17-2
「どこから話しましょうかね。まあ順番にいきましょう。私は仙台生まれ仙台育ちです。隣の家には同い年の女の子がいて、親同士が仲よかった影響で私たちも自然と仲良くなりました。いわゆる幼馴染みです。ここまではいいですか」
あたしの頭が悪いからといってこれくらいで混乱したりしない。あたしは続きを促した。
「私の両親は平凡で、セパタクローどころかスポーツ全般と関係ありませんでした。両親とも運動自体だめだめです。ただ、幼馴染みの家庭は違いました。幼馴染みの母親はセパタクローの選手だったみたいです。しかも日本代表だったとか。幼馴染みが生まれる前の話ですが。その幼馴染みは親の影響もあってか、小さいときからセパタクローをやっていました。小さいときの周りの環境って人の一生を左右しますよね」
北原さんが意味ありげに微笑んだ。
北原さんの幼馴染みと千屋さんの境遇がどことなく重なる気がした。千屋さんの場合は両親と血縁関係がないらしいし、ちょっと違うのだが。
「幼馴染みが母親から影響を受けたのと同じように、私も幼馴染みから影響を受けてセパタクローをかじりました。そうは言っても私も幼馴染みもまだまだ小さい子供でしたから、セパタクロー漬けの毎日というわけではありませんでしたよ。メジャースポーツじゃないからですかね」
北原さんが自嘲気味に笑った。メジャーだとかマイナーだとか、今はどうでもいい。
「私と幼馴染みは四六時中一緒にいました。一緒にセパタクローをしましたし、他のスポーツもそれなりに経験しました。毎日外で遊んでいたわけではなく、お互いの家に行き来し、人形遊びや絵本を読んだりもしました。幼稚園も一緒だったし、家族ぐるみでどこかへ遊びに行けばずっと手を繋いで遊びました。どちらかの家だけが旅行したりしたら必ずお土産を渡したりしてました。旅行の一日目にいきなりお土産を大量に買おうとする私に両親は苦笑いしていました。小学生になってもそれは変わらずです。ずっと同じクラスで、ずっと仲良し。幼馴染み以外に友達はいましたが、幼馴染みに勝る人はいませんでした。幼馴染みも私と同じだったと思います。姉妹のような、親友、大事な人、そんな表現がぴったりですね」
北原さんは一度切って飲み物で喉を潤し、咳払いした。
「長々と話しましたが、私は幼馴染みが大好きで、幼馴染みも私が大好きだったということです。中学生になると全員が部活に強制参加でした。よくない風習というか慣習ですよね、本当に。
幼馴染みはセパタクロー部へ入りたがっていましたが、中学にそんな部活はありません。それどころか宮城全体を見渡してもセパタクロー部なんてありませんでした。私たちはハンドバール部へ入りました。それなりに強くて練習も大変と知りながらも、幼馴染みが入りたがったんです。私はあまり乗り気じゃなかったんですが、幼馴染みが一緒じゃないと嫌だと言って聞かないんです。普通は喧嘩になったり別々の道になるのが普通なのでしょうが、私は幼馴染みとハンドボール部へ入りました。大好きな幼馴染みのために折れた私は優しいですよね。……と言うのは冗談で、幼馴染みがなにかを強く主張するのが珍しくて私は思わず頷いていた、というのが正解です。覚えている限り、最初で最後のわがままだったのかもしれません」
北原さんはコップの中身を飲み干し、氷もバリバリと食べた。北原さんは喉が渇いた、と言って飲み物のおかわりのために席を立った。戻ってきてすぐに話を続けた。
「そうそう、幼馴染みなんですが、小学校を卒業するくらいからセパタクローの選手になりたい、なんて言い始めました。それまでそんなこと言ってなかったのに、急でした。もちろん私にしか言わなかったはずですし、内緒にしてとも言われ、それをしっかり守ってました。それはそれとして、幼馴染みにどんな心境の変化があったのか私には分かりませんでしたが、素直に応援しようと思いました。幼馴染みの母親は元日本代表なわけだし、幼馴染みもきっとそんなふうになれるんだろうなあ、なんて考えていました。メジャースポーツと違って幼いときからの積み重ねが大事、というわけでもないですしね。……話を戻しましょう。ハンドボール部の練習は大変でしたよ。なんでこんなにやってるんだ、なんて思ったりもしましたが、幼馴染みが頑張っていたので私もつられてなんだかんだ頑張りました。
幼馴染みはやはりセパタクローをやりたがったのか、ハンドボールで使うボールをセパタクローのボールに見立てしょっちゅう蹴ったりしてました。先輩からはそれでよく怒られてました」
北原さんが飲み物を半分一気に飲んだ。さっきからずっとしゃべりっぱなしで大変そうだ。
「ところで、私はあまりハンドボールに乗り気じゃなかったし、頑張ったと言っても大したことはなかったんじゃないか、と思っていませんか。実はこう見えても結構強かったんですよ、私個人は。三年生が引退してからは厳しい練習の割にチームは弱かったですけどね。これはさっき話したんでしたっけ。だいたい、遊びたいし、試合に勝っても得るものがあるわけでもないしで士気は低かったですね。志高いのは顧問だけでした。これも日本の部活動のよくないところですよね。過度な運動やトレーニングは成長をかえって妨げますし、怪我もします」
「今はその是非はどうでもいいよ」
「実はそうでもないのですが……まあ話を進めましょう。私はハンドボールが上手いんですよ。得意なのは強烈なストップアンドゴーを活かしたドリブルです。緩急をつける、というやつですね。チェンジオブペースなんてかっこいい呼び方もあります。身長も高い方だったのでシュートも得意で、エースだったんです。東北地方の強豪と呼ばれるチームの人たちにも劣っていませんでした。何度も言いますけど私個人は。こうなると現金なもので自然といろいろ頑張れちゃうんですよ。得意なストップアンドゴーに磨きをかけるべく、日々練習していました。ただ……」
北原さんはまたコップを空にし、長く息を吐いた。話す覚悟を決めているようにあたしは思えた。
「……練習中のことでした。ドリブルをしながらトップスピードから急に止まりました。一瞬の隙を突いて相手を抜く練習のつもりでした。……予想外だったのは、左肘がなにかにぶつかったことです」
北原さんが右手で左肘を何度かさすった。当時のことを思い出しているのか、身震いし、何度も深呼吸をした。
「振り向いたら、幼馴染みが右目を押さえて倒れていました……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます