11-2

 午後一時に今日の最後の試合が始まった。

 対戦相手の名凜高校の選手と握手を交わし、第一試合と同様に円を作り明賀先輩が指示を飛ばす。

「相手は千屋さんの中学の同級生。試合を見た限り基礎もまあまあできている。阿河さんがサーブを打つだけで点を取れる展開にはならない。ラリーになると思うから粘りましょう」

 コートに入り自分のポジションに着いた。サーブ権はこちらからだ。

 相手の背番号一番の選手は千屋さんと同じポジションだ。つまりアタッカーだ。

 相手の背番号一番の選手の千屋さんを見る目つきには見覚えがある。あれはあたしがまだ陸上をやっていたときの三年生があたしを見る目つきだ。相手の背番号二番と三番の目つきにも見覚えがある。同級生と後輩があたしを見るときの目つきだ。千屋さんは……。

 試合開始の笛が吹かれ我に返った。サーブのトスはすでに上がっていて、あたしは慌てて蹴った。

 普段より打点が低くなり、ボールの軌道も直線的にならない。ボールがネット白帯に当たり、ギリギリ相手コートへ乗り越えてくれた。

 相手は反応できずボールが静かに落ちて、まずは運よく先制した。

「阿河さん、落ち着いて」

 続くあたしのサーブはきっちりレシーブされ、相手アタッカーがアタックを打つも千屋さんがきっちりブロックを決め、連続得点とする。

 あたしのサーブが二番と三番のちょうど中間に飛んでいき、二人がお見合いして落ちた。これで3対0。

 相手のサーブは第一試合より速い。それでも千屋さんのサーブにはほど遠い。あたしは冷静にボールを処理し、明賀先輩は安定してトスを上げ、千屋さんは涼しい顔で次々決めていく。ほとんどの相手アタックは千屋さんがブロックでチャンスボールに変え、こちらの得点につなげていく。

 今まで他のセパタクローの選手を知らなかった。比較対象がいなかったから千屋さんがどれほどの選手なのか、今思い知った。レベルが違う。アタックの打点の高さ、打ったボールのスピード、蹴るときの音、コートかブロックにたたきつけられる音、千屋さんはそれらについて相手を凌駕している。はっきり言って大人と子供の対戦を見ているようだ。

 19対8の大量リードであたしにサーブが回ってきた。あたしのサーブはすっかり相手に対応されてしまっていて、得点はおろかレシーブを乱すことすらできない。

 相手アタッカーがジャンプし、千屋さんがブロックに跳んだ。

 相手アタッカーがボールを蹴ったと思ったら、ゴンと鈍い音がした。着地した千屋さんがうずくまって右ふくらはぎを何度かさすった。

「千屋さん、大丈夫?」

 明賀先輩が駆け寄り心配そうにしているが、千屋さんは相手の一番を睨んでいる。

「ごめん、当たっちゃった」

 千屋さんはそれに答えず、すっと立ち上がり右足を空中でぶらぶらさせ、問題ないか確かめている。

 少しだけ不穏な空気が漂ったがこれでセットポイントだ。

 あたしがサーブを打ち、綺麗にレシーブされた。トスに対応して相手アタッカーと千屋さんが跳ぶ。今度はさっきより大きく鈍い音があたしの耳にはっきりと聞こえた。

 着地した千屋さんは一瞬よろめいたが持ちこたえ、しっかりと両足で立った。

「ごめん、また当たった」

 悪びれる様子のない相手に千屋さんが思いっ切り舌打ちだけして応えた。あたしからは千屋さんの後頭部しか見えず、苦痛に歪んでいるのか、怒りで燃えているのか、その表情がどうなっているのかが分からない。

 相手のプレーによりこちらに点が入り第一セットは取ったものの、嫌な空気での幕引きとなった。

 ベンチに戻る千屋さんの足取りはしっかりしているから怪我はしていなさそうだ。

 明賀先輩が千屋さんをベンチに座らせるとかがみ込んで千屋さんの右足をじっと見つめた。

「怪我は?」

「大丈夫です。なんともないです」

「……相手はわざとやったように見えたけど。二回とも」

 明賀先輩が千屋さんの右ふくらはぎを何度か揉みながら言った。本当に怪我していないかを確かめているようだ。

「どうでしょうね。下手なだけじゃないですか」

 相手に蹴られたところを刺激されても千屋さんは表情を崩さない。むりをしているわけではなさそうで明賀先輩はひとまず安心したような表情を見せた。

 あたしが相手ベンチに目をやると背番号一番の選手と目が合った。試合前に感じた嫌な目つきをしている。見た目だけで判断したくはないが、あまり好きになれそうにない人だ。

「千屋さんって、中学のときはどんなだったの?」

 あたしの問いに千屋さんは眉をひそめた。

「どんなって、こんなだけど」

「あっそうですか」

 きっと千屋さんは中学のときから群を抜いた実力で、一人異質な存在だったはずだ。そんな人間が周りからどのように扱われるのかあたしが一番よく知っている。最初は分け隔てなく接していても、やがて異質な存在を見る目は否応なく変わってしまう。千屋さんが最初から無愛想な態度だったなら同情はしない。でも、違ったら……? あたしと同じような経験をしていたなら? あたしは千屋さんのことを、千屋さん自身のことを知ろうとしていた?

 笛が吹かれ、あたしたちはコートに入った。

「このセット取って、二日目に行くわよ。千屋さん、ネット際のプレーは気をつけて」

 千屋さんのことは一度頭から追い出した。とにかく目の前の試合に集中だ。明賀先輩の悲願である日本一へ近づくために。

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