21-2
夏休みが終わり、二学期が始まった。初日は午前中の始業式で終わり、あたしたちは新入生歓迎会で使うカフェに集まった。三年生引退の会だ。
「せっかく集まったのに、顔が暗いわね」
明賀先輩は拍子抜けするくらい普段通りだった。悲しみや怒りも感じられなかった。宮成先輩と北原さんも同じように普段通りだ。あたしと千屋さんだけが俯いている。
本来二人掛けの長椅子にあたしと千屋さん、北原さんがむりやり三人で座っている。あたしが真ん中で、右の千屋さんと左の北原さんの肩がしきりにぶつかっている。テーブルを挟んで向かいに明賀先輩と宮成先輩が悠々と座っている。
「阿河さんも千屋さんもまだ落ち込んでるの? 北原さんは平気そうね」
「平気とまでは言いませんが、二人よりは。負けるのは初めてじゃないですし。中学のときだって私の力が及ばず先輩の引退を見送ってますし」
北原さんの言葉にあたしは胸を突かれた。思い返してみると、全力を尽くして戦って負けたことが実は一度もない。それはたぶん千屋さんも一緒だ。北原さんのほうがあたしたちよりよっぽど強い。
「阿河さんと千屋さんは、どう?」
「あたしも大丈夫ですよ。平気と言いませんが」
千屋さんは無言で頷いた。
「それならよかったわ。私たちは暗い雰囲気じゃなくて明るく引退したいし」
明賀先輩の言葉に宮成先輩がしきりに頷いている。
「あなたたちが入部してからずっと楽しかったわ。すごく感謝してるの。試合は勝てれば楽しいし、それでいいとずっと思ってた。でも、みんなと練習したり一緒に過ごすだけでも楽しかった。最後は負けたけど後悔はないし、楽しかった気持ちも消えたりしない。みんながいてくれて本当によかった」
あたしが最初ここに来たときは明賀先輩と二人きりだった。千屋さんは今よりずっと無愛想でまともに話もできなかった。でも、今は五人もいることになんだか胸が温かくなった。
「私の話はこれくらいにして、楽しく過ごしましょう。……あ、その前に大事な話が」
メニューに手を伸ばしかけていた明賀先輩が動きを止めた。
「次代の部長を決めないと。と言っても私の中で決めているんだけど」
明賀先輩の思わぬ言葉にあたしはそんなことか、と身構えた自分が恥ずかしくなった。そんなものは
「阿河さんにお願いしたいんだけど、どうかしら」
千屋さん……。
「あたしですか!?」
なにかの冗談かと思い、明賀先輩の顔をじっと見つめたが、いつまでも冗談よ、とは言い出さなかった。あたしはしびれをきらして、
「あたしですか」
と静かにもう一度言うだけが精一杯だった。
「北原さんは賛成? 反対?」
明賀先輩はあたしに取り合わず、北原さんと向き合った。
「いいと思いますよ。私はどっちが部長でもついていきますけど」
「千屋さんは?」
明賀先輩が今度は千屋さんと向き合った。
「いいんじゃないですか」
意外な言葉に千屋さんの顔を明賀先輩以上に見つめた。普段なら反対しそうなものを。まだ落ち込んでいて正常な判断ができていないのかもしれない。
「千屋さん、あたしが千屋さんより上になるってことだよ? ちゃんと分かってる?」
「分かってるけど」
千屋さんが心外だ、とでも言わんばかりにあたしを睨んできた。しかし、よく睨んでくる人だ。
「私は人の上に立つとかそういうのに向いてない人間だし」
まあそれはそうだけど……。
「で、どう? 阿河さん。次の部長はやる? やらない?」
今この場で覚悟を決めるしかないようだ。先輩二人どころか、両隣にいる後輩と同級生もあたしが部長になることを疑っていない。
「やります、部長。そして、次こそ勝ちます」
明賀先輩が満足気に頷いた。宮成先輩は笑顔で小さく拍手をした。
「別に勝つことを目的にしなくてもいいのよ。もう阿河さんのチームなんだから。阿河さんが好きにして構わないわ」
あたしは左にいる北原さんを見た。北原さんは無言で頷いた。次に右の千屋さんを見ると、こちらも無言で頷いた。
二人ともあたしと同じだ、あたしと同じ目標を持っている。あたしはここに力強く宣言した。
「日本一になります。来年こそ必ず!」
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