5-2
翌日の放課後、体育館に行くと珍しくあたしが一番乗りだった。
「おや、君はもしかして」
後ろから聞き慣れない声がしたので振り向くと、ギャルがいた。背はだいぶ小さく、一五〇くらい。明賀先輩と大体同じだ。髪の毛は染めているのか暗い茶色で、目が不自然に大きく見える。そんなに必要かと思えるヘアピンで髪をまとめ、片方だけ露出している右耳にはピアスが二個ついている。学校指定のダサい長袖長ズボンのジャージを着ていて、この人の雰囲気とアンマッチだ。
「えっと……」
「あれ、茜から聞いてない?」
茜とはだれだろう……。この人はあたしをだれかと勘違いしているのかもしれない。
「私は
ギャル、じゃなくて宮成先輩は語尾を伸ばすようにしゃべった。ギャルとはそういうしゃべり方をするものなのか、それともこの人の個性なのか、あたしの周りにはいなかったタイプだから判断がつかない。
「こんな小さな部にマネージャーがいるんですね……」
「茜は本当になにも説明してないんだねえ」
茜とは、明賀先輩のことか。最初の自己紹介で名乗っていたような気がする。
「セパタクローのことしか説明してくれませんでしたよ」
「茜はそういうところあるよねえ」
宮成先輩が一人で楽しそうに笑ったところで、件の明賀先輩が現れた。あたしはどきりとしたが、明賀先輩は普段と変わらない様子だ。
「いない人のことを紹介してもしかたないでしょ」
「あは、茜冷たあい」
「宮成先輩はどうして今までいなかったんですか?」
「バイトお」
自由な人だ。
宮成先輩はどこから持ってきたのか、パイプ椅子に座り、練習には目もくれずマニキュアを塗っている。本当に自由な人だ。マネージャーとは言っていたが、マネージャーの仕事をしているとは思えない。
「それじゃあ、パス練習をしましょう」
明賀先輩が右手を差し出した。ボールを渡してほしい、という意図を察したあたしはリフティング中のボールを明賀先輩に蹴って渡した。……はずだがボールは明賀先輩の右へ大きくそれてしまった。
明賀先輩は足を伸ばし、床すれすれで蹴り上げ、キャッチした。
「まだまだね」
「……ですね」
「で、パス練習だけど。一回か二回蹴って私に返して。と言うのも、昨日説明したようにセパタクローはバレーと一緒で触っていいのは三回まで。二回以下で私に返すことを意識して」
そう言えば、セパタクローのルールをまだ正確に把握していなかった。知っていることと言えば、バレーボールと大体一緒、くらいなものだ。
「一人で二回連続触ってもいいんですか。バレーはだめですよね」
「セパタクローは一人で三回触ってもオッケーよ。なんならだれがどこでなにをしても構わないの。まあ、細かいルールは追って説明するわ。一気に説明されても覚えられないでしょ」
自慢じゃないが、あたしの頭はあまりよくない。偏差値五〇のこの高校に受かるのがやっとだったくらいだ。少しずつ説明してもらったほうがありがたい。
早速明賀先輩がボールを蹴って寄越した。あたしは一回真上に上げ、蹴り返した。が、やはり明後日の方向へ飛んでいった。
明賀先輩は慌てることなく二、三歩動き、一回であたしに返してきた。
再度真上に蹴り上げた。真上に蹴るのはおおよそできるようになった。でも、これをちょっと遠くへ飛ばそうとするとすぐにボールがどっか行ってしまう。
こういうときはできる人を観察するのが大事だ。明賀先輩もあたしと同じように一度真上に蹴ってからあたしにパスをした。明賀先輩を見ていると簡単にやってのけているように見えるが、これはパスの動きが身についているからだ。どのスポーツでもそうだが、一流がする動きはスムーズで簡単に見えてしまう。
今度もボールは狙いが定まらない。
「私のことは見ないでいいからね」
……そうか、見る必要はないのか。パスを出したい場所は決まっているのだから、そっちを見る必要はない。ボールを蹴る瞬間をちゃんと見ないといけない。リフティングと同じように、足首を動かさず、明賀先輩がいるであろう位置へ。
今までぎこちなく動いていた足が、すっと軽くなり、ボールが抵抗なく自分の思い描いた軌道で明賀先輩に届いた。
「おお、いいじゃない」
夢中でボールを追いかけ、パスを繰り返し、すっかり汗を掻いてしまった。汗を拭ってもすぐに吹き出してくる。
「ちょっと休憩にしましょう」
お姉ちゃんが買ってくれたジャージのお陰なのか、学校指定ジャージを使っていた先週と比べ、汗による不快感が少ない……気がする。昨日は千屋さんとの勝負に夢中でそんなことを考える余裕がなかった。
「唯ちゃんすごおい」
間延びしたしゃべり方で宮成先輩だとすぐに分かるが、唯ちゃんがだれなのか分からなかった。見ると宮成先輩が千屋さんに羨望のまなざしを送っている。唯、は千屋さんの下の名前だったのを思い出した。
「頭の上から足をぐわってやって、ボールをばって蹴って、ずどんとコートに落として」
宮成先輩の言葉は擬音だらけだが、言いたいことは分かる。千屋さんのアタックのことを言っているのだろう。千屋さんのことは気にくわないが、足だけのアタックに関しては認めざるを得ない。
「はあ、どうも……」
千屋さんはだれに対しても無愛想で、宮成先輩も例外ではないようだ。
「もうちょっとリアクションほしいなあ」
「……そうですか」
会話はそれで終了した。宮成先輩が、
「茜え、唯ちゃんが冷たあい」
と明賀先輩に泣きつき、明賀先輩は小さくため息をついた。
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