ。僕が声を掛けられるのは、せいぜい顔見知った女子高生が関の山だ。


「あ─…?悪い、揺らしちまったかぁ?」


 ニット帽を被ったその男は、よくよく見れば若かった。二枚目というわけではないが、野生味というか、僕が持ち得ない、今後も持ち得られそうにない格好良さを感じる男だった。


「なんだ、兄ちゃんも酒呑んでたのかぁ!はは、俺もさっきまで呑んでてよ」


 僕の右手に握られた缶を見て、何が嬉しいのか、肩を勢いよく叩かれる。

 返事なんて一度もしてないのに、彼は一人で楽しそうに喋っている。喋る肉の話だとか、船がどうとか、脈絡も段落もなく思いつくままに口から出ているのだろうか。誰だ羅郡丸って。泣くな。


「ちょっと君、酔い過ぎてないか」


 極力目を合わせないようしながら、そして缶チューハイを一度呷ってから、彼に言う。


「ああ?そうか?まあ…久しぶりに酒呑んだからよ、ちょっと酔ってるかもしんねえなぁ。悪い、迷惑かけたかー?」


 存外に素直に話を聞くものだから、少し拍子抜けする。少年のように大口を開けて笑う姿を見て、なんだか警戒していたのが馬鹿らしくなってきた。


「まぁ、いいけどさ。これ飲んで落ち着いたら帰ったらどうだい、──誰かに迷惑掛ける前に」


 最後にぼそ、というあたり、やはり僕は小心者だ。

 買ったばかりのコンビニ袋の中から水を取り出して渡すと、彼は驚いたように動きを止めた。


「あれ、いらない?」

「──ああいや、ありがたく貰うぜ」


 そう言うと彼はキャップを開けて、水を一気飲みした。


「なあ兄ちゃんよ、名前、なんて言うんだ」

「…は?名前?クリスタルガイザーだけど」

「──!」


 ただの水がそんなに美味かったのだろうか。彼は目を見開いてこちらを見た。


「めちゃくちゃイカした名前だな…」

「まあ格好良い名前ではあるよな」


 有名な銘柄ではあるが、特に気にしたことはない。何がお気に召したのか、彼は上機嫌に穏やかな微笑みを浮かべながら告げた。


「俺はな、さいアルティメットって呼ばれてんだ」

「なんて?」


 耳がおかしくなったのだろうか。いや頭か。


「いいだろ、俺も気に入ってんだ」

「お前さん、宇宙人か何かか?」

「ところでガイザー、海と山ならどっちが好きだ?」

「話聞けよ」誰だよガイザー。


 その後、何がどうなったか、彼とは短くない付き合いになるわけだが、ここでは割愛しよう。というか、話すほどの事でもない。

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