6-1
日曜日まで毎日練習をした。明賀先輩が優しく蹴ったボールであれば、ほぼ確実に明賀先輩の元へ蹴り返すことができるようになってきた。それも一回の蹴りで、だ。
千屋さんは相変わらずで、素っ気ない態度を見る度に苛立ちが募ってしまう。あたしのスルースキルのなさに失望する。
宮成先輩はたまに練習に来ない。宮成先輩に聞くと三日に一回はバイトに行っているとのことだ。まあ、来てもなにもしないからいてもいなくても大差ないのだが。
月曜日は部活が休みで、火曜になると同時に五月になった。
放課後体育館へ行くと、すでに明賀先輩と宮成先輩が来ていて、なにやらひそひそ話していた。
後ろからこっそりと様子を覗き見ると、明賀先輩が宮成先輩に千円札を渡していた。
「なにか、買い物ですか?」
あたしが声をかけると二人は飛び跳ね、ぎこちなくこちらを振り向いた。
「あちゃあ、見られちゃったかあ」
宮成先輩がおどけ、自分の額をぺしっと叩いた。
「まずかったですか?」
「まあ、それなりにねえ。彩夏ちゃん、見なかったことにできない?」
「それはちょっとむりですかね……」
宮成先輩が困った表情を浮かべ、明賀先輩の顔を見つめた。明賀先輩もなにやら思案しているのか、なかなか口を開かない。
「説明すると長くなるわね……。練習終わってから宮成さんに説明してもらって」
練習が終わり、宮成先輩に最寄り駅のファミレスに連れてこられた。十九時過ぎの店内に学生はあまりいないが、会社員らしき人たちがいっぱいいて賑わっている。歓迎会で使った喫茶店に行くものとばかり思っていたが、もう閉店時間を過ぎたらしい。
宮成先輩は果敢にも千屋さんを誘ったが、当然断られてしまった。明賀先輩も帰宅してしまったので、宮成先輩と二人だ。
「バイト代入ったばかりだから好きなだけ食べていいよお」
あたしは空腹だったので遠慮せずドリンクバーとハンバーグのご飯セットを、宮成先輩はドリンクバーだけを注文した。
「さて、なにから話そうかなあ」
あたしが二人分の飲み物を持ってきて席に着くと宮成先輩がそう呟いた。宮成先輩は氷が大量に入っていて冷え切ったコーラを一口飲んで喉を潤した。
「あのお金はなんですか? 宮成先輩の慌てぶりからすると、部活で必要な買い物のためのお金ではないですよね」
とりあえず、単刀直入に聞くことにした。まどろっこしいのは嫌いだ。
「そういうごまかし方があったかあ」
「で、なんですか」
「ええっと……一言で表すなら、友達料?」
友達料……。そんな非現実的な、創作物でしか聞いたことがない単語を耳にするとは思わなかった。そもそも明賀先輩と宮成先輩がそんな間柄だとは思わなかった。
あたしが侮蔑を込め睨めつけると、宮成先輩は慌てて右手をこちらに突き出し制した。
「ちょっと待って。一から説明させて」
宮成先輩は眉間に皺を寄せ、腕を組み、ううん、とうなった。話す内容を整理しているようなので、あたしは大人しく待つことにした。
「……茜が一年生のとき、つまり去年ね、三年生が引退して、セパタクロー部は茜一人になっちゃったの。それで部員集め、というか練習に付き合ってくれる人を募集していて、私ともう一人に白羽の矢が立ったわけ」
宮成先輩は最初からセパタクロー部のマネージャーではなかったのか。これが友達料とどう関係してくるのか分からないが……いや、見えてきた……。
「察したと思うけど、お金を使って募集をかけてたのよ。で、私はそれに乗っかった」
宮成先輩が悪びれる様子もなく言ってのけるものだから、口に含んだ飲み物の味が一瞬で消え去った。
「それで、友達料……」
明賀先輩のセパタクローへの執念はこの前の歓迎会のときに肌で感じた。あのときの感覚は今まで味わったことがない。だからと言って、お金で……。
「明賀先輩が誘ったもう一人はどうしたんですか?」
「一回も見たことないから断ったんじゃない?」
「宮成先輩は断ろうとしなかったんですか?」
すると宮成先輩は天井を見つめ、少し考え込んだ。
「最初は断ろうかなあって思ってたけどさあ……。まあ利用させてもらおうかなって」
「先輩たちは仲よさそうに見えました……。あれはお金の関係だったんですか……?」
「まあまあ、落ち着きたまえ」
宮成先輩がここに来て初めて、柔らかい笑顔を見せた。さっきまでの難しそうな顔とのギャップに戸惑ってしまう。
