11-1

 会場は東京の区立体育館だ。朝八時に体育館入り口に集合し、中へ入った。アリーナにはコートを六面立ててもスペースに余裕があるほど広いし、トイレ等の施設も綺麗で快適だ。

「ずいぶん立派なところでやるんですね」

 ロッカールームでユニフォームに着替え、アリーナへ向かう途中の廊下で明賀先輩に話しかけた。白を基調としたユニフォームの下はお姉ちゃんに買ってもらったいつものタイツとインナーも着ている。

「大会主催のセパタクロー協会のお偉いさんが頑張っているみたいよ。マイナースポーツはまず見栄えが大事だって」

 見栄えだけで言えば、セパタクローは十分魅力的だと思う。空中で足だけ使うボールのやりとりは唯一無二だろう。

「どうしてコートが六面あるんですか。予選ブロックは四つだから四コートでいいと思うんですけど」

「それはね、負けたチーム同士が試合できるように設営されているの。試合の機会が貴重なチームのためにね」

 組み合わせ表を見たら県で一チームしかないところもあったのを思い出した。そういう人たちのための場なわけだ。

「それより阿河さんが緊張してなくて安心したわ。固くなって実力を発揮できるか心配してたけど」

「スポーツの試合が初めてってわけじゃないですから」

 九時に開会式があり、その後各予選ブロック第一試合が行われる。あたしたちは第一試合で、勝てばその後に第二試合の勝者と戦うこととなる。第一、第二試合は午前中で、第三試合は午後一時からだ。

 開会式を終え、試合するコートで準備運動を行い、いよいよ試合開始時間になった。

「阿河さん、リラックスね」

「はい」

 お互いのコートエンドラインにチームがそれぞれ横一列に並んだ。あたしたちのチームは明賀先輩がキャプテンで背番号一番、エースの千屋さんが背番号二番で、あたしが三番だ。左隣に宮成先輩がいて、背番号四番。マネージャーの宮成先輩がユニフォームを着ているのは不思議な感じがする。宮成先輩は、

「試合には絶対出ないけどねえ」

と笑っていた。

 笛が吹かれお互いのチーム全員がネットまで走って行き全員と握手をした。相手チームは最低人数の三人で明賀先輩より少し大きいくらいの人しかいない。雰囲気も固く、明賀先輩が言っていたように初心者チームのように思える。

 自コートのベンチに戻り、四人で円を作り明賀先輩が試合前最後の指示出しを始めた。

「相手の顔は見たことないから、やっぱり初心者チームのようね。体格や雰囲気からして経験者もいなさそう。阿河さん、いい練習だと思って臨んで」

「はい」

 マイナースポーツの世界は狭いから経験者かどうかは顔を見ればすぐに分かると明賀先輩は言っていた。明賀先輩がそういうのであればやはり相手はあたしと同じように初心者だ。

 あたしたちはコートに入り、それぞれのポジションに着いた。

 サーブ権は相手から。セパタクローの場合、サーブ権を持つチームが三本連続で打つ。得点の有無に関わらず、だ。ここはバレーボールと少し違う。三本打ったらサーブ権が相手に移る。

 ぴっ、と短く笛が吹かれ相手サーバーにトスが上がり、サーバーが足を上げた。

 あたしのように高さはない。それどころか相手サーバーの腰より少し上くらいまでしか上がっていない。

 ボールが跳んできた。スピードもキレも普段受けている千屋さんのサーブにはほど遠い。

 あたしは一歩でボール正面に回り込み、明賀先輩にパスした。

 明賀先輩はこちらを見て満足そうに微笑み、千屋さんにトスを上げた。

 千屋さんがジャンプし、空中で大きく回転してから相手ブロックの遙か上からボールをたたきつけた。

 わずかな間だが審判の動きが止まった。観客席にいる少ない観客からどよめきがこちらに伝わってきた。どうしたのだろう、と思うと同時に笛が吹かれ、こちらの点となった。

「阿河さん、その調子で」

 明賀先輩が親指を立て褒めてくれた。

 立て続けに千屋さんがアタックを決め、3対0でこちらにサーブ権が回ってきた。あたしは練習通り相手選手と選手の間に狙いを定め、高い打点から打ち下ろした。

 相手はあたしのサーブに触れず、三連続得点。

 相手のサーブ権はあたしがきっちりレシーブし、千屋さんが連続で華麗に決め、9対0。

 あたしのサーブはあっさり決まることはなくなってしまったが、相手はボールをこちらに返すのが精一杯だ。こちらはチャンスボールを二回のレシーブでアタックを打ったり、千屋さんが返ってきたボールを直接アタックしたりと、相手を翻弄し21対0で第一セットを奪った。

