7-2

「なんなんですかね、あれ」

 練習後にあたしは明賀先輩と駅前のファミレスに来た。昨日に続いて二日連続だ。相変わらずいろいろな人で賑わっていて、注文した品はなかなか届かなそうだ。あたしはドリンクバーのコーラを、明賀先輩はブラックコーヒーを飲んでいる。

「なにが?」

「千屋さんですよ。飽きたから代われって、ある意味すごい人ですよ」

 あれからサーブ練習はずっと明賀先輩とした。明賀先輩が千屋さんに交代をお願いしたら、

「明日なら」

と平然と言ってのけた。

「まあ、大物よね」

 明賀先輩は力なく笑って、コーヒーカップを口元に運んだ。

「あんなの許していいんですか?」

「千屋さんがサーブのトスは問題ないって言ってるから問題ないんでしょう。だから許してるわ」

「……千屋さん、つけあがってどんどん明賀先輩の言うことを聞かなくなりますよ」

「別に構わないわよ。前も言ったと思うけど……」

「試合に出られれば、いや、試合に勝てるならなんだっていい、ですよね」

 歓迎会のあの日のワンシーンは強烈にまぶたに焼きついている。明賀先輩の言葉、空気、全てが。

「その通りよ」

 千屋さんがどれほどすごい人なのか、素人のあたしにはよく分かっていない。それでも立場が上のはずの先輩が強く出ないということはかなりのものなのだろう。現にサラブレッドなわけだし。

「でも、あんまり千屋さんがひどいとあたしがやめちゃうかもしれませんよ」

 それまで平然としていた明賀先輩が動きを止め、あたしをじっと見つめてきた。歓迎会のあのときの一瞬を彷彿とさせる真剣なまなざしだ。

「やめるの?」

「……いや、仮の話です。あたしが千屋さんに我慢ならなくなったら、です」

「必ずその前に私に言って。そのときはさすがに千屋さんをたしなめるから」

 意外だった。明賀先輩は千屋さんについては自由にやらせるつもりだとばかり思っていた。だからあたしがやめるときになっても引き留めはすれど、原因解決に動くとは思っていなかった。

「阿河さんをみすみす手放したりはしないわ」

「それは、あたしの代わりを探すのが大変だからですか?」

「なんだか、表現は気になるけど……。それもあるけど、お金とか関係なくセパタクローをやってくれるってだけで貴重なの、それも真剣に。だから阿河さんにはやめてほしくないし、続けてほしいと思っている」

 普通の高校生はお金が絡んでなくても程度に差はあれ、それなりに真剣にやるものだと思うが、明賀先輩に関しては去年の例がある。

「分かりました、千屋さんに我慢できなくなったら相談します」

「ぜひそうしてね」

「でもそうしたら、千屋さんがへそ曲げてやめちゃうんじゃないですか」

「千屋さんは大丈夫。絶対やめないわ」

 なんで言い切れるんですか、と聞こうとしたところで注文していたパフェが届いた。店員の登場で会話はうやむやになり、聞きそびれた。

「千屋さんのことはもういいです。明賀先輩のことを聞きたいです」

「私?」

「そうです」

 今まで強烈な個性の千屋さんと、明賀先輩と宮成先輩の関係に隠れてしまっていたせいで、明賀先輩自身のことをなにも知らないな、と昨日お風呂に入りながら思った。だから今日は練習終わりにファミレスへ誘ったわけだが、千屋さんのせいで本来の目的を忘れるところだった。

「明賀先輩はどうして、そんなにセパタクローが好きなのか、聞いたことないなと思いまして」

「そういえば、話したことなかったわね」

 明賀先輩がコーヒーを飲み干し、

「お代わりしてくる」

と言って一度席を立った。明賀先輩が戻ってきて、一口コーヒーを飲んでから話し始めた。

「どこから話し始めればいいか、悩むけれど……。私の家は結構いいところで、その……」

 明賀先輩が言い淀んだので、

「そこは宮成先輩から聞きました」

と助け船を出した。

「なら話は早いわね。子供のときの遊び相手は、同じ家庭のレベルと言えばいいかしらね、とにかくお上品な人たちが多かったの」

 あたしも東京生まれ東京育ちだが、お金持ちというわけではないから、明賀先輩のような人がどんな幼少期を過ごしたか想像できない。

「小学校入学前くらいかな、近所の公園で女の子二人が遊んでて、それが……」

「セパタクローだった」

「そ。で、気がついたらその二人に混じって遊んでたの。どういう経緯で、どういうやり取りがあったかはもう覚えていないけど。……楽しかった、すごく。初めて思いっ切り体を動かして、疲れ果てて、服を汚して怒られて、全然できていなかったかもしれないけど、そんなことどうでもいいくらい楽しかった。それが始まり」

「その女の子二人組は歳が近かったんですか」

「二人とも二個上よ」

「ずいぶん具体的ですね」

「それはそうよ、その日からずっと一緒にセパタクローをやっていたからね」

「ずっと、ですか……」

「学年が違うから厳密にはずっとではないけどね。二人が中学に上がってからは中学校にお邪魔してやってた。小学校卒業後はむり言って二人のいる公立中学に通った。二人が中学を卒業後は高校にお邪魔した。中学卒業後もまたむり言ってこの井澄高校に進学した。で、去年その二人と一緒に大会に出て全国二位になった。こんなものかな」

 明賀先輩の尋常じゃない執念にあたしは言葉を詰まらせた。言葉は悪いが、マイナースポーツだ。打ち込み、名を馳せても世間の感心はこちらに向かない。

「……その二人は卒業後どうしたんですか」

「二人とも大学でセパタクローをしているわ」

「明賀先輩は二人を追いかけなくてよかったんですか」

 すると明賀先輩が少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。

「中学高校と違ってね、大学だとそこそこ競技人数がいるの。今まではその二人しかいなかったけど、もう二人だけじゃない。幼馴染みの二人には新しい環境で新しいチームメイトと真剣に取り組んでほしい。だから私は私でチームをつくるって決めた」

 明賀先輩がセパタクローを好きなのは本当だろう。でもそれは明賀先輩が先輩の幼馴染みと一緒にやるから、という理由も大きいのではないか、と意地の悪い考えと宮成先輩の顔が一瞬よぎったが、すぐに追い払った。

「昔遊んだセパタクローが楽しくて今でもやっている、まとめればその程度よ」

「今も楽しいですか?」

 ずっと一緒だったその二人がいなくても?

「もちろん」

 明賀先輩は間髪入れず答えた。

 わがままな後輩と初心者の後輩、そんな二人でもですか、とは聞けなかった。

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