想いを君に

向日葵ひなたちゃん…起きて」


 目を覚ますと、そこはかすかの部屋だった。

 いつの間に眠ってしまったのだろうか。

 幽の母、小夜さやが向日葵の肩を揺らしていた。


 夢を見ていた。でも、それがただの夢でないことは、向日葵にはわかっていた。


 彼そっくりの、彼の記憶を持った、彼じゃない人。

 それが奇妙な夢の中だとしても、話せて良かったと思う。


 少し混乱する記憶を整理する。──そうだ。望月幽が、夫が亡くなり、彼の自室の整理をしているところだった。


「ああ、ごめんなさい。寝てた、みたいで」

「……大丈夫?」

「ええ、大丈夫、です」

「大事な夢を…見れたので」

「なら、いいのだけど」


 彼女が、おもむろに何かを手渡してくる。


「ね。これ、見つけたの」

「これ…」


 それは、手紙だった。短く、「向日葵へ」と書かれている。幽の文字だった。


「また後で来るから…ゆっくり読んで?」


 彼女はそれだけ言うと、部屋を出ていってしまった。


「これって…幽君の…」


 開けば、沢山書いて消してを繰り返したのがわかるような、そんな跡が残っていた。


 ◇


 向日葵へ


 この手紙が見つかったってことは、多分俺は死んでるってことだと思う。

 もし死んでなかったら、この手紙はそっとしておいて。恥ずかしいからさ。


 手紙なんて初めて書くから、きっと読みにくくなると思う。許してほしい。


 なんでわざわざこんな回りくどいことを、って思うかもしれない。

 でも、必要だと思ったから、書くよ。


 二年前、「結婚しないでおこう」って言ったの、覚えてるかな。

 俺が死んだ後、向日葵は俺のことが忘れられなくて、ずっと一人で生きていくんじゃないか、なんてことを考えて。勝手に自分一人で決めようとしてた。

 今は、向日葵と家族になれて本当に良かったと思ってる。

 向日葵が、俺を見つけてくれて本当に良かった。

 でも、向日葵が俺を見つけなくても、俺が見つけたと思う。昔、夢に出てきた女の子そっくりだったから。

 話がずれた。


 とにかくさ、向日葵のことも見てくれてる人はいっぱいいるよ。

 向日葵が俺を見つけたみたいに、向日葵のことも。

 お義父さんもお義母さんも、俺の両親も、きっと他にもいっぱいいる。

 一人じゃないよ。

 俺だって、見守れそうならずっと見守ってるよ、多分。


 だから、なんて伝えればいいのかな…。


 ああ、そうだ。

 俺がいなくても、ちゃんと幸せになること。

 向日葵が幸せなら、俺は死んでても幸せだ。

 だからさ、俺を幸せにしたいなら、向日葵も死ぬまで幸せに生きてよ。


 俺の、一生のお願いだ。


 幽より


 ◇


「言われなくても──幽君がいたから私は幸せだったし、これからも私の幸せをつくって……君に、幸せな日々を自慢できるように……生きていくんだから」


 だから、大丈夫。


「私、約束守るの、得意なんだよ?」


 向日葵は、大切にその手紙を胸に抱いた。



「任せてよ」



 ◇


 私はきっと、これからも貴方のことを想って生きていく。

 貴方の居ない日常が、いつも通りになっても。

 だって、きっと貴方は見守ってくれているから。


 私は、幸せを探して生きていく。

 一番の幸せは、今は手に届かなくても。

 きっと、また会えるから。


 また、彼に恋をしよう。

 心臓がちょっとはやく動く、あの気持ちをもう一度。

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