6-2
「私と茜のことはで聞きたいことはまだある?」
宮成先輩は今度はメロンソーダを手にし、席に座ってあたしに聞いた。
「いえ、特には……」
「そ。じゃあ本題ね」
明賀先輩と宮成先輩の関係についてが本題とばかり思っていたあたしは意外な言葉に宮成先輩の顔をまじまじと見つめた。
「私と茜のことより大事なことを話したかったの。話したいというよりお願い、かな」
宮成先輩のお願いとはなんだろうか、あたしには想像できなくて身構えてしまった。話の流れからセパタクロー関連のはずではあるが……。
「彩夏ちゃんにはチームの中心になってほしいの」
思いがけない言葉にあたしは文字通り固まった。それになにを言われたのかすぐには理解できなかった。
「……中心、ですか」
「そ、中心。みんなをまとめて引っ張っていけるような存在。彩夏ちゃんにはそうなってほしいと思っている」
「どうしてあたしなんですか。明賀先輩でも千屋さんでもなく。あたしはまだ初心者なんですよ?」
宮成先輩は小さく首を横に振った。
「実力とか経験値の話じゃない。これは適性の話。チームの中心になれるのは彩夏ちゃんだけだよ」
「明賀先輩がすでに中心だと思っているんですけど。部長だし、上級生ですし。違うんですか」
「違う。茜は違う」
宮成先輩が強く言い切るものだからあたしは面食らい、口がきけなくなった。
「茜はただ年上でたまたま部長をやっているだけ。それだけ」
「……さっきは明賀先輩を尊敬しているって言ってたじゃないですか。今度はずいぶん酷評するんですね」
「すごいと思っているよ。でも完璧な人間だとは思っていない」
それはそうか。あたしもお姉ちゃんをすごいと思っているけど、欠点がないとは思っていない。部屋に勝手に入ってきたり、あたしの意見を聞かず行動したり、それと一緒だ。
「茜は極端に勝利至上主義だよ。それ以外はどうでもいいとさえ思っている。唯ちゃんのあの態度を許しているし。たぶん彩夏ちゃんが舐めた態度をとっても、毎日体育館に来てくれる限りなにも言わないと思うよ」
歓迎会で明賀先輩は同じことを言っていた。宮成先輩は明賀先輩のことをよく理解しているのだと思う。
「勝てないと楽しくないっていのは分かる、ゲームとかでもそうだし。でも、勝てれば必ず楽しいと感じるわけじゃないと思う」
勝てば楽しい……。もしあたしが中学生のとき、むりにでも陸上を続け勝ち続けていたら、楽しいと思っただろうか。たぶんあり得ない話だ。あたしには宮成先輩が言わんとすることがよく理解できた。
「正直に言うと、今の茜たち三人を見ていると心配になるの。唯ちゃんはすごい人で、唯ちゃんがいれば負けないって茜は言っている。だから茜は唯ちゃんにはなにも言わない。でもそれでいいの? みんながみんな勝手で、なんのこだわりもなく部活を続けて楽しい? 卒業して思い返したとき楽しかった、って思える?」
一気にしゃべり切った宮成先輩は短く息を吐きだした。その目は少しうるんでいた。
「茜にはもうちょっとチームのことを考えられるようになってほしい。唯ちゃんはもっと本気になってほしい。それが私の願い。そしてそれができるのは彩夏ちゃんしかいないと思っている」
氷が溶けコップにぶつかるカラン、という音で我に返った。コップの中の氷は小さくなり、コップは結露している。飲み物が水で薄まり、ただでさえ薄めの色がより透明に近くなっている。
「チームの中心って、そういうことですか?」
「そういうこと」
「でもあたしには……」
ちょうどそこにあたしが注文した料理が届いた。鉄板の上のハンバーグはばちばちと音を立てている。
店員さんが注文内容を読み上げ、レシートを伝票立てに入れ、慌ただしく立ち去った。
「長々と話しちゃったけど、今は特段なにかしろってわけじゃないの。ただ、彩夏ちゃんには必死にセパタクローをやってほしい、それだけ」
宮成先輩はテーブルの伝票を取って、
「じゃあねえ」
と言って立ち上がった。二、三歩テーブルから離れてから、宮成先輩はこちらを振り返った。
「あ、そうだ。茜はずっと日本一になりたがっている。彩夏ちゃんにも期待してるみたいだよ」
宮成先輩はそれだけ言って、後ろを向きながら手を振り去ってしまった。
残されたあたしはまだ熱いハンバーグを勢いよく頬張った。
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