7-1

「ちょっと実戦に向けた練習をしましょうか」

 すっかり恒例となったリフティング五〇回と明賀先輩とのパス練習を一通りこなすと明賀先輩が提案してきた。

「え、アタックですか? あんなのむりですよ?」

 宮成先輩の説明のようになってしまうが、空中でぐわんと回ってボールを蹴るなんてできるとは思えない。

「まさか。アタックは千屋さんに任せておけばいいのよ」

「じゃあ、なにを……」

「答えはサーブ」

 例のごとく、足で打つのは分かっている。が、サーブの打つ流れが分からない。自分の手でトスを上げ足で打つ? それとも足でトスをあげ足で打つ?

「サーブを打つ人をその名の通りサーバーって言うの。サーブを打つ場所はコートの真ん中にある円の中から」

 そう言って明賀先輩がコートの中にある円を指さした。円は片面コートのおおよそ中央にある。

「半径は三十センチ。サーブを打つときはあの円の中から軸足が出ず、かつ床から離れないように打つこと。ちょっと見てて」

 明賀先輩が円の中へ移動した。左足を円の中に残し、右足をハイキックの要領で蹴り上げ振り抜いた。

「こんなイメージ。足をボールに当てる位置によって変化をつけたりできるけど、まずはインサイドを使いましょう。一番慣れているでしょうし」

 アタックよりはイメージしやすい。とりあえず蹴ってネットを越えればいいわけだ。

「ルールについてもう一個。点を取ったチームがサーブ権を得るわけではないの。サーブは三本ずつ打ってサーブ権が相手に移るの」

 一人で連続三回ボールを蹴っていいのと同じように、これもバレーボールとの大きな違いだ。一度頭の中でルールを整理したほうがいいかもしれない。

「早速やってみましょう。利き足はどっち?」

「右ですね」

「じゃあ、トスは千屋さんね」

 なぜ急に千屋さんが出てくるのか分からず首を傾げ、

「え? 千屋さん、なんで……」

と、変な声を上げてしまった。

「なに驚いているの……ってそうか。サーブのトスはサーバー以外の人が手で上げるの。阿河さんの利き足が右だから、コートの右側にいる人がトスを上げる。つまりポジション的に千屋さんになるわけ」

 まさかここに来て、千屋さんの力を借りることになるとは。今から利き足は左にならないものか。

「阿河さん、体結構柔らかいわよね。立ったままで右足はどれくらい上がる?」

 あたしは勢いをつけずにゆっくりと右足を持ち上げた。足の裏が天井を向き、ちょうどIの字になるようにバランスを取った。

「うわ、彩夏ちゃん、やばあ……」

 後ろから声をかけられた。話し方からして宮成先輩だ。

「いいわね。最初はボールを相手コートへ入れるよりも、一番高い場所でボールを蹴る感覚を意識して。その高さは必ず武器になるから」

 あたしは上げていた足をゆっくりと下した。

「阿河さんにはあまり関係ないけど、サーブを打つ場合のルールをもう一個。サーバー以外の二人はクォーターサークル内にいないといけないの。あの半円ね。半径は九〇センチ」

 そう言って明賀先輩がコート内を指さした。両サイドラインのネット下に両コートにまたがるように半円がある。半分の半分でクォーターサークル、というわけか。

 明賀先輩が一通り説明を終えると、千屋さんにバトンタッチし、ネットをくぐって相手コート側へ移動した。千屋さんは渋々といった感じでクォーターサークルへ移動した。

「私は球拾いやるから。じゃあ、二人ともどうぞ」

 千屋さんはなにも言わずにいきなりボールを山なりに放り投げてきた。あたしは慌てて右足を高く上げ、虚しく空を切った。

「千屋さん、掛け声とかないの?」

「試合中にそんなことすると思う?」

 千屋さんが見下すような視線をあたしに送ってくる。試合を知らないあたしにそんなことを言われても困る。

「はいはい、千屋さんに合わせますよ」

 それからは黙々とサーブを打ち続けた。繰り返していると足にかなり負担がかかる。自分の全体重を左足で支え、右足は自分の頭より高く上げ続けるから当然だが。サーブは最初の一球を除けば空振りしてないし、ネットも越えている。最低限はできていると思う。

 千屋さんが眠そうな目をしながら棒立ちのままサーブのトスをするのはこの際気にしないようにした。

「休憩にしましょう」

 そろそろ足が上がらなくなってきた、と弱音を吐く寸前で明賀先輩からありがたい言葉が出た。

 あたしは壁に寄りかかりながらゆっくりと座った。足全体が痛い。

「さすが阿河さんね。相手コートに入るだけ大したものよ」

 明賀先輩がリフティングしながらこちらに来て話しかけてきた。休憩中でも千屋さんも明賀先輩も大体リフティングはしている。

「もう足上がらないんですけど」

「まだまだサーブ練習をするわよ」

 鬼め、とはさすがに怖くて口に出せなかった。

「やってて分かると思うけど、体の柔軟性が大事なの。だからこれから毎日お風呂上がりは柔軟して、今より体を柔らかくしておいて」

 家でもか……。今まで自主的になにか練習をするということがなかった。柔軟くらいならなにか別のことをしながらできるからいいか。

「サーブ入らないと試合にならないんだよねえ」

「どうしてあたしにプレッシャーを……」

「そんな繊細な人じゃないでしょ。でも、本当に試合にならないの。サーブミスで相手に点が入って、サーブが入ってもアタックが拾えず、気がつけば一点も取れず負け、なんてことは初心者チームにありがち」

「それ、嫌になりそうですね」

「なりそう、っていうかなる。『見ない顔だ、マイナースポーツに人が増えるのは嬉しいなあ』なんて喜んでたら、やめちゃうわ」

 不幸な話だ、競技者にとっても初心者にとっても。知名度もさることながら、難易度にも問題がある。最初に考案した人は何を考えていたのか問い詰めたい。

「さて、そろそろやりましょうか」

「明賀先輩」

 いつのまにか千屋さんが明賀先輩の横に来ていた。リフティングはしたままだ。

「どうしたの」

「ボール出し飽きました。変わってください」

 あたしは自分の耳を疑った。飽きた、って言った? そんなわがままな理由で練習を放棄していいわけがない。

「多少退屈かもしれないけど、ポジションの関係上、千屋さんがボールを出さないといけないわけだし」

「投げるだけですし、私じゃなくてもいいですよね」

「そういうわけにはいかないわ。阿河さんが一番サーブを打ちやすい場所があるはずだから、そこに上げる練習も……」

 明賀先輩と千屋さんをちらちら見ながら宮成先輩があたしの元に来た。

「あの二人はどうしたの」

 最初から事の成り行きを見ていてはずだが、宮成先輩は言い争っている理由を理解できていないみたいだ。あたしがポジションについて説明し、千屋さんの暴挙を伝えると、

「え! そんなのだめでしょ」

と目を丸くした。

「ボールならどこへでも好きなように上げられるので、大丈夫です。飽きたので変わってください」

 あたしもなにか言おうとしたが、明賀先輩がそれより先に小さくため息をついて折れた。

「分かった、代わるわ。ただし、明日は代わらないからね」

 あたしも宮成先輩も不満が口をついて出たが、千屋さんは取り合わなかった。おまけに、リフティングを一度も中断することはなかった。

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