想いに花を開かせて

想いに花を開かせて その一

 梅雨が過ぎ、蝉が夏を連れてくる。

 西の都から関東に越してきて早四ヶ月が経とうとしている、そんな頃だ。


 放課後の教室。

 大地だいち拓実たくみ恭弥きょうや…そして今はいないもう一人。

 ホームルームが終わった後、無意味に教室に残り雑談に興じるのが彼らのいつもの流れだ。


 だが、今日は少し様子が違った。


「あっつぅ…」

「言うなや…こっちまであつなるやんけ…」

「どっちでも変わんねえよ…」

「いやホンマに、もう帰ろうや。な?」


 関西弁の少年、世羅拓実せらたくみが心底嫌そうな顔でぼやく。


「まあ待てって…もうすぐ時間なんだからよ…」


 無表情のまま汗をかきながら、田嶋恭弥たじまきょうやが抑揚の無い声で言う。

 大きな図体に加えて表情が硬い為誤解されやすいが、実際は愉快な男子高校生だ。


「人の告白覗きに行くとかシュミ悪いで?な?やめとこ?」

「お前もさっきまで乗り気だったろ!?暑さに負けるとかだらしねぇぞ拓実ィ!」

「いやお前あっつぅ言うてたやん…」


 暑い中さらに熱苦しく叫ぶのは夏目大地なつめだいちだ。

 恭弥とは対象的に、大地は表情がころころ変わる上に喧しい。



 彼らは待っていた。


 いつもであればもう一人いる友人、"たっつん"こと梶原巽かじわらたつみが今朝、違うクラスの女子に恋文を出したと宣言したのだ。


『俺、リア充になるから』


 朝のホームルーム前の話だ。

 下らない話をしていたいつもの彼らに、たっつんはそう告げた。


『放課後十六時体育館裏…来るなよ』


 たっつんは眼鏡をくい、と上げると普段は見せないような真剣な顔で自分の席に戻って行く。

 たっつんは隠し事が苦手だった。


「大地、コイツは彼女持ちだからこんなこと言うんだぜ。…全く、羨ましいもんだなぁ?」


 無表情でわかりにくいが、拳を握りしめている辺り本気で悔しいのだろう。


「本当にどうなってるんだよこの世の中はよォ…普通隣のクラスに美少女が転入してきたら青春ドラマが始まるってもんだろ!?」

「彼氏もセットで転入とか誰得なんだよ、なあ?拓実君よお」

「あーーうるさいうるさい!あんまそゆこと言わんといてくれる!?仲間外れあかんと思うで!?」


 拓実は顔を赤くしながら喚く。

 付き合い始めて五ヶ月…ちょうど転入前に幼馴染と交際を始めた彼にはまだ恥じらいがあった。


「どっちからどう告白してどうなってどこまで行ってるのか吐いたら許してやるよ」

「絶対言わん」

「はぁーー!?お前関西人だろ乗ってこいよォ!?」

「ああーーッ!出たそういう関西人は面白いことやれやみたいな風潮ッ、俺大っ嫌いやねんやめてくれるゥ?」

「リア充に人権はねえんだよさっさと吐けやあっ!」

「お前ら、元気だな」


 今回の『たっつんの告白を応援しようの会』は恭弥の一言が切っ掛けで発足した。



「なあ、人を好きになるって凄くね」

「ど、どうした恭弥……キモいぞ」

「真面目な顔で真面目な事言うなや、らしくない……キモいで」

「真面目な顔で真面目な事言って何が悪いんだよ…ってか拓実は樫井ちゃんがいるだろ殺すぞ」

「やっ、アイツはちが、いや違くないけど、なんかホラ成り行きみたいな?」

「照れんな殺すぞ」

「話戻すぞ?いいか、俺は思う訳だ」


 怪訝な表情で大地と拓実が恭弥を見る。


「そこの裏切り者はともかく、俺達は本当の恋…人を好きになるという気持ちを知らない。俺達に彼女がいない理由はそこにあるんじゃあないのかッ…」

「恭弥…俺も…そう思ってたとこだっ…」

「ということで、たっつんの勇姿を見学もとい応援に行こうと思うんだ」

「絶対ネタにするやつやん」

「馬鹿言え…あいつが俺達に示そうとしてくれている道を無視する訳にはいかないだろ…しっかりカメラに収めないとな」

「鬼か?」

「拓実には必要無いかもしれねえけど、俺達には重要なことなんだよ!!止めてくれるなよ」


 揶揄う気なのか本気で学びたいのかが分からない熱量で二人が熱弁する。

 拓実が適当なツッコミを入れようとして、少し考える。


「…それ、俺も行くわ」

「お、拓実も乗り気になったか」

「あーいやなんていうか?他所様の恋愛はどうなってんのかなぁおもてな!?」

「なんか怪しいがまあ良しとしよう」

「よっしゃ、『たっつんの勇姿を撮影する会』だな!!」

「取り繕うんやめたな!?」


 そして、現在に至る。


「ってか、拓実も乗り気だったじゃん!?」

「せやけどホラ暑いし?なんかもうええかなみたいな」

「薄情な野朗だぜっ…!」

「いやたっつんに対して薄情なんはお前らの方が大概やで…」


 最初は抵抗がありそうだった拓実が一度乗り気になったのには、理由があった。


 拓実は幼馴染である樫井千佳と四ヶ月前に交際を始めた。

 元々、生まれた時から一緒にいる、家族と言っても差し支えない程の付き合いだ。

 交際に至ったのにはちょっとしたトラブルがあったりだとか、陰謀めいたものがあったりとか、そういった理由から勢いに近いものがあると拓実は考えていた。

 つまり、本当に自分が千佳のことを"好き"でいるのかが不安になっていたのだ。

 というのも、交際したという事実はあるものの、これといった進展がないのだ。

 ましてや千佳は見た目も良く勉学運動共に成績優秀、誰に対しても優しい──傍目から見れば誰が見ても完璧だった。


 それに対して、自分には特に何も無い。

 生まれた家庭自体は恵まれているものの、拓実自身は得意なことも特別好きなこともなく、顔が特別良いわけでもない。

 まさしく平凡、そう評されるに値する。


 そして、具体的に千佳のどこがどう好きなのかを問われれば、はっきりと口に出せない。


 だから、知りたかった。他人は何をもって"人を好きである"と大手を振れるのかを。

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