向日葵と幽
家族に愛され、友人に好かれ、その笑顔は曇りを知らない。そもそも、前向きな性格なので悩みも少ない。強いて言うなら、周囲の友人達は多少の差はあれど恋愛というものをしているのに、自分にはそんな経験が全くないことが気になる、その程度だった。
向日葵には一週間に一度、勉強の為に図書館に行く習慣がある。将来の夢の為だ。
海洋学者になりたい。小さな頃から海が、魚が、そこに棲む生き物達に興味津々だった彼女が抱いた、大きな目標。
知れば知るほど不思議で、怖くて、わくわくする。
向日葵はよく、図書館を利用する。
蔵書量も多く、管理が行き届いてるにも関わらず、その市営図書館の利用者は残念ながら特別多い訳ではなかった。むしろ、彼女から言わせれば少ない方だ。だからか、ここによく来る人のことは、少し見ていれば覚えてしまう。
そのせいもあるのだろう。最近の彼女は、勉強以外にも関心を向けていた。
一ヶ月程前から、いつも見かける男の子がいた。
自分と同年代に見えるが、学校の男の子とは雰囲気が違う。
社交性の高い彼女をして、容易には話しかけられない、そんな壁を無意識に感じた。
何度も見かける内に、向日葵は彼のことが気になるようになっていた。
彼が読んでいる本のジャンルは、いつも違う。児童向けの絵本から、分厚く大きい何かの図鑑、日本語以外で書かれた本を開いていることもあった。けれど、本に目を通してはいるものの、その目から興味は感じられない。
たまに興味があるジャンルもあるのか、読んでいるように見えるときもあった。
彼は、何が好きなんだろう。
ここ最近、彼のことばかり考えている気がする。
なんとかして、話しかけられないだろうか。
そう思いながら、明らかに行く頻度が高くなった図書館へ足を運ぶ。
今日の彼は、珍しく本を読んでいた。魚の図鑑だ。他にも、魚や海洋生物に関する本が彼の側に積まれている。
もしかして、彼も私と同じものが好きなのだろうか?
きっかけを手に入れた彼女は、すぐに行動に移した。
「ねぇ」
彼は図鑑を眺めながら眉を顰めている。
「もしもーし」
「え?」
そして、彼と私は初めて顔を合わせる。
いつも遠くから見ているから、彼の顔をよく見たのは始めてだった。幼さの残る顔立ちではあるが、何かに疲れているような目をしている。
「あ、気が付いた」
彼との会話が始まると同時に、心臓がいつもより早く動いていることに気付く。
向日葵は緊張を飲み込むようにして、無計画に言葉を続けた。
「ねぇ、君、魚好きなの!?」
「へ?あ、いや…まぁ、嫌いでは、ない…かな?」
何かを間違えた気がする。顔が熱くなるのがわかるが、構わず続ける。
「こんなに魚の本集めてるんだもん、好きなんだよね!!実は、私も好きなんだぁ!」
自分でもこの話の流れがかなり不自然なんだろうということはわかるけれど、こういうのは勢いだ。お母さんもそう言っていた気がする。
母の教えを胸に、捲し立てるように話す。お母さん、なんか違う気がする。そう思っていると、申し訳なさそうな顔で彼が言う。
「あのさ、盛り上がってるとこごめん。別に好きだから読んでた訳じゃないよ」
「えっ…そうなの!?」
失敗した。完璧だと思っていたプランが、音を立てて崩れていく。
でも、あれ。
「じゃあ、なんでそんなに魚の本ばっかり読んでるの?」
好きなものはなんなんだろう。
したいことはなんなんだろう。
「あ…これは、その…なんとなくだよ」
彼は、バツが悪そうに目を逸らす。
「なんとなく…そっかぁ」
毎日のように図書館に足を運び、なんとなくで本を眺めている目の前の少年。
彼は何をしたら楽しいのだろう。
どうしたら、笑顔が見れるんだろう。
「あ!」
「え?」
思いついた。
「ね、私、魚とか海の生き物についてちょーっと詳しいんだけどさ」
「はぁ」
「これも何かの縁…ってことで、私が教えてあげる!どう!?」
「いや、どうと言われても…」
興味がないなら、持って貰おう。本だけをただ読むよりは、きっと楽しいはず。
「あ!私、明希向日葵!明るい希望のひまわりって書いて
「
「もちづき、かすか…よし、じゃあもっちーだ!」
「もっちー!?」
早速知らない表情を見れたことに、不思議と嬉しさが込み上げてくる。
「ねぇ、せっかくだから近くの水族館で教えてあげる!いつもここにいるし、暇でしょ?」
「え、なんで知って」
「細かいこと気にしない!」
しまった、いつも見ていたことがばれちゃう。慌てて、彼が持ってきていた本を抱える。
望月幽君。君のやりたいことはなにかわからないけど、私のやりたいことは増えたよ。
君の笑顔が見てみたい、だから。
「私が、連れて行ってあげる!」
こういうのは、勢いだよね?
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