月日は流星のように

 あの満月の日のことを思い出す。


 俺の短い一生の中でも、特別に不思議な一日だった。

 きっと誰に話しても信じてもらえないような、夢を見た。


 夢の中で、明希さんそっくりな女の子と出会って、沢山話をして、大事なことを教えてもらった。

 明希日向あきひなた。彼女の、大切な名前だ。


 ──流れ星。


 そうだな、流れ星みたいな女の子だった。

 幽かに、けれど、眩く輝いて、燃え尽きた。


 彼女と出逢わなければ、明希さんに打ち明けることはなかったと思う。

 彼女と出逢わなければ、きっと、もっと早く死んでいたと思う。


 だから、明希日向に感謝している。


 ◇


 あの、満月の夜のことを思い出す。


 夕暮れが照らす小さな山を、二人で登った。


「ね。今日見る星のこと、ちゃんと覚えてる?」

「あ…いや、ごめん」


 夢の後、気付けばそこは現実の夕方で、いつもの図書館だった。 まだ、心がざわついているのを感じる。


「もー!もっちー、まだ寝ぼけてるの?」

「ちょっと寝ぼけてる…かもしれない」


 でも、あれは夢ではないと理解している。


「しっかりしてよねー?せっかくの機会なのに、見逃したら流れ星が怒っちゃうよ」


 流れ星。

 ふと、彼女を思い出した。


 山を登り切る頃には、辺りは暗くなっていた。 天辺へと至ろうとしている満月が、空を照らしている。


「わぁ…満月だよ、もっちー!流れ星と満月、両方見れるなんてお得だねっ、天才っ!」

「明希さん…水差すみたいで悪いけどさ、流れ星を見るときに満月って邪魔になるんだよ」

「えー!?」

「明る過ぎて、流れ星が見にくくなるらしいよ」

「ふぅん…そっかあ。私は、満月も好きだから嬉しんだけどなぁ」


 明希さんが、夜空を見ながら呟く。


「月ってさ、太陽の光を反射してるだけなのに、太陽の反対側を陣取ってでかい顔してさ、俺はあんまり好きじゃないんだよな」

「なにそれ、そんなこと言う人初めて見たよ」

「月が明るいせいで、流れ星も見にくいじゃん」

「いいの、それでも!こういうのは、一緒に見ることが一番大事なんだから!」

「…そうだね。うん、俺もそう思うよ」

「それに──」


 明希さんが、俺を見る。


「満月だって、こんなに素敵だよ?」


 鼓動が、早くなる。

 ああ、もう。


「あーっ!ねぇねぇもっちー!今、流れたよ!?見た!?」

「ごめん、明希さん。見えなかった」


 俺も明希さんを見て言う。

 ──ああ、本当だ。俺、今笑ってるな。


「眩しくて、見えなかったよ」


 初めて見た流星群は、意外にもよく見えた。


 ◇


「ね、今日はもっちーの秘密教えてくれるんでしょ?」


 流れる星を見たまま、明希さんが言う。


「…そうだよ、とっておきのヤツだ」


 また一つ、星が燃えていく。

 なぁ、俺も頑張るからさ。勇気をくれないか。



「俺さ、あと三年しか生きられないんだ」



 俺は、目を瞑ってしまう。

 ああ、言ってしまった。

 俺の残りの人生の、六分の一も懸けて秘密にしていたことだ。

 でも、明希日向との、約束の一つだ。


「………」

「あー、明希…さん?」


 恐る恐る、目を開けて彼女を見やる。

 彼女は、目の前にいた。息を呑む音すら、聞こえそうな程に。 そして、今までに見たこともないくらい、真剣な顔をしていた。


 目が合った瞬間、明希さんが俺を抱き締めた。 その細腕のどこにそんな力があるのか、なんてことを考えてしまう。


「ちょ、えっ、あの!明希さん!?」

「うるさい…!もっちーのバカ…!」


 声が震えている。


「ごめんね…何も…気付いてあげられなくて…!!」

「………」

「言ってくれて、ありがとう…!」


 明希さんは震える声でそう言い、姿勢を戻した。

 涙で濡れていても、彼女は笑っていた。

 真っ直ぐにこちらを見て、


「私ね、もっちーのこと好きなんだ」



「ずっと前から、好きだった!」



 彼女が、満面の笑みで、そう言った。



 思考が止まった。 多分、時間も止まっていたと思う。

 一拍置いて、我に返ることに成功する。


「──え、ちょっ、待って!ずるくないか!?俺が言おうと思ってたのに!」

「あはは、だめだよ?次は、私が秘密を話す番だったんだから!」

「あんたはいつも自由だよなぁ!?俺の一世一代の告白だったのにさぁ!」

「そんなの、知らなーい!時間は有限なんだよ?遅い方が負けなんだから」



「私が、君を幸せにしてあげる!」



 彼女はけらけらと、今まで見た中でも一番笑っていた。


 夜なのに、太陽がそこにいた。


 ◇


 あれから、四年が経ってしまった。

 明希日向との約束は三年だったけれど、お前は俺の側に居るんだから、このくらいはいいだろう?


 今、俺は病院にいる。

 自分に沢山の管が繋がれていて、初めて明希日向と出逢った時のことを思い出す。

 ベッドの脇には、父さんと母さん、そして、あれからもっと綺麗になった向日葵ひなたがいる。

 彼女は今、明希さんではない。

 向日葵は、涙を浮かべながらも、微笑んでいる。


 ああ、これがあの時のお前の気持ちか。

 哀しいな。でも、こんなにこの人が泣いてくれるんなら、嬉しい。

 まったく、こんな人を置いていかなきゃいけないなんて。自分自身に腹が立つ。

 でも、楽しかった。幸せだった。



 全身が、燃えるように痛い。



 死にたくない。痛い。

 もっと、貴方達と生きていたい。


 でも、まあ。

 今、俺は笑えてると思う。

 君に照らされて輝いてるだけだとしても、それでも君は素敵だと言ってくれるんだろう?

 なぁ、明希日向。

 今ならちゃんと教えてやれるよ。

 この気持ちが、愛だ。

 蛇に足が生えたからなんだってんだ。

 鰭でも、髭でも、何でも生やせばいい。

 人生に無駄なんてないんだ。


 こんな気持ちで死ねるんだ、俺は幸せだ。


 ◇


 あの、満月の夜のことを思い出す。

 星降る夜を一人で歩く。不思議と寂しくはない。

 流星の指す方へ行けば、目の前の全てがぼやけていく。

 身体から力が抜けていくのを感じる。


 やっと、逢えるんだな。


『ちゃんと幸せに生きた?』

『ああ、最高だったぜ』

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