第37話 死?




「ゴブゥゴブゴブゴブ!!!!!!」


 扉を開けた瞬間に俺を歓迎したのは――


 無数の矢と火の玉であった。


「え」


 女性の声は俺を誘き寄せるためのトラップだったのだ。

 どこにもその声の主は見当たらない。


 見えるのはとてつもない数のゴブリンと攻撃だった。


 もう、何もかもが間に合わない。

 加速すれば避けられるだろうか……否、このまま前に加速することは自ら攻撃に当たりに行くのと等しい。


 後ろへ体の向きを変えるには時間が足りない。

 その間に攻撃が俺の背中に当たり、致命傷を受けるだろう。


 この瞬間、唯一できることは呪剣で気休め程度に攻撃を防ぐことぐらいだ。


 ――ガキィン


 肩に当たると思われた矢が目の前で透明な壁に阻まれる。


「そっか……!」


 防具屋で買ったあのマントの力だ。

 流石、1000万しただけはある。


 何十発ものの攻撃を受けてもビクともしていない。


 ――バキバキバキ


 そんな嫌な音が俺の斜め上からした。


「ああっ?!」


 それは配信用ドローンだった。

 嘘だろ……最近買ったばかりだと言うのに。結構高かったんだぞ?!


 考えれば当たり前だが、このマントは自分以外、守ってくれないのだ。


「ふざ……けんな、よくも俺のドローンを……!」


 人が扉を開けたところを不意打ちで……それも数の暴力で倒す。

 感心するほど狡賢く……そしてムカつく。


「呪剣よ……火を……纏え」


 俺は呪剣に大量の炎を纏わせる。

 俺の体力はごっそり持っていかれるがそんなの気にしない。


 ボロボロになっても……最悪、死ななければいい。

 こいつらだけは滅ぼす。


 矢と火の玉は次々と放たれていく。

 が、その攻撃の中に少しだけ隙間を見つける。


 俺は覚悟を決めながら念じた。


 と。


「くっ……!?」


 俺の体は音にも勝る速さでゴブリンたちの攻撃の間をすり抜けていく。

 それでもいくつかの攻撃が俺に当たりそうになるが透明な壁がそれを阻む。


 俺は走りながら辺りを観察する。


 ゴブリンの数は300を優に超えていた。

 目の前には上位種であるゴブリンナイトが槍を構えて待ち伏せており、その後ろに守られている100体ほどのウィザードたちが何か念じて術を使っている。


 そしてさらに後ろには黒いローブを着て杖を持った、他とは雰囲気が一風変わったゴブリンがいた。


「あいつか、あいつかっ!!」


 あいつがこのゴブリンたちのボスなのだ。つまり、あいつさえ倒せば後は簡単なはず。


 俺は左右から矢を放ってくる普通のゴブリンたちのことなんて見向きもせずに真っ先にボスらしき黒いローブを着たゴブリンに向かって飛び込む。


「ゴブゴブゥゴブ?!」


 一瞬だけ奴と目が合う。

 奴は酷く驚いた様子だった。

 そして俺に狙われていることを本能的に悟ったのだろう……1秒も経たずに俺はゴブリンリッチとの距離を詰め、即座に奴を斬り殺そうとしたが、奴は即座に特殊な術で障壁を張って攻撃を防いだ。


「……ッ!!」


 剣と障壁が激しくぶつかり合い、火花を立てる。

 俺は近くにいたゴブリンナイトの頭を足場にし、また別方向から攻撃を仕掛ける。


「ゴブゥ?!」


 ――ガキィィン


 またしても防がれた?

 目の素質を持っている俺がなんとか視認できるレベルの攻撃をゴブリンウィザード如きがなんで防げるんだ。


 だがその時、俺は一つのことに気づいた。


 ――なんで王冠を被っているんだ?


