想いに花を開かせて その四
「ホルモン…うっま…」
拓実は口内で蕩ける肉を楽しんでいた。
「お母さん、焼き番変わるで」
「ええわ、お父さん焼き方甘いし」
父がそう母に対して提案するが、一蹴される。
あまりの塩対応で同情するが、父はせっかちだから仕方ない。
「母さんの焼き方が天才的なんもあるけど、ここ美味いなぁ…親父、どうしたん急にこんなとこ」
肉を楽しむのは勿論だが、父の意図も掴んでおきたい。
なんせ、父が外食を提案する時は大抵、何か大事な事を言う時か、母に対しての謝罪だったりする。
「まあまあ、そういうのは後でええねん」
「早めに言うた方がええでー」
母が細い目で肉をひっくり返す。
まるで、これから父の言おうとしていることが何か、分かっているような口振りだった。
「母さん、なんか知っとるん?」
「まぁ…予想はついとるけど、はっきりとは聞いてへんなぁ。な、お父さん」
「あー…流石俺の嫁やな、話が早いというか、いやでもな、決定したんは今日やねん。やからな、多少は目瞑ってほしいなあ」
「ええから、
母が肉を自分の皿と拓実の皿にだけ取り分ける。
ああっ、と父が情けない声を出すが、母からは話すまでは肉を渡さないという強い意思を感じる。
「うわ…めっちゃ嫌な予感するわ…」
「あー、まあ、うん。そやな…こういうのは結論から言うべきやな」
父の皿に高く盛られていく野菜を見ながら、何を言い出すのかを待ち構える。
「来月からな、うちの支社と工場が新しく動きだすんやけど、あっち行かなあかんねん」
父は指を東に指して、「東京な」と口に出す。
「は、今!?俺大学決めててんけど!?」
「いやすまんなぁ。というか、拓実だけこっち残るってのも…」
母は父に付いていく必要がある。
父は一人で生きていける程生活能力が高くない上に、母のことが好き過ぎるのだ。
だからこそ、拓実には残るという選択肢を提示したのだろう。
「──そらあかんやろ。家族は一緒におらなあかん」
「…いつも、苦労掛けてすまんな」
「仕事やし、今美味いメシ食えてんのも親父のおかげやん。俺よりも母さんと、いつも付き合うてくれてる樫井のおっちゃんに言いや」
父は社長だ。
『世羅食品』、最近ではそこそこの知名度がある食品メーカーだ。
幼馴染だった千佳の父親と共に会社を興し、創業からもう二十年近く経つ。
拓実の父が営業や経営を、千佳の父が製品開発や製造工程を取り仕切っており、二人はいつも一緒にいた。
そういった事情から、世羅家と樫井家が同時に引っ越すことは過去にも一度あったのだ。
今頃、千佳も拓実同様に引っ越しの件を聞かされているであろうことは予想できた。
「別に私はいいよー、お父さん頑張ってるんは知っとるし。早よ言えとはいつも思うけど」
「俺もやけど、千佳も大変やな…」
そう呟いたのが聞こえたのか、父が顔色を変えた。
「それでやな、今回のことなんやけど」
嫌な予感がした。
「樫井家はこっち残るんや」
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