想いに花を開かせて その二

 樫井千佳かしいちかは悩んでいた。

 小さな頃からずっと好意を抱いていた幼馴染、世羅拓実せらたくみと交際を始めることが出来てから、もう四ヶ月。

 であるのに、関係性の名前が変わっただけで特に何も進展がないのだ。

 関係性の変わったその日くらいはなんとなく甘い雰囲気があったもののとある事情からぶち壊され。

 その後は引っ越しの準備だったり級友への挨拶だったりで目が回るような忙しさだった為、恋人らしいことは何も出来ていない。


 そんなこんなで、いつの間にかこれまでと大して変わらない距離感に戻ってしまっていた。


「なぁ、聞いとる?明希あきちゃん」

「聞いてるよー?でもねちーちゃん、そんなレベルの高いことを私に聞いてもいい返しが来るとは思わないでほしいな…!」


 学級委員長である千佳の正面に座るのは副委員長の明希向日葵あきひなただ。

 二人は向かい合わせにした机に向かい合わせに座りながら、委員の仕事をしている。

 仕事の手は止めないまま千佳は最近の悩みを溢すが、向日葵ひなたは千佳に慣れない恋愛の話を振られ、顔を赤くして困っていた。


「そんなん言うても、明希ちゃんの方が青春っぽいことしとるやんかぁ。例の図書館の彼!そっちはどうなっとるんかな〜?」

「んー、まだちょっと心開いてくれてない感じはあるかなぁ」


 図書館でよく見かける男の子が気になっていて、少し前にようやく話しかけることができた──という話を千佳は向日葵ひなたから聞いていた。

 十中八九恋愛感情なのだとは思うが、この暖かい陽だまりのような可愛らしい少女に好意を向けられて尚未だ進展がないとは。


「明希ちゃん相手でそれは…恋愛って難しいなぁ」

「べ、別に私はそういうつもりじゃないからね!?」

「はいはいそういうことにしとこか……よし、お仕事終わり、と」

「あ。ごめんね、私殆ど何もしてないや」

「話聞いてくれたし。チャラにしとく」


 千佳は軽く笑いながら机に広がった書類を手際よく片付けていく。


「にしても流石だなあ、ちーちゃん」

「何がー?褒めてもなんも出えへんで」

「今日もすぐ仕事終わらせちゃったし。転入してきてすぐ生徒会にスカウトされたりとか、バレー部のエースになったりとか!凄いと思うなあ」

「私からしたら、将来どうしたいかはっきり分かってる明希ちゃんの方が凄いと思うけどなあ」


 仕事が出来るだけ、運動が出来るだけ。千佳はそう言って帰り支度を済ませる。


「よし、じゃあ帰ろか」

「うん!あ、私職員室に寄っていくから先に帰ってていいよ」

「おっけー。で、帰りはそのまま図書館やろ?」


 はにかみながら向日葵が頷く。

 少し、彼女が羨ましくなった。


 ◇


 教室の外から誰かの話し声が聞こえた。

 これはもしや、たっつんの告白相手が動き出してのではないのかと思い、男三人は妙な緊張感に包まれていた。


 固まること数秒。


「あれ、たく?まだ残ってたん?」


 そんな間の抜けた声と共に教室を覗き込んできたのは千佳ちかだった。


「………千佳かいなっ…!」


 恭弥きょうや大地だいちが息をしていなかったのだろうかと思う程に大きな溜息を吐く。


「…なんやその反応」

「え?あ。いやなんでもないねん!」


 焦ったように手を振り、それを胡散臭そうな表情で千佳が拓実を見た。


「ふうん…私、帰るけど」

「部活ないんか?」

「体育館が修繕で今日は休み。拓…と田嶋君と夏目君はなんかしてるの?」


 恭弥と大地がいることに気付いた千佳が、取り繕うように標準語で問いかけた。


「…!そうなんだよ樫井ちゃん、実は…」


 一瞬目を見開き、流暢に喋り出した恭弥に何かを勘づいた拓実が、慌てて遮る。


「あーー!!いやなんでもないない、今俺も帰るとこやっ」

「この野郎逃げんのか!?」

「何の話かわからへんなぁ!?いやあ千佳、良いところに来たな、惚れ直すわぁ」

「は、はぁ!?なに人前でとんでもないこと口走っとんの!?」

「じゃあな野朗共、結果わかったら電話してな!」


 離れていく教室から聞こえるブーイングを無視して昇降口へと向かう。


「な、なあ。夏目君めっちゃ怒っとったけどよかったん?」

「ええねんええねん。いや、ほんまタイミング良かったわ」

「調子ええこと言うて…そういうとこやで…」


 顔を伏せて千佳の声が小さくなっていくが、前を歩く拓実が気づくことはない。


「聞いてや、どんな感じで付き合い始めたんやとか恭弥が言い出してやな…」

「話したん!?」


 掴みかかるような勢いで千佳が拓実に詰め寄る。


「言うわけないやろ!?」

「や、やよな。ごめん」

「流石に全貌まで話したら一生ネタにされるやろからな…」


 暑くなりだした通学路を二人が歩く。

 日が落ちるのが随分と緩やかになっていることを、首筋を伝う汗が教えてくれる。


 交際を始めた切っ掛け、それは高校二年生の終業式が終わり春休みに差し掛かってすぐのことだった。

 二人にとっては甘くてやや苦い、そんな思い出だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る