想いに花を開かせて その九

「あっ」


 目の前には廊下に胡座で座り込み、缶ビールで乾杯する親父、世羅貴文せらたかふみと千佳の父、樫井一也かしいかずやが居た。

 ここで何をしているのか──拓実は全てを察する。


「あー、ここひんやりしててええ感じやなあって話になってやな、うん。どうしたん拓実?奇遇やなあ」

「そうそう、今日は皆で飯しよかあ話になってな!それより拓実君、クソ親父はあかんで?…お義父さんやろ」

「あっこらカズそれは…」


 貴文が一也の失言をいさめようとする前に、顔を真っ赤にした拓実が叫ぶ。


「なぁに子供らの話盗み聞いとんねんッ!?」

「まあまあ待てや、確かにちょっとお節介やったとは思うやけどやなっ、良い感じにくっついたやないか!!な、ええ告白やったで、流石俺の息子やな……なんや頭抱え出して」

「今日のことは絶対忘れへんからなッ…!!」

「おっそらええことやな、千佳との記念日大切にしたってな」

「お父さんほんま嫌い…!ころして…ころしてぇっ……!」


 千佳は布団に潜り込みながら、呻いていた。


 一階に降りてみれば母二人も待っている。

 全てを知っていた千佳の母、京子と。

 一人だけ何も知らされていなかったのだろう、些か不服そうな顔をした拓実の母、美冬みふゆだ。


 事の真相は至って単純だった。

 結局は両家とも関東に引っ越すにも関わらず、二人に早く交際を始めて欲しかった父二人組と京子によるお節介。

 もっと早い内にバレるだろう、という予測を他所に上手く行き過ぎてしまったという、それだけ。


 引っ越しの準備を放置して開かれた両家の宴会では、酔っ払った親馬鹿達と照れ臭さで真っ赤になったままの子供達が夜通し騒いでいたらしい。


 ◇


「親の仲が良すぎるんも考えものやな」

「次同じようなことしたら、絶対口利かへん…」


 太陽が傾きはじめ、赤く色付けられた二人が遊歩道を歩く。

 拓実が少しだけ、前を歩いている。

 二人のなんとも言えない無言の間を、蝉の鳴き声が埋めていく。


「ん?」


 ふと、拓実のスマートフォンが振動する。


「お、たっつんから電話」

「梶原君?なんやろ」

「もしもし?」

『聞いたぞ、俺の一世一代の告白を見物しようとしてたってな』

「あ。いや、それはあの二人に騙されてんで、俺はそんなことする気もなかったなぁ」

『………まぁいいか。あの二人はばっちり覗いていったからさっき見物料を接収したところだ』


 行かなくてよかった、と拓実は自分の心許ない財布を思い出した。とりあえず笑って誤魔化す。


「で、で!どうやったんや!?なんて言うたん!?」

『お前、ある意味奴らよりも性格タチが悪いぞ』


 笑って誤魔化す。


『ったく……駄目だった。言ったのは勿論、"好きだ、付き合ってくれ"だ。これで満足か?ん?』

「マジかたっつん…かっこいいな…でもあかんかったんやな」

『残念ながらな。…なんでだ?』


 巽はかなり男前な部類ではあるが、拓実を含む三人と交友が深いだけあってどこかずれている所があるのは事実だ。


「ええ…好みじゃなかったとか…中身知ってたとか…あ、なんか理由とか訊かれへんかったん?」


 それとなく、拓実が一番知りたがっていた部分に踏み込む。

 好きになってもいい理由。そんな、拓実の期待は──


『訊かれたな、ちゃんと答えたぞ。"顔が良くて、乳が大きいところだ"ってな』

「いやお前それでよく自信満々に言うたな。絶対それやんけ」


 ──脆く崩れ去った。


 そもそも、期待を寄せる相手を間違っていたことに拓実はようやく気付く。


『なんだと!?俺の純情な想いになんてことを言うんだお前は』

「劣情しかないっちゅうねん。はあ〜…」

『なんて薄情な奴らだ。揃いも揃って同じことを言いやがって』


 せやろな、と呆れながらまた溜息を吐く。


「ていうかそんな可愛かったん?誰やっけ」

『三組の九条』

「あー。九条さんな。確かに可愛いわ」

「!?」


 後ろでなんの話か、と耳をそばだてていた千佳がぎょっとした顔をしているが、拓実は気付いていない。


「おっ!?何や千佳、痛いっ、痛い!?ちょ、切るわたっつんどんまい!」


『あっ』と聞こえたが緊急事態なので仕方ない。

 後ろから千佳に殴られ、ようやく異変に気付いた拓実が何事か、と振り返る。


「う、浮気か!?」

「はぁ!?ちゃうわ何の話やねんッ」

「だって今九条さんが可愛いとかなんとか言うてたやん!?」

「たっつんが告白した相手の話やっ、それにお前の方が顔可愛いやろがいッ」

「うぇ!?」


 千佳の手が止まる。

 "人の告白の覗き見"という褒められたものではない行為の話を説明するのは気が進まないが、妙な誤解は早めに解いておきたい。


「あ…。まぁええか…つまりやな…」


 拓実が今日の経緯について千佳に説明する。

 終始呆れたような目で見られたが、誤解は解けたらしい。


「なにしとるんやあんたら…」

「まあまあ、俺は未遂やから」

「同じやあほ」

「にしてもたっつん、ツラと乳で告白までするってほんま…」


 期待外れもいいところだと呆れる他ない。


「……"好き"ってもうちょいなんかちゃんとした理由あるもんやろ」


 思っていたことが拓実の口をついて出る。

 すると、千佳が不思議そうな顔をした。


「え、ちゃんとした理由って…いる?」

「え?」

「そういうのって、全部後付けちゃうの?」


 千佳は考えるように顎に手を当て、首を傾げる。


「なんか好きやぁ、ってなって、何でやろって考えて分かることもあるやろけど、そうじゃないことも普通にあるんと違う?」

「え、ん?そ、そうなん?」

「やから、梶原君の"顔が好き"とかもちゃん

 とした理由やと思うし…そもそも理由とかどうでも良くない?そんなん、お互いに好きなんやなってわかり合ってたらええんちゃうって思うねんけど──って私何言わされとんの!?」


 その言葉は、拓実の胸に驚く程自然に入り込んでいた。

 拓実は理由が必要だと思った。

 でないと、千佳への想いが証明出来ないような気がしていたから。


「あんな、」


 拓実は、今考えていることを言葉にしようとする。

 多分、大切なことだ。


「──俺、実は千佳のどこが好きかようわかってへんねん」


 それを聞いて、千佳は何かを察したように拓実の顔を見た。


「だってや、昔からずっと一緒におって周り見てもお前が一番可愛いし、話のテンポ一番合うんお前やし、一緒におっても気ぃ張らんで済むし、一生誰かとおるんやったらお前がええなって思っただけ──」

「ちょちょちょ、急にぶっ込むんやめてくれるっ!?なんなん!?さっきと言うてること違くない!?わかってない言うたやんっ」

「いやわかってへんって!こんなん普通に思うことやろッ!?好きなとこって言われたらなんかこう…ある筈やんッ!?」

「ほんまっ、ほんまそういうとこやぞあんたっ…!!」


 千佳に背中をぐいぐいと押される。

 話を続けようとしても、


「こっちみんなあほ!!もうこの話終わりっ、さっさと歩けっ」


 と遮られる。


 どういうことかはわからないが、何かこのままでも大丈夫らしいというのは理解した…気がする。


 ふと、店先に貼られた紙に目が引かれる。


「あ」

「なんや、まだなんかあるんかっ!?」

「ちゃうわ、そろそろ落ち着かんかい。そうやなくてやな、あれ」

「あれって…」


 拓実の指の指す方を、千佳が見る。


「いや、なんか結局"っぽい"ことってしてへんなって」

「…っ!…そ、そうやな」

「じゃあ」


 拓実が、ごく普通のことだとばかりに言う。


「二人で見にいこか、花火」


 蝉が夏を連れてくる。

 夏が夜空に花開く。

 その花を、二人は忘れない。


 そんな普通なことに、きっと理由なんかは要らない。


 少なくとも、二人には。

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