8-2
「茜は唯ちゃんを甘やかしすぎだよ」
「そうですよ」
あの後あたしたちは三人で駅前のファミレスに来ていた。時間は八時近く、店内はそれほど混雑していない。あたしと宮成先輩が同じ席に、明賀先輩が対面に座っている。
「そんなことないと思うけど」
とぼける明賀先輩にあたしも宮成先輩も口々に不平を言うが、明賀先輩は取り合ってくれない。
「千屋さんって本当によく分からないですよね。セパタクローが好きなわけでもなさそうなのに、練習はサボらないですし。何がしたいんですかね」
「千屋さんのあの態度はね……」
明賀先輩は今日もドリンクバーのブラックコーヒーを飲んでいる。明賀先輩が一口コーヒーを飲んで口の中を潤してからしゃべりはじめた。
「まず大前提として、千屋さんはご両親と血縁関係がないの」
「それって血が繋がってない、本当の親子じゃないってことですか」
血縁関係なんて非日常的な言葉が出てきてしまいあたしは思わず同じ意味の言葉を繰り返してしまった。
「本当の親子ってのがどんなものかいろいろな解釈があるけど、まあそういうことね」
これは意外だったのか、宮成先輩も無言で目を丸くしている。
「明賀先輩はどうしてそのことを知っているんですか」
「有名な話よ。特にセパタクロー界は狭いから、長いことこの世界にいる人は周知の事実ね」
「千屋さんは、そのこと知っているんですか?」
明賀先輩が少し考え込み、またコーヒーを一口飲んだ。
「どうかしらね。……でも知っていてもおかしくはないわね」
「千屋さんが親から知らされたってことですか?」
「いえ、ご両親は千屋さん本人に知らせていないらしいわ。でも、私が知っているくらい有名な話だから、知っている可能性は高いわね」
千屋さんの両親の意向で隠しているなら千屋さん本人は知り得ない。千屋さんの両親の知り合い、主にセパタクロー関係の人たちも無神経に千屋さんに教えることもないはずだ。ただ、千屋さんの両親はセパタクローの名選手で、千屋さんも幼いころからセパタクローをやっている関係で他の選手と交流があるだろう。その際に意図せず耳にしてしまった可能性がある、というわけか。
「でもそれが唯ちゃんの普段の態度とどう繋がるの?」
宮成先輩は「だからなんだ」とでも言いたげな表情で明賀先輩に聞いた。
「千屋さんがご両親と血縁関係にない、ってこと以外は全部私の推測だから、ここから先は真に受けないでほしいんだけど」
明賀先輩はそう前置きして、コーヒーを飲み干した。
「千屋さんは自身も、ご両親と血が繋がっていない、ということを幼いときに知った。それで千屋さんはこう思ったのかもしれない。『セパタクローを嫌でも続けないと捨てられてしまうのではないか』とね」
それは短絡的すぎる気がした。千屋さんの両親にどういう事情があったのかは分からないが、自分の子供をそんなあっさりと捨てるような真似をするだろうか。
あたしがそのことを言うと、明賀先輩は肩をすくめた。
「そうかしら。有名アスリートが子供の意向にそぐわなくとも子供に自分がやっていた競技をやらせる、なんてのはよくある話でしょ。自分と同じ才能が子供にあると思い込み、厳しく指導する、なんてのも典型的な話よね。そのせいで、実の親子でさえ親子関係にヒビが入るのに、血が繋がっていないことを知っている千屋さんはどう感じる? 万が一にでも捨てられたら自分はどうなるか想像もできないし、幼かった千屋さんにとっては恐怖以外のなにものでもなかったはずよ。捨てられないようにセパタクローを続けるのはなにも不自然とは思わないわ」
明賀先輩がしゃべり終わると、あたしたち三人を重苦しい沈黙が包んだ。血の繋がらない両親に捨てられないように、千屋さんはそれだけを考えてセパタクローを続けている。練習中の態度も、勝敗に拘ることもない姿勢も、それなら腑に落ちる。楽しいとか楽しくないとか好きとか嫌いとか、自分の素直な感情すら吹き飛ばすようにセパタクローをやっている。それは息苦しいだろう……。
宮成先輩はなにかしゃべろうと口を開けては閉じ、を繰り返している。さすがの宮成先輩も言葉が見つからないようだ。
「あくまで私の推測だから、宮成さんも阿河さんも千屋さんに対して腫れ物に触るような扱いはやめてね」
「……明賀先輩が千屋さんに甘いのは腫れ物に触るような扱い、じゃないんですか」
この空気を変えたく、もうどうにでもなれ、と半ばやけくそになりながらの発言だった。
宮成先輩がふっと強ばった表情を緩めた。
「彩夏ちゃんはまだ茜のことを完全に理解していないようだね」
「そうね。確かに千屋さんに甘いかもしれないけど、そんな理由じゃないわ。千屋さんが高校女子の中で一番強くて、私たちを日本一に導いてくれる存在だからよ」
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