八月十五日
午前二時。
スマートホンに届いた一つのメッセージを眺めながら、
わざわざ零時丁度に「おめでとう」だなんて、明希さんらしい。
自分だって明日が誕生日なのに、まるで今日が彼女の誕生日であるかのような喜びようだった。
ベランダに出て、空を眺める。
やや雲が隠しているにも関わらず皓々と満月は存在を主張し、まるで月に一度の出番だと言わんばかりに、今日という夜空を明るく照らしている。
明るい。本当に、憎たらしいくらいだ。
人とのメッセージのやりとり一つで、こんなにも感情が揺れたのは初めてだった。
歳を取った、ただそれだけのことが、こんなにも嬉しいなんて思わなかった。
「ありがとう」と返信してから、暫く彼女からのメッセージを眺めていた。
幾つかのやりとりを経て、「おやすみ」を送り合って、眠れなくなった。
だから、眠れないついでに、彼女から教えてもらった流星群を見てみようかと思った。
ただ、今日は観測に本当に向いていない。いや、前に二人で見た時も相当に向かない空ではあったけれど、それでも今日ほどではなかった。
南にベランダがあって、東側に少し雲がないスペースがあるのが見えたから、もしかしたら。
なんて、淡い希望を抱いてのことだ。
明希さんは今頃寝ているんだろうな。
普段そんなに夜更かしをしない人だから、きっと俺にメッセージを送るために眠いながらも起きていてくれたんだろう。
そう思うと、またどうにも言えない嬉しさが胸から込み上がってくる。
あと何度もは迎えられないこの日を、大切にしてくれている。
だからなのか、自分もこの日を大切にしたい、なんて思ったのか。
幽は一向に見えない流れ星を求めて、空を眺めていた。
一つでも見られれば良いな、なんて考えながら空を見始めてから、もうそろそろ四十分ほど経つ。
なんというか、ここまで来たら一つは見たい。
元々何かに執着するような性格ではないが、今日はそんな気分だった。
そうはしても見えないものだから、スマートホンを眺めたりしながらなんとなく起きている──そんな状況だ。
「あっ」
そう声を出してしまったのは、流れ星が見えたからではなく。
変な文字列を誤って明希さんに送ってしまったからだった。
急いで送信を取り消して、その妙なログに対して「ごめん、間違えて送っちゃった」と打っておく。
朝になったら『起きてたの?』なんて笑われるだろうか、なんて思っていたら、既読が付いた。
頭が理解するよりも早く、スマートフォンが振動して「明希さん」という文字が光る。
「え、あ、もしもし?」
「あ、もっちー、電話大丈夫だった?」
「あ、うん。ごめん、起こしちゃった?」
と言ったものの、彼女の声は眠そうという訳ではなく。
「ううん、実はずっと起きてたの。なんか寝れなくなっちゃって。そしたら、もっちーから通知が来たから、つい」
「そっか、ならよかった」
「もっちーは、何かしてたの?…っていうか、もしかして外にいる?」
通話の音声に風の音でも聞こえたのか、彼女はそう言った。
「ベランダに出てる。ほら、今日はペルセウス座流星群だ、って言ってたからさ」
「やっぱり!あはは、実は私もベランダに出てるんだぁ」
「なんだ、結局二人とも見てたんだなあ」
「全然、見えないけどねー。…あ、そうだ。もっちー、誕生日おめでとう!」
「あー、うん、ありがとう」
こうやって不意を突いてくるのは予想外で、しどろもどろになってしまう。
「あれ、もしかして照れてる?」
「照れてるよ」
「あはは、そっか」
それから、こんな夜中なのにいつもみたいに話をした。
他愛のない、いつでもできるようなそんな話を。
それも、いつまでもできる話じゃないとわかっているから。
「にしても、見えなかったなあ」
もう、時刻は三時を超えている。彼女を付き合わせるのも悪いし、そろそろ諦めて寝ようかという話をしていたところだった。
「だねぇ。でも、いい夜だったね」
「明希さん、あんまり夜更かし慣れてないんだから、無理しないようにね」
「んー、でも一回は見たかったな」
「そんなこと言っても、見えないものは見えないよ」
「わかんないよ、もしかしたら!なんて考えてたら本当になるかもなんだから。ほら、ちゃんと空見て!今に見えるかも!なんて──」
そう言われて、空を見上げる。
そして、小さく光が線を引いた。
「──流れた」
「わあ!流れた!流れたよ、もっちー!!」
「流れたね…」
「ほらー!やっぱり、諦めない方がお得だよっ」
本当、この人は簡単に言うんだ。
出来ないことなんてないんだ、そんなふうに思わせてくる。
「明希さんが言うと、本当にそうなんだろうなって思っちゃうな」
「でしょ?いやー、私天才かも」
「天才だよ、天才」
「あ、適当に流してない?」
「そんなことないって。ほら、あんまりテンション上がったら寝つけなくなっちゃうよ」
「あはは、たしかに」
「じゃあ、」
そろそろ寝よう、そう言おうとした。
「また、来年も見ようね」
彼女が、そう言ってくれた。
「──もちろん」
深く考えず、答えた。
きっと、出来るから。明希さんがそう思えるなら、きっと実現するに違いない、なんて楽観的だけど。
「うん、きっと見れるよ!」
「俺もそんな気がする」
起きていて、良かった。
自分は、また来年も挑戦するのだろう。
どんな空でも、とりあえず。
「じゃあ、おやすみね!」
「おやすみ」
なんせ、諦めない方がお得らしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます