一輪でも空を仰ぐ

 今年も忙しない一年だった。

 あちこちの海を渡っては調査を続ける日々。

 寂しさなんて、感じる隙もないくらいに目紛しい。

 たまに大きな発見なんかもしたりして、この歳にしては成果を残せている方だろう。


 たまには帰ってきなさいね、とお母さんから連絡が来てはごめんね、と笑って誤魔化す。

 私が実家に戻る間隔は、研究が忙しくなるにつれて広がっていき、今は夫の命日と年に一回か二回程度になっていた。

 今の私の様子を見たら、もしかすると夫は、かすか君は心配するかもしれないな、そう思う度に「見逃してよ」と誰もいない夜空に溢す。


 年末くらい休んでください、と半ば強引に帰されたはいいものの、何をしたものか、と頭を悩ませた。


「何を、って……お掃除するべきだよね…」


 片付ける暇を作らなかった皺寄せが、目の前にわかりやすく現れている。

 こんなの幽君に見せられないなぁ、とぼやきながら手を動かす。


「あ…」


 机の引き出しを整理していると、懐かしい封筒が顔を出した。


「しばらく…読めてなかったなあ」


 手紙だ。今はもういない、彼から送られた手紙。

 葬式が終わり、彼の部屋の整理をしていたときに見つかったそれは、私のことを案じるものだった。


 "だからさ、俺を幸せにしたいなら、向日葵も死ぬまで幸せに生きてよ。俺の、一生のお願いだ。"


「わかってるよ。忘れてない。幽君の声も、顔も、お願いも、全部」


 ほら、休みなんてあったら隙ができるんだから。

 どうしようもなく溢れる涙が、中々止められない。


「私ね、もうおばさんなんだ。びっくりでしょ」


「お酒もそれなりに飲むし、仕事もすっごく頑張ってるの」


「色々、頑張ってるんだぁ」


 彼と過ごした、決して長くはない日々を思い返す。


「寂しいのは仕方ないよね」


 今、幸せですかと聞かれたら、少し困ってしまうかもしれない。


 でも、でもね。


「……私、ちゃんと楽しいよ」


 だから、次に会うのはきっとずっと先だけど、その時が来たらちゃんと幸せだったって笑える、そう確信してる。


「……うん、もう大丈夫」


 しっかり休んだら、一度あの町に帰ろう。

 お父さんとお母さん、それにお義父さんとお義母さん。皆に会って、元気を貰おう。

 その方がきっと近道な気がする。


 ね。幽君もそう思わない?

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