素敵な一日

「いらっしゃい──おや、珍しいお客様だね」

「うん、元気かなって」


 彼女を見たのは一体何年振りだろうか。予約もせずに来店するお客様は偶にいれども、僕が元気かをわざわざ見に来店するお客様は彼女の他にいない。性格も、その姿も、相変わらずだ。

 ただでさえ希少なストロベリーブロンドの髪を長く伸ばした彼女の容姿は、類を見ない程優れている。少し前に入社したばかりの新人の子が見惚れてしまったのか、手が止まってしまっている。


「君が来ると店が騒ついて仕方ないな」

「──?そうなんだ」


 この女性がこの店に─一応、僕の営む店に─来るのはとても不定期だ。それも、髪を切りに来たことの方が少ない。

 初めて会ったのは十年近く前の筈だけれど、全く見た目が変わらないのはどういうからくりなんだか。


「ガク、歳、とった?」

「ええ、そりゃもう」


 当たり前のことを聞かれて、つい噴き出してしまう。本人は何が可笑しいのかわからないのか、真顔で首を捻っている。


「今日はどうする?また、ただ僕を見にきただけかい?」

「ん?──あ、そうだ」


 彼女は何かを思い出したのか、奥の空いている椅子へと向かい、座った。彼女は昔からそこに座るし、今でも普段から空けている場所だ。特別なお客様が来た時、使わせてもらっている。


「綺麗にして」

「今以上に?」

「出来ない?」

「まさか」


 復帰して時間が経っていて良かった。彼女は僕が塞ぎ込んでいた頃にも、こうして変わらない調子で会いに来てくれていた。辛く当たってしまったこともある。


「元気そう」

「お陰様で」

「嘘」


 そう言うと、ふふ、と笑う。


「おめかしなんて、これから何処か行くのかな」

「うん。連れてってもらうの」

「デートですか、それはお相手が羨ましいな」

「思ってないでしょ」

「まさか」


 幸せそうだな、と思った。

 昔彼女を見た時は、その容姿に似合わない、大人の女性のような雰囲気がしていた。それが今は、歳相応の──歳なんて知らないけれど──恋する少女のような、そんな印象を受けた。


「出来ました」

「おお」

「如何ですか」

「いい感じ」

「それはよかった」


 彼女はひとしきり鏡を見て、満足そうに微笑む。


「そろそろ、行くね」

「そうか。じゃあ、楽しんで」

「お金」

「いいですよ、サービスです」

「そうなの?──ありがと」


 店から出る直前、彼女が振り返る。


「どうかしました?」

「そういえば、名前」

「名前?──ああ」


 そう、僕は彼女の名前を知らない。こんなに長いのに、お客様なのに。変な話だ。それでも、一向に教えてくれなかったのだから仕方ない。


「ビビ」

「ビビ──そうですか。また、ここでお待ちしてます、ビビ」

「ん」


 次は何年後だろうか。それでも、またきっと突然やってくるのだろう。そんな確信があった。

 彼女を見送って、呟く。


「素敵な一日を」

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