「話は長くなるんだって。茜とは去年同じクラスでさ。茜はクラスで浮いていた、と言うよりあまり好かれてなかった」
「どうしてですか。いい人ですよね」
「茜はね、お嬢様なの。言葉の綾とかじゃなくて、本当にね。某大手化粧品会社の役員の一人娘。頭もよくて、全国模試とかでは常に二桁順位。はっきり言って、うちの高校にいるのがおかしな存在なわけ。ほら、言葉遣いとかちょっと上品じゃない?」
そう言われると思い当たる節はある。語尾が「~わ」とか「~わよ」なんて使っている人を初めて見た気がする。それに、雰囲気や物腰もどことなく柔らかい。セパタクローをしているときは別人のようだけど。
「私も最初は茜のことあんまり好きじゃなかったし、お金もらえるならもらっておこうと思って、セパタクロー部に入った」
なんだか、嫌だ。あたしが思うほど世の中は単純じゃない、と理解していたはずなのに。どこに行ってもこんなものなのか。
「お金の件については私たちの学年だと有名な話で、茜は益々浮いていった。私は話のネタとお金になるから気にしなかったけどね。で、あるとき聞いてみたの。『明賀さんさあ、学校で浮いてるけど、人生楽しい?』って」
ずいぶん直球だ。それに、宮成先輩の口ぶりからすると傷つけるように悪意を込めていたように感じる。
「そしたら、『そんなことはどうでもいい。セパタクローができるならなんだっていい』って……。あのときの迫力は忘れられない。正直言って怖かった。けど……」
宮成先輩が少しだけ目を伏せた。宮成先輩は普段語尾を伸ばすしゃべり方をするが、今はしていないことに気がついた。
「いいなあって思った。素直に。率直にね」
「いい、ってどういうことですか」
「そのまんまだよ。周りのことなんか関係ない、自分がやりたいようにやれればそれでいいって、思えるほど熱中できるものは私にはないの。頭がいいわけでもないし、運動にいたってはボールを蹴ることすらままならない。好きなことはあっても突き詰める気も起きない。そんな私からしたら、茜はすごいなって。……大袈裟に言えば尊敬してる」
宮成先輩は一気にしゃべり、
「ああ恥ずかしい」
と言って手で顔を扇いだ。
「そんな茜に触発されて多少は真面目に練習に付き合ったし、お金ももう要らない、なんなら返すって言ったんだけど……」
「断られたんですか?」
「そ。信用されてないのか、『来なくなったら困る』って受け取ってくれなくてさ」
「それで、お金は受け取り続けてるんですね……」
「まあそうだけど、続きはあってね。お金を受け取りたくなかったけど、茜はそれを許さない。だから多少強引に一緒にご飯食べに行ったり、遊んだりして、お金はその都度私が出すことにした。茜から渡されるお金は全て茜に還元して、でもそれだと結局茜が全額出していることになるから、茜から渡されるお金と同じだけ私も払うようにする。これで対等になるわけ。もっと言うとね、最初は千円じゃなくて一万円だったの。私が粘り強く交渉して千円まで値下げさせた」
不思議な二人だと思う。お金から始まった関係だが、二人の間にもうお金は要らないはずだ。お金がなくても成り立つのではないだろうか……。
「でも、あたしたち新入生がいるわけですし、明賀先輩はもう宮成先輩にお金を渡す必要はないですよね?」
「そうだね。私も言おうかなって思ったけどさ……金の切れ目が縁の切れ目って言葉の通り『もう来なくても大丈夫』なんて言われたら立ち直れないじゃん。だから今まで通りにしていようかなって」
「明賀先輩はそんなに冷たい人じゃないと思いますけど……」
「私もそう思いたいけど、セパタクローが絡むとどうなるか分かんないからねえ」
それはそうかもしれない。宮成先輩と遊ぶ時間さえ練習に費やしたい、と考えていても不思議じゃない。一方で、宮成先輩をばっさりと切り捨てる冷酷さがあるようにも思えない。
「逆に明賀先輩が『もう来なくても大丈夫』って言ったらどうするんですか?」
「来るよ、押しかける。いると迷惑だと言われない限りね」
宮成先輩はコーラを一気に飲み干し、
「お代わり取ってくる。彩夏ちゃんは」
あたしは首を横に振り、宮成先輩は席を立った。店内は混みあっていてあたしが注文した料理はまだ来そうにない。
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