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 翌日も練習があり、着替えてから体育館に入ると珍しく千屋さんが先に来ていた。

 昨日は明賀先輩に腫れ物に触るような扱いをするなと言われたが、安心してほしい、そんなつもりは毛頭ない。千屋さんの態度に腹立つし、それに対してこちらの怒りが静まることはないのだから。

 今日もリフティングとパスをこなし、サーブ練習をすることとなった。千屋さんは相変わらずあたしのサーブ練習に加わるつもりはないらしく、一人で練習している。

「千屋さん、サーブ練習」

 明賀先輩が千屋さんの代わりにサーブトスの位置に着いたが、あたしはあえて千屋さんに呼びかけた。

「私はどこへでも上げられるから練習する必要ない。何度も言ってるでしょ」

「実際の試合は千屋さんが上げるんだから、練習でもやりなよ」

「試合? 試合なんかどうでもいいって昨日も言ったでしょ。馬鹿だから忘れた?」

「千屋さんのことは知らない。でも、あたしにとってはどうでもよくない。千屋さん、サーブのトス」

 最後はほとんど命令口調になった。あたしに素直に従う気はないだろうが、それでも明賀先輩と場所を入れ替わった。

「飽きるまでね」

「一球で飽きるとかなしね」

 千屋さんはあたしの軽口を無視し、唐突にボールを放り投げてきた。あたしは思わず右足で千屋さんに蹴り返した。

「サーブ打つ方向分からないの?」

 千屋さんは本当に……。あたしが言い返そうとしたところで明賀先輩が割って入った。

「はい、真面目に練習しましょうか」

 あたしも千屋さんもとりあえずはさやに収めた。

「阿河さん、今日は狙いを絞ってサーブを打つことを意識しましょう」

「狙いって、打つ場所ってことですか?」

 明賀先輩が頷いた。今までサーブの型ばかり意識していた。試合では当然相手の弱点を突いていく必要がある。そのための練習だと分かった。

「私がいる場所にサーブを打ってね」

 そう言うと明賀先輩が相手コートの真ん中に移動した。

「まずはここ。じゃあ千屋さん、阿河さんどうぞ」

 それからサーブを打ち続けた。あたしの打ったサーブは明賀先輩がレシーブして真上に上げ、もう一度蹴り、ネットを越えて千屋さんの手元に渡す。明賀先輩が、

「休憩にしましょう」

と言うまで千屋さんは無言でトスを上げ続けた。

「サーブがあっさりレシーブされちゃうと、試合で点が取れる気がしなくなってきます」

 お茶を流し込んでからあたしが弱音を吐くと明賀先輩がきょとんとした顔をした。

「正面に来るならどんなボールでも私は取れるからね。ちゃんと狙い通りに打てているし、阿河さんのサーブは悪くないわよ」

「そういうもんですか……」

 正面のボールなら取れる、ってさらっとすごいことを言っているように聞こえるが、気のせいだろうか。明賀先輩のように十年続ければそうなれるのかは分からない。いずれにしろ十年は気が遠くなる。

「さて、再開しましょうか」

「飽きました」

 明賀先輩が言うやいなや千屋さんはリフティングしたまま平然と言ってのけた。

「千屋さんさあ……」

 あたしは抗議の声を上げたが、千屋さんはどこ吹く風だ。

「飽きたので今度は私がレシーブします。サーブのトスは明賀先輩にお任せします」

 明賀先輩はいつもの調子で、

「仕方ないわねえ」

とだけ言って練習を再開した。


 半月ほど練習を重ね、狙いを定めたサーブもそこそこできるようになり、明賀先輩の提案によりレシーブ練習をすることになった。

「実は阿河さんにとってレシーブ練習が一番大事なんだけどね」

「そうなんですか?」

「レシーブができないと試合にならないからね。バレーとかでもそうでしょ」

 そう言うと明賀先輩がバレーボール部のコートを親指で指した。そちらに目を向けるとバレーボール部が六人対六人の試合形式の練習をしていた。

 しばらく見ていると一人がサーブを打ち、レシーブする側は明後日の方向へボールを飛ばしてばかりで練習になっているように見えない。

「まあ、あんな感じでレシーブできないと試合にならないの」

「それは悲惨ですね……」

「初心者の阿河さんは特に狙われると思うから、これからは試合まで重点的にレシーブ練習をするわよ」

 試合、という単語にあたしの中で緊張感が走った。今まで自分の練習に夢中であまり意識していなかった。

「試合っていつなんですか」

「例年八月最後の土日ね。マイナースポーツだから大会は夏の一回だけよ」

 大会まで約二ヶ月ほどだ。日本一を目指している明賀先輩の足を引っ張るわけにはいかない。あたしはあたしのできることをとにかくやる。

「話を戻すけど、レシーブする場面は大きく分けて二つ。サーブを受けるときとアタックを受けるとき。まずはサーブレシーブから練習しましょう」

 明賀先輩が一人で黙々と練習していた千屋さんを手招きした。

 千屋さんは小さく頷きリフティングしながらこちらにやってきた。

「阿河さんのレシーブ練習するから千屋さんはサーブを打って」

「……分かりました」

 少し不服そうな口調が気になったが、拒否よりはまし、千屋さんのポジションからしたらサーブを打つことはないから面倒なのだろう、といろいろ考えて自分に言い聞かせた。

「千屋さんサーブ打てるの?」

 あたしの質問に千屋さんがさげすむような視線を送ってきた。

「阿河さんよりは」

 こいつは本当に……。あたしは深呼吸し気持ちを静めた。最近の千屋さんは一言多い。こちらに無関心でどうでもよさそうな態度だった以前に比べると、こちらに多少の関心があるとも取れる態度のほうが幾分ましだと思うようにしている。

「じゃあ千屋さんよろしく。阿河さんは私が立っている場所に一回で返して。一回で返せないなら二回目はネット際に上げて」

「ネット際ですか?」

「そ。三回目は千屋さんがアタックを打つから」

 レシーブがしっかりできれば明賀先輩が綺麗なトスを千屋さんに上げられる。レシーブがだめでもあたしがとりあえずトスをネット際に上げればあとは千屋さんがなんとかする、というわけか。

「とりあえずやってみましょう」

 あたしがコートの真ん中、明賀先輩が左クォーターサークル内、千屋さんが相手コートのサーブ位置に着くと、千屋さんが右手でボールを真上に上げ、そのまま右足を円を描くように高く上げた。

 自分でトスを上げるんだ、などと考えているうちにあたしの真横にボールがたたきつけられた。

「千屋さん、阿河さんの練習だから……」

「いえ大丈夫です。次はレシーブします」

 今のはボールじゃなくて千屋さんの動きを見ていたせいで拾えなかっただけだ。真横に来るボールであればあたしの反射神経なら取れるはずだ。

 再度千屋さんがサーブを打ってきた。今度もあたしの右真横だ。さっと右足を出したが、ボールは真後ろに飛んでいった。

 高い位置から打ち下ろすあたしのサーブと千屋さんのサーブは全然違う。サーブの打点はあたしのほうが高い。それでも千屋さんのサーブのほうがスピードも威力も格段に上だ。ネットすれすれを通ったボールが途中で急激に落ちるようだ。

 サーブという同じ動作をするからこそ分かる。千屋さんは気にくわないし嫌いだが、その実力だけは認めざるを得ないのかもしれない。

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