「茜と唯ちゃんに囲まれて目立たないけど、彩夏ちゃんすごいんだね」

 ベンチに戻ると宮成先輩が笑顔であたしの背中をバシバシと叩いた。

「阿河さんは並の初心者じゃないわよ」

 明賀先輩まであたしの背中を叩いた。

「この調子でね」

 セパタクローは二一点までで、これもバレーボールとは少し違う。また、今回の大会は三セットマッチで、二セット先取で勝利となる。

 第二セットも第一セットと同じ流れだった。あたしのサーブが相手を崩し、相手サーブはレシーブしてきっちり千屋さんがアタックで決める。そのまま21対0で勝利し、一回戦突破を決めた。

 最後にお互いのチームで握手を交わし、第二試合のチームと入れ替わるためコートを出た。

 握手をしたときの相手チームの沈んだ暗い表情が目に焼きついてしまった。以前に明賀先輩が一点も取れない試合も起こりえる、と言っていたがまさか自分がその当事者になるとは思ってもいなかった。勝負の世界である以上勝ち負けは絶対につくのに、なにがあたしの中で引っかかっているのかよく分からない。

「彼女たちにはセパタクローをやめないでほしいわ」

 隣にいた明賀先輩がぽつりと呟いた。

 そうか、そのことをあたしは気に病んでいたんだ。相手だってセパタクローを始めるきっかけがあったはずだし、練習を楽しんでいたはずだ。その楽しかったはずの記憶を嫌な記憶で上書きして終わってほしくない。

「ま、彼女たちのことを考えても私たちにできることはなにもないし、同情なんてもってのほか。次も勝ちましょ」

 明賀先輩が努めて明るく振る舞うかのように言って笑った。

 あたしが頷き前を向くと、第二試合のチームである神奈川の名凜高校とすれ違った。オレンジのユニフォームが会場で一番目立っている。

「久しぶり」

 名凜高校の一番を着ている人が笑顔でこちらに手を振ってきた。明賀先輩の知り合いかと思ったが、明賀先輩は首を傾げている。宮成先輩も不思議そうな顔をしている。残るは千屋さんだが、いつもの無表情だ。

「あれ、千屋さん冷たいなあ」

 名凜高校の一番が千屋さんを名指しした。それでも千屋さんは無反応で、無言のまま通り過ぎてしまった。

 あたしたちはとりあえず名凜高校の人たちに会釈だけしてアリーナを出て、試合が見られる観客席まで移動した。

「千屋さん、名凜高校の一番の人は知り合い?」

 明賀先輩がそう聞くと千屋さんは首を横に振った。

「いいえ。同じ中学でセパタクローをやっていました」

 それは知り合いと言うのだろうよ、と心の中でツッコミを入れた。千屋さんから話しかけないでほしいオーラがいつも以上に出ているからあたしはそっとしておいた。

 第二試合が始まった。試合は終始名凜高校のペースで進み、相手チームは一度もリードを取れない。

「名凜高校の人たちは初心者チームだと思っていたけど、そうは思えないわね。もしかして全員経験者?」

 明賀先輩の横顔が少しだけ険しくなった。楽な試合になると多少は思っていただろうから、これは予想外の展開だ。

「全員私と同じ中学で経験者ですよ」

 千屋さんはそれだけ言うと目を閉じてしまった。さすがの明賀先輩も話しかけていいのか悩んでいるようで、試合と千屋さんの様子を交互に伺っている。

「あの、明賀先輩」

 試合を見ていてふとおかしなことに気がついた。

「なに?」

「両チームのアタックなんですけど、千屋さんと違いますね」

 両チームのアタッカーはネットと平行になるよう体を向けてジャンプした。相手を横目で見ているようだ。それから右足を高く上げてから外側へ向けてボールを蹴って相手コートに返した。対して千屋さんはジャンプしてから空中で回転し、頭の上からアタックを打つ。

「ああ、それね。阿河さんはアタックを打たないから説明しなかったけど、アタックには二種類あるの。今試合しているチームが使っているのがシザースアタック。名前の通りハサミのように足を使って打つの。千屋さんが使っているのがローリング。いつも見ているから分かると思うけど、頭の上から打つ。ローリングが使えるのは高校女子の中なら千屋さんだけね」

 千屋さんはそんなにすごいのか。当の本人を見ると椅子に浅く腰掛け足を伸ばし、背もたれに上半身を預け、お腹の上で両手を組みながら目を閉じている。一見すると寝ているようだ。

 セパタクローを知れば知るほど千屋さんのすごさが分かってきてしまう。千屋さんの実力だけは認めないといけない。

 長めの笛が吹かれ、我に返った。試合が終わったようだ。

 次の相手は名凜高校だ。

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