想いに花を開かせて その三

 高校二年生の終業式が終わり、冬がもうすぐ終わりを迎える。

 春休みであろうが机に向かってテキストを開く拓実の姿は、大学受験を控えた学生の規範と言ってもいいかもしれない。

 拓実の志望校のレベルは高いわけではないが低くもなく、現在のペースで行けば無難に合格出来るだろう、といったところだ。

 幼馴染の千佳は難関校を受けると聞いているが、彼女が勉強に打ち込む姿にはあまり心当たりがない。なんなら、背後の拓実のベッドに寝そべりながら漫画を読んでいる始末だ。

 それでも学力的に不足はないどころか余裕があるというのだから、世の中は不公平だと思わざるを得ない。


「なぁ」

「………」

「なぁってば」

「………」

「聞こえとるやろー?無視すんなあ」


 不機嫌そうな声色で呼び掛ける千佳に、無性に腹が立ってきた。


「あえて無視してんねんわかるか!?勉強!勉強してんねん俺ッ、な!?目ぇ付いとらんのか!?」

「うっさいなぁ、声でかいねん…ってか拓、勉強そんなせんでも大丈夫やん」


 拓実が声を荒らげるが、千佳はただ煩そうに目を細める。


「お前みたいに余裕あるわけちゃうんや…ってか、何自分の部屋みたいにくつろいでんねん。ええ加減あっち帰れや」


 拓実が自室の窓の外を指差す。千佳の部屋だ。


「今更何言うてんの。昔っから私との共同部屋みたいなもんやろ」

「ぐ…」


 千佳の言葉はあながち間違いではない。

 生まれた病院も日時もほぼ同じ、両親同士は仲も良く、父親二人は仕事でも付き合いが深い。おまけに家は隣同士と来たものだ。

 拓実と千佳がずっと一緒に育ってきたのは、当然と言えば当然だった。


「…にしたってや、その格好はないやろ」


 緩いオーバサイズのシャツにショートパンツ、そんな格好でベッドで寛がれているのだから、集中を削がれるに決まっている。


「家でくらい緩くしとってもええやん」

「やからお前んちちゃうねんッ…!」


 千佳は気にもしない様子で漫画から目を逸らしもしない。

 学校ではこんな締まらない姿は一切見せないが、帰った途端にこうだ。


「やからあ、実質私の家みたいなもん─…ん、もしもし?あ、お母さん」


 千佳のスマートフォンが振動する。

 この時間帯に掛かってくるということは、おそらくは夕食の話だろう。


「そうなん?わかったー。んじゃ準備しとく」

「なんや、帰るんか」

「うん。なに?帰ってほしくなかった?」


 したり顔で千佳が言う。


「アホ言え。頼むからさっさと帰ってくれや」


 それに拓実が渾身の嫌な顔で返す。


「しゃあないなあ…ほなねー」

「窓から出入りとかほんまに漫画の読み過ぎやぞ…」


 両親が意図的に配置した子供同士の部屋を存分に活用しているとも言うが、実際に窓から部屋を行き来している様は見ていて心臓に悪い。二階なのだから、何かあったら怪我では済まないかもしれない。

 自分よりも運動神経がずば抜けて優秀な千佳に対して、心配し過ぎなのかもしれないが。


「あれ?千佳ちゃん帰ったん?」


 千佳が帰った後しばらく勉強を続けていると、一階から母親が部屋を覗きに来る。


「好きなだけぐーたらしたら、そこから帰ってったわ。どんな教育しとるんか、親の顔が見てみたいわ」

「四人の親の半分は毎日見とる私らやでー」

「アンタらの子供は残念ながら俺だけやねん、現実見てや」

「そんなん言うたって、私らからしたら二人とも自分の子供やねんで?あっちの二人もそう思ってるで」

「…まあ、皆からしても兄弟みたいなもんなんやろな…」


 小声で呟く。


「なんか言うた?」

「なんでもない…で何しにきたん?」

「あ。そうそう、今日ご飯食べ行くぞー、ってお父さんから連絡あったから準備しー言いに来たんやったわ」


 それを聞いて拓実は表情を変える。


「マジか、何処行くん?聞いた?」

「しらーん。もうちょいしたら着くからーって、早よしいやー」


 それだけ言うと手をひらひらさせながら一階へと戻って行った。

 にしても、外食とは珍しい。

 父は母の手料理が大好きで、中々外食する機会がない。

 久々の母以外の食事に、拓実は心を躍らせていた。

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