 王冠を被るのはそのモンスターたちの最上位種だ。

 つまりこいつは……


「ゴブリンリッチ……」


 二人居たのか……はたまた、リノの方におびき寄せられてなかったか。


「加速、加速、加速、加速!!!」


 何度も何度も加速をかけて俺はゴブリンリッチを色んな方面から叩き斬る。

 が、即座に障壁が生まれ、全攻撃が阻まれてしまう。


 このままでは数の差で俺が負ける可能性が高い。

 それを奴も狙っているのか、ニタニタと笑っていた。


「クソッ……」


 俺は一旦、ゴブリンリッチから離れ、走りながら体力回復ポーションを取り出す。

 が、ゴブリンリッチから離れた途端、ゴブリンウィザードや雑魚ゴブリンたちからの遠距離攻撃が猛威を振るう。

 俺は目の素質を使ってなんとか攻撃を避けていく。


「ああ……もうっ……」


 避けながらではポーションを飲めない……。

 俺はゴブリンたちの攻撃を無視し、ポーションを急いで飲む。


「あがッ」


 その時、横から車ほどの大きさの石が降ってきた。

 俺の体は大きく揺れ、心做しか透明なバリアにもヒビが入った気がする。

 俺はいい加減、標的を変更した。


「先ずは雑魚ゴブリンども……お前らだ」


 俺は呪剣になるべく多くの炎を纏わせる。

 そして……


「ふんっ!!!」


 ぶん投げた。

 射線上にいたゴブリンたちは漏れなく灰となり、消えていく。


「ゴブゥ、ゴブゴブゴブ!!!」


 が、剣を無くした俺を見てゴブリンリッチは猛攻を仕掛けんと何かの術を発動しようとする。

 そして、それに合わせるようにゴブリンナイトは俺に近づき、ウィザードは火の玉を飛ばしてくる。


「ふふっ……」


 俺はほくそ笑みながら片手を掲げる。


「返ってくるんだよ、この剣」


 いつの間にかに俺の手には赤の呪剣が握られていた。


 そのまま俺は呪剣でウィザードたちが飛ばしてきた火の玉を全て吸収する……そして。


「もう一回!」


 今度はゴブリンナイトたちに呪剣をプレゼントしてあげた。


「ゴブゥ、ゴブゴブゴブゴブ!!!!」


 俺を倒すために固まっていたゴブリンナイトは軒並み、燃え尽き、その姿はほとんどなくなった。

 さらには呪剣はゴブリンナイトを焼き殺すだけでは飽き足らず、ゴブリンウィザードの半数さえも焼き殺す。


「発動させないぜ?」


 俺は何かの術を発動しようとしているゴブリンリッチに向かって返ってきた呪剣を投げる。

 すると、ゴブリンリッチは焦ったように障壁を展開し、元々あった魔法陣は霧散した。


 俺は再び呪剣を構える。


「さあ、今度は対等な立場で殺り合おうじゃないか」


 いつの間にかにあんなにも居たゴブリンは50体ほどになっており、ゴブリンリッチは焦っていた。

 そもそも初めの不意打ちを喰らわせた時点でゴブリンたちは確実に倒せたと思っており、まさかここまで抗ってくるとは誰も予想していなかったのだ。

 ゴブリンたちから見れば七瀬は狂っているのだ。


 そう思われていることも露知らず、俺は再び、ゴブリンリッチに飛びかかる。


「そろそろ倒れろッ!!」


 俺は大きく呪剣を振り上げ、袈裟懸けでゴブリンリッチを斬りつける。


 ――ガキィィン


 またしても障壁に阻まれる。


 が、それも見越して俺は呪剣に力をこめる。


「燃やし尽くせ」


 呪剣が纏っていた炎はゴブリンリッチの張った障壁ごと焼き尽くさんと包み込んでいく。

 そして、そのまま炎はゴブリンリッチの杖に燃え移り――


「ゴブゴブゥ?!」


 ゴブリンリッチは杖に火がついたことに驚き、障壁を解除してしまう。

 俺の目にはゴブリンリッチは守ってくれるものがなくなったただの獲物に見えた。


「死ねぇぇぇ!!」


 阻むものがなくなった最強の剣は炎を纏い、ゴブリンリッチの体を引き裂かんとする。

 俺は呪剣がゴブリンリッチの肩に当たった瞬間、勝ちを確信した――


 が。


「ぐはッ?!」


 横から飛来してきた緑の塊が俺の体を吹っ飛ばし、俺は材木の山に転がる。


「ゴブリン……ナイト?」


 それは主を庇わんと飛び込んできたゴブリンナイトであった。

 ゴブリンリッチの障壁を破るのに苦労しすぎたせいでゴブリンナイトが近づいてきていることに、気づかなかったのだ。

 不味い……なんとか見つけたチャンスだったのに……。


 俺はなんとか立ち上るとそこには


「ゴブゥゴブゴブゴブ!!!!」


 巨大な魔法陣が広がっていた。


 俺がゴブリンナイトや雑魚ゴブリンを倒していたわずかな間、ゴブリンリッチはただ、指を咥えてそれを見ていたわけではなかった。

 奴は俺が普通の方法では倒せないことを悟り、大技を発動しようとしていたのだ。


 それがこの一瞬の隙で完成してしまった。


「ゴ〜ブゴブゴブゥ!!」


 そして、発動してしまった。


「ぐッ……?!」


 俺が魔法陣の外へ逃げようとした瞬間、何かが俺を強く上から押さえつけた。


 それはゴブリンリッチの代名詞――重力魔法であった。

 俺はなんとか前に進もうも前足を振り上げるが、マントの効果で体重が増えているのもあり、ビクともしない。


「くっ……そ」


 加速は自分が走っている時にしか発動できない。そのため、足すら上がらないこの状態では発動不能だ。


 完全に身動きが取れず、俺は完全に八方塞がりであり、立っているのでさえ限界だった。


「ゴブゥゴブゴブ〜」


 ニタニタとゴブリンリッチはこちらの様子を見て笑っている。

 そしてさらに俺を苦しめんと圧力を強くしてくる。


 ど、どうしよどうしよどうしよう……?!


 転移の指輪で逃げる?

 ……それも無理だ。

 転移の指輪の発動には10秒ほどかかる。


 その間に殺されてしまうだろう。


「ああ……死ぬのか」


 これが所謂、詰み……ね。

 ゴブリンリッチは全てを学習し、俺をどうすれば倒せるのかを着実に考えていた。

 もしも、ああしていれば、こうしていれば……という自責の念が俺の中を駆け巡る。


 そして、もっとも悔しいのが――


「リノとの約束……果たせないのか」


 せっかく、約束してくれてたのに。


 俺はゴブリンリッチの顔を見る。

 完全に勝ちを確信し、笑ってやがる。


 周りにいるウィザードたちも同様だ。


 もしも、もしも叶うのならばこの全ての枷を取り払って奴を斬り殺してやりたい。




『下層でも深層でも戦いきってみせるよ』

 そう言って俺はリノの手を取ったじゃないか。


 そんな俺がここで死んでどうする?

 死んでも生き返る……けどボロボロになった体はどこまで回復するだろうか。


 下手すれば後遺症で……もう2度とダンジョンに潜ることはできなくなるかもしれない。

 ならば、やることは一つだけじゃないのか?


「殺す……殺す殺す殺す殺す殺す――絶対にあいつだけは殺す」


 俺はマントの能力を切った。

 少しだけ体が軽くなりその間にゆっくりと1歩踏み出す。


「待ってろよ……今すぐ、お前の元に行って斬り殺してやるよ」


「ゴブゥ?!」


 魔法陣の半径は約10m。

 そこから抜け出さんと1歩ずつ足を踏み出していく。


「ゴブゴブゥッ!」


 さらにかかる圧力が強くなり、俺の足は地面へ食い込む……が、そんなの関係ない。


「だからなんだよ……全部、全部、全部……! 邪魔だッ!!」


 このとてつもない重さも奴の障壁も……諦めようとしている自分も。

 全部、全部、全部、邪魔だ。


「ゴブゥ?ゴフゴブ?」


 周りのゴブリンたちは俺がまだ諦めていないことに気づき、臨戦態勢になる。

 俺はなりふり構わず、足を踏み出すが……。


「ぐあッ?!」


 転んだ。

 恐らく慣れていない感覚のせいなのだろう。


 俺は地面にうつ伏せに倒れた。

 もう、俺には体を起こすための体力は残っていなかった。

 どう頑張っても体はぴくりとも動かなかった。


 ……

 …………

 ………………


「ゴブゥゴブゴブ!!!」


 ゴブリンリッチは魔法陣の中でようやく気を失った様子の七瀬を見て嗤う。

 最初の不意打ちも無力化され、配下のゴブリンたちの多くを倒した七瀬をゴブリンリッチは警戒し、どうやってトドメを刺すか悩んでいた。


 重力魔法陣の中では飛び道具や魔法は地面に落下してしまい、無効化されてしまう……だが、安易に重力魔法陣を消してからトドメを刺そうとすればその隙にもしかしたら急に接近してきて殺されてしまうかもしれない。

 結局、そのまま重力魔法の威力を強くし、押しつぶすことにしたようだ。


 ゴブリンリッチは杖を掲げると、杖は赤く光る。


「ゴブゴブゴブゥ!!」


 数秒後、七瀬の体はミシミシと音を立て、木っ端微塵に砕け散る。




 ――はずだった。


 何故か魔法陣は威力が全く変わっていない様子だった。


 その瞬間、七瀬の指から眩い青の光が溢れ出した。

 そして光が晴れた時、そこには――




 逆に地面に倒れ込んでいるゴブリンリッチとそのゴブリンリッチを見下ろし、剣を構えた七瀬がいた